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Part 3
Д.а 予期せぬ - 08
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レイフは隣国の王子であり、宰相であり、その腕の中にいるオスミンは王位継承権を持つ、第一王子殿下で高貴な方である。貴族の令嬢も一緒にいて、普段、自分達が使用している荷馬車になど、到底、乗せられるような代物ではない。
「あの、ですが……」
「ああ、我々のことは気にせず。文句も言うつもりはない」
「あの、ですが……」
隣国の王子殿下に口答えするなどできなくて、それでも、荷馬車にも乗せることができなくて、騎士はどうしようか本当に困っている様子だ。
「――こちらの荷馬車は……連絡用で、きちんと座れる座席があるものでも、ございませんので……」
「ああ、その程度、気にすることはない。邸までの距離なら、そんなことは問題にすることでもない」
どうしようか……、困った状況になってしまって、荷馬車を繋ぎ終えた男達も、心配そうに騎士を見守っている。
「時間は無駄にできない。さあ、我々も一緒に同乗させてもらう」
押し切られた形で、騎士は渋々頷くより方法はない。
「……わかり、ました」
「リドウィナ嬢、ここに護衛を残していきますので、こちらの案内係と共に、視察を続けてください」
「あの……。――もし、ご迷惑でなければ……、どうか、わたくしも、お連れ下さい……」
「ドレスが汚れてしまうかもしれませんよ」
「構いません。そのようなことは、左程、問題にすることではございませんので」
セシルに出会ってからというもの、リドウィナはいつも自分が経験したことがない驚きばかりを見せつけられてきた感じだった。
自分が知らない概念で、考え方で、行動で、そのどれを取っても、リドウィナの「常識」 というものを、簡単に飛び越えていくものばかりだった。
それなのに、知らないことが驚きでも、嫌ではなかったのだ。ただただ、圧倒されて……言葉もでない自分自身がいることを、リドウィナは気が付いている。
でも――セシルは、リドウィナが戦う気があるのなら、全面的にサポートする、と迷いもなく言ってくれた。
普通なら、自分の婚約者となったギルバートの周囲で、昔からの婚約者になるかもしれないと噂された他の令嬢の存在など――邪魔なだけでしかないだろうに、セシルは嫌悪もなく、悪意もなく、ただ、リドウィナの意思を問いてきただけだった。
リドウィナは、まだ、自分自身で一体なにができるのか、どんな力になれるのか、はっきりと道が見えた訳ではない。理解できたわけではない。
それでも、今のリドウィナは――リドウィナの遥か前の先を進んで行くセシルに、必死についていかなければならないのかもしれない、とは無意識で認識していたのだろうか。
だから、今はドレスが汚れて……なんていう些細な問題――きっと、セシルの前では問題にもならないだろう――で、たたらを踏んでいるべきではないのだ。
「わかりました。――クリストフ」
「はい」
レイフが抱えているオスミンを渡してくるので、クリストフが丁寧にオスミンを受け取った。
「では、失礼します」
「えっ――? ――きゃあ……っ……!」
リドウィナの口から、小さな悲鳴が上がっていた。
ギルバート同様、レイフが許可も取らずに、勝手にリドウィナを抱き上げていたのだ。
「あの……っ!」
「ああ、失礼。さすがに、令嬢を、そのまま座らせるわけにはいきませんから」
行動に移すと、レイフは本当に早い男である。
本人も無駄を嫌うだけに、普通なら貴族の令嬢に勝手に触れて、おまけに抱き上げる行為など非礼すぎる行動だったが、本人はそんなことを、一切、気にしていない。
「では、失礼」
レイフはリドウィナを抱き上げたまま、高さのある荷馬車に足を上げて、一気に乗り上げた。普段、政務室に閉じこもっている政官の割に、随分、身軽な動きをするレイフだ。
クリストフもオスミンを抱えたまま、荷馬車に乗り上げてきた。
「お前たちは、戻って来た荷馬車に乗せてもらうように」
「ですが――」
レイフの厳しい視線だけで、付き添っていた護衛の騎士達がすぐに口を閉ざす。
「……わかりました」
「では、お願いする」
「わかりました」
随分、行動力のある王子殿下を前に驚きを隠せない領地の騎士だったが、すぐに自分も荷馬車の上に乗り上げていた。
それで、傍にいた男達が荷馬車の入り口をしっかりと固定して、留め金をとめる。
「出してくれ」
荷馬車の前に、おそまつ程度につけられている御者台に座った男が、すぐに馬を促した。
「ボイマレで土砂崩れ?」
「はい。村人の一人が、丁度、その場に居合わせたらしく、村に通る道が塞がれ、それで驚いて、コトレア領にやって来たようです」
邸に戻って来たセシルは、自分の執務室で、フィロから簡単な説明を聞いている。
「その村人は?」
「今は、通行門の前で待たせています。宿場町に駆けこんできたようで、慌てている民だった為、護衛に掴まったようです。それで、私が確認を」
「そう。では、その村人を、ここに呼んでくれるかしら? もう少し詳しい話と状況を聞かなければ、こちら側も対処できませんから。必ず、護衛一人を付き添わせてね」
「わかりました」
フィロが一礼して、すぐに執務室を後にする。
「ボイマレとはどこですか?」
「この領地から馬で駆けて――そうですね、数時間ほどで行ける場所にある、地理的で言いましたら、隣接の村です」
「土砂崩れですか?」
「そのようですわ……。困りましたわね」
「ボイマレは、他領ですか?」
「ええ、そうです。オラフソン伯爵領ですわ。けれど、王都まで使者を飛ばしたとしても数日、返事を待って数日。そうなりましたら――やはり、この領地だけが、一番早くに、村に駆けつけることができますものね」
「やはり、確認、ですか?」
「ええ、そうなるでしょうね……」
たとえ、他領でセシルの領地には関係ないことでも、一応、災害、天災で村が被害に遭っているのなら、人命にかかわる問題が出てくるだろう。
報せを受けていて、一応、その確認もしないのでは、あまりに非人道的な行いだ。
フィロの指示を受け、コトレア領に駆け込んで来たというボイマレの民が護衛と一緒に、セシルの邸にやって来た。
~・~・~・~・~・~・~・~・
読んでいただき、ありがとうございます。
Ua tsaug rau nyeem no tshiab
~・~・~・~・~・~・~・~・
「あの、ですが……」
「ああ、我々のことは気にせず。文句も言うつもりはない」
「あの、ですが……」
隣国の王子殿下に口答えするなどできなくて、それでも、荷馬車にも乗せることができなくて、騎士はどうしようか本当に困っている様子だ。
「――こちらの荷馬車は……連絡用で、きちんと座れる座席があるものでも、ございませんので……」
「ああ、その程度、気にすることはない。邸までの距離なら、そんなことは問題にすることでもない」
どうしようか……、困った状況になってしまって、荷馬車を繋ぎ終えた男達も、心配そうに騎士を見守っている。
「時間は無駄にできない。さあ、我々も一緒に同乗させてもらう」
押し切られた形で、騎士は渋々頷くより方法はない。
「……わかり、ました」
「リドウィナ嬢、ここに護衛を残していきますので、こちらの案内係と共に、視察を続けてください」
「あの……。――もし、ご迷惑でなければ……、どうか、わたくしも、お連れ下さい……」
「ドレスが汚れてしまうかもしれませんよ」
「構いません。そのようなことは、左程、問題にすることではございませんので」
セシルに出会ってからというもの、リドウィナはいつも自分が経験したことがない驚きばかりを見せつけられてきた感じだった。
自分が知らない概念で、考え方で、行動で、そのどれを取っても、リドウィナの「常識」 というものを、簡単に飛び越えていくものばかりだった。
それなのに、知らないことが驚きでも、嫌ではなかったのだ。ただただ、圧倒されて……言葉もでない自分自身がいることを、リドウィナは気が付いている。
でも――セシルは、リドウィナが戦う気があるのなら、全面的にサポートする、と迷いもなく言ってくれた。
普通なら、自分の婚約者となったギルバートの周囲で、昔からの婚約者になるかもしれないと噂された他の令嬢の存在など――邪魔なだけでしかないだろうに、セシルは嫌悪もなく、悪意もなく、ただ、リドウィナの意思を問いてきただけだった。
リドウィナは、まだ、自分自身で一体なにができるのか、どんな力になれるのか、はっきりと道が見えた訳ではない。理解できたわけではない。
それでも、今のリドウィナは――リドウィナの遥か前の先を進んで行くセシルに、必死についていかなければならないのかもしれない、とは無意識で認識していたのだろうか。
だから、今はドレスが汚れて……なんていう些細な問題――きっと、セシルの前では問題にもならないだろう――で、たたらを踏んでいるべきではないのだ。
「わかりました。――クリストフ」
「はい」
レイフが抱えているオスミンを渡してくるので、クリストフが丁寧にオスミンを受け取った。
「では、失礼します」
「えっ――? ――きゃあ……っ……!」
リドウィナの口から、小さな悲鳴が上がっていた。
ギルバート同様、レイフが許可も取らずに、勝手にリドウィナを抱き上げていたのだ。
「あの……っ!」
「ああ、失礼。さすがに、令嬢を、そのまま座らせるわけにはいきませんから」
行動に移すと、レイフは本当に早い男である。
本人も無駄を嫌うだけに、普通なら貴族の令嬢に勝手に触れて、おまけに抱き上げる行為など非礼すぎる行動だったが、本人はそんなことを、一切、気にしていない。
「では、失礼」
レイフはリドウィナを抱き上げたまま、高さのある荷馬車に足を上げて、一気に乗り上げた。普段、政務室に閉じこもっている政官の割に、随分、身軽な動きをするレイフだ。
クリストフもオスミンを抱えたまま、荷馬車に乗り上げてきた。
「お前たちは、戻って来た荷馬車に乗せてもらうように」
「ですが――」
レイフの厳しい視線だけで、付き添っていた護衛の騎士達がすぐに口を閉ざす。
「……わかりました」
「では、お願いする」
「わかりました」
随分、行動力のある王子殿下を前に驚きを隠せない領地の騎士だったが、すぐに自分も荷馬車の上に乗り上げていた。
それで、傍にいた男達が荷馬車の入り口をしっかりと固定して、留め金をとめる。
「出してくれ」
荷馬車の前に、おそまつ程度につけられている御者台に座った男が、すぐに馬を促した。
「ボイマレで土砂崩れ?」
「はい。村人の一人が、丁度、その場に居合わせたらしく、村に通る道が塞がれ、それで驚いて、コトレア領にやって来たようです」
邸に戻って来たセシルは、自分の執務室で、フィロから簡単な説明を聞いている。
「その村人は?」
「今は、通行門の前で待たせています。宿場町に駆けこんできたようで、慌てている民だった為、護衛に掴まったようです。それで、私が確認を」
「そう。では、その村人を、ここに呼んでくれるかしら? もう少し詳しい話と状況を聞かなければ、こちら側も対処できませんから。必ず、護衛一人を付き添わせてね」
「わかりました」
フィロが一礼して、すぐに執務室を後にする。
「ボイマレとはどこですか?」
「この領地から馬で駆けて――そうですね、数時間ほどで行ける場所にある、地理的で言いましたら、隣接の村です」
「土砂崩れですか?」
「そのようですわ……。困りましたわね」
「ボイマレは、他領ですか?」
「ええ、そうです。オラフソン伯爵領ですわ。けれど、王都まで使者を飛ばしたとしても数日、返事を待って数日。そうなりましたら――やはり、この領地だけが、一番早くに、村に駆けつけることができますものね」
「やはり、確認、ですか?」
「ええ、そうなるでしょうね……」
たとえ、他領でセシルの領地には関係ないことでも、一応、災害、天災で村が被害に遭っているのなら、人命にかかわる問題が出てくるだろう。
報せを受けていて、一応、その確認もしないのでは、あまりに非人道的な行いだ。
フィロの指示を受け、コトレア領に駆け込んで来たというボイマレの民が護衛と一緒に、セシルの邸にやって来た。
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読んでいただき、ありがとうございます。
Ua tsaug rau nyeem no tshiab
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