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Part 3
* Б.г やっぱり *
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ボキッ――――!
あまりに執務室に不向きな不穏な音を耳にして、クリストフが、ギルバートを振り返った。
それで、ギルバートの手の中に握られている羽ペンが、真っ二つに折れていたのだ。
「どうしたんですか?」
不穏な様子で、不機嫌さも隠さないギルバートを前に、クリストフも首をかしげてしまう。
なんと言っても、今は、ギルバートの最愛のご令嬢が王宮にいる。
ギルバートは、午前中だけ仕事を片づけに、そのご令嬢からは離れてしまっているが、それでも、午後からは、またすぐに、愛しのご令嬢とお茶会のはずである。
浮かれて、周囲に花でも飛んでいてもおかしくはない現状のはずだったが――なぜかは知らないが、自分の主の背中からは、ものすごい冷たい殺気が、ゴォーっと、音を立ててきそうな勢いで上がっているのだ。
「いや、ただの私情だ」
「ものすごい私情ですねえ……」
一体、騎士達の誰が、今日、このギルバートを怒らせたのだろうか――クリストフも考えてしまう。
「殺しても、殺し足りない男がいたもので」
ゾワッと、絶対零度の凍り付きそうな殺気を飛ばし、ギルバートの目がかなりマジである。
「――――一体、誰です?」
そんな身の程知らずの男は――とは、口に出されない。
「根暗で、華やかさに欠け、目立つところも何一つない地味な女で、それから、陰湿で、男一人も悦ばせられないような女――など、よくも言ってくれる」
セシルは、あまりにバカらしくて、と笑い飛ばしていたが、つい、おまけに、不意に、昨日の会話を思い出してしまったギルバートは、また、あの怒りを思い出してしまっていたのだった。
「――――――」
一体、どこのどいつが――ギルバートの前で、そんな命知らずな暴言を吐いたと言うのだろうか。
さすがに、クリストフも、背筋から冷や汗が流れ落ちてきた。
絶対に、これは、死罪直行だ。
「ああぁ、今、思い出しただけでも、腹が立つ。斬り殺せないのが、本当に悔やまれる」
ギルバートはそこまで怒気を露わにし、おまけにその目には、瞋恚の色が燃え滾っている。
これは、どこぞの大馬鹿者が、本気でギルバートを怒らせたに違いない。
「――――いつ、ですか? 昨日の婚約の儀で?」
クリストフだって、二人の婚約の儀では、二人がダンスを踊っている時や、話をしている間は側を離れていたが、それでも、すぐに駆け付けられる位置に待機していたのである。
昨日の婚約の儀で、それほど問題もなく済んで、ホッとしていたはずなのに。
「いや。婚約解消の時だ」
「えっ? 婚約解消――って、昨日、婚約の儀を取り付けたばかりじゃありませんか」
「馬鹿を言うな。私は、あのお方と婚約を結んでいるんだ」
「だったら、誰です――」
それを言いかけて、ハッと、クリストフも、ギルバートの示唆する、正にその男を理解していた。
「――バカ息子じゃありませんか」
「その通り。斬り殺せないのが、本当に悔やまれる」
聞きしに勝るバカっぷり。
信じられない発言を投げてくれたものだ。
「ご令嬢は、怒っていらっしゃるのですか?」
「いいや、全然。あまりにバカ過ぎて言葉も出ない、と笑い飛ばしていらっしゃったが」
いや、セシルの性格なら、きっとそうだろう。
「以前は――きっと目立たないようにしていらっしゃったのですが、今は違うのですから、いいじゃないですか?」
「それでも、腹が立つ」
「まあ、そうでしょうねえ……」
ギルバートの前で、最低最悪の侮辱と、その発言だ。
もう、女神のように崇めている自分の最愛の女性を侮辱しようものなら、このギルバートなら、絶対に、そんな輩を斬り落としていることだろう。
「でも――考えようによっては、あの婚約破棄があったからこそ、ギルバート様は、ご令嬢に会うこともできたのですし、それで、今は(やーっと) 婚約もなさったでしょう?」
「そう、だが……」
それでも、不快感を表した顔には、眉間が寄せられたままだ。
「そうでなければ、今頃、ご令嬢は他の男のものになっていたんですよ」
「それは――絶対に、考えたくない光景だ」
「そうでしょうねえ。えぇえ。それに、ご令嬢が、あのように美しい女性だったいう事実は、あのバカ息子は知らないのですから、良かったじゃないですか――うん? あれ?」
「どうした?」
「いえね――もしかして――いやいや、もしかしなくても、ノーウッド王国の貴族は、ご令嬢がものすごい美女だとという事実を、知らないのではないかと思いまして」
はたと、ギルバートもその言葉で思い当たることがあったらしい。
「――――家族以外、領地の領民以外、知らないんじゃないのか?」
「そうですよねえ。これって、実は、すごいことなんじゃないですか?」
なにしろ、学園内では存在が薄い(全くなくて)、社交界でも知られてなくて、地味で内気なご令嬢である。
「――ということは、ご令嬢がものすごい美女だったという事実を知ったのは、余所者では、きっと、ギルバート様が初めてですよね。まあ、ご令嬢の下で働いている護衛やら傭兵やら、その手の人間は抜かして、でしょうけど」
「そう、かもしれない。それは……よかった」
「ええ、そうでしょうねえ。やはり、一番初めに見つけた男性が、さっさと、美しい女性を奪いにいくのが、世の常でしょうね」
「そんなことがあるのか、本当に?」
「いえいえ。小説などでも、よくある話だそうで」
「お前まで、そんな話を読むのか?」
「いえ、私ではありませんよ」
では、一体、誰が、恋愛小説のような類の本を読んでいるのか。
あまりに執務室に不向きな不穏な音を耳にして、クリストフが、ギルバートを振り返った。
それで、ギルバートの手の中に握られている羽ペンが、真っ二つに折れていたのだ。
「どうしたんですか?」
不穏な様子で、不機嫌さも隠さないギルバートを前に、クリストフも首をかしげてしまう。
なんと言っても、今は、ギルバートの最愛のご令嬢が王宮にいる。
ギルバートは、午前中だけ仕事を片づけに、そのご令嬢からは離れてしまっているが、それでも、午後からは、またすぐに、愛しのご令嬢とお茶会のはずである。
浮かれて、周囲に花でも飛んでいてもおかしくはない現状のはずだったが――なぜかは知らないが、自分の主の背中からは、ものすごい冷たい殺気が、ゴォーっと、音を立ててきそうな勢いで上がっているのだ。
「いや、ただの私情だ」
「ものすごい私情ですねえ……」
一体、騎士達の誰が、今日、このギルバートを怒らせたのだろうか――クリストフも考えてしまう。
「殺しても、殺し足りない男がいたもので」
ゾワッと、絶対零度の凍り付きそうな殺気を飛ばし、ギルバートの目がかなりマジである。
「――――一体、誰です?」
そんな身の程知らずの男は――とは、口に出されない。
「根暗で、華やかさに欠け、目立つところも何一つない地味な女で、それから、陰湿で、男一人も悦ばせられないような女――など、よくも言ってくれる」
セシルは、あまりにバカらしくて、と笑い飛ばしていたが、つい、おまけに、不意に、昨日の会話を思い出してしまったギルバートは、また、あの怒りを思い出してしまっていたのだった。
「――――――」
一体、どこのどいつが――ギルバートの前で、そんな命知らずな暴言を吐いたと言うのだろうか。
さすがに、クリストフも、背筋から冷や汗が流れ落ちてきた。
絶対に、これは、死罪直行だ。
「ああぁ、今、思い出しただけでも、腹が立つ。斬り殺せないのが、本当に悔やまれる」
ギルバートはそこまで怒気を露わにし、おまけにその目には、瞋恚の色が燃え滾っている。
これは、どこぞの大馬鹿者が、本気でギルバートを怒らせたに違いない。
「――――いつ、ですか? 昨日の婚約の儀で?」
クリストフだって、二人の婚約の儀では、二人がダンスを踊っている時や、話をしている間は側を離れていたが、それでも、すぐに駆け付けられる位置に待機していたのである。
昨日の婚約の儀で、それほど問題もなく済んで、ホッとしていたはずなのに。
「いや。婚約解消の時だ」
「えっ? 婚約解消――って、昨日、婚約の儀を取り付けたばかりじゃありませんか」
「馬鹿を言うな。私は、あのお方と婚約を結んでいるんだ」
「だったら、誰です――」
それを言いかけて、ハッと、クリストフも、ギルバートの示唆する、正にその男を理解していた。
「――バカ息子じゃありませんか」
「その通り。斬り殺せないのが、本当に悔やまれる」
聞きしに勝るバカっぷり。
信じられない発言を投げてくれたものだ。
「ご令嬢は、怒っていらっしゃるのですか?」
「いいや、全然。あまりにバカ過ぎて言葉も出ない、と笑い飛ばしていらっしゃったが」
いや、セシルの性格なら、きっとそうだろう。
「以前は――きっと目立たないようにしていらっしゃったのですが、今は違うのですから、いいじゃないですか?」
「それでも、腹が立つ」
「まあ、そうでしょうねえ……」
ギルバートの前で、最低最悪の侮辱と、その発言だ。
もう、女神のように崇めている自分の最愛の女性を侮辱しようものなら、このギルバートなら、絶対に、そんな輩を斬り落としていることだろう。
「でも――考えようによっては、あの婚約破棄があったからこそ、ギルバート様は、ご令嬢に会うこともできたのですし、それで、今は(やーっと) 婚約もなさったでしょう?」
「そう、だが……」
それでも、不快感を表した顔には、眉間が寄せられたままだ。
「そうでなければ、今頃、ご令嬢は他の男のものになっていたんですよ」
「それは――絶対に、考えたくない光景だ」
「そうでしょうねえ。えぇえ。それに、ご令嬢が、あのように美しい女性だったいう事実は、あのバカ息子は知らないのですから、良かったじゃないですか――うん? あれ?」
「どうした?」
「いえね――もしかして――いやいや、もしかしなくても、ノーウッド王国の貴族は、ご令嬢がものすごい美女だとという事実を、知らないのではないかと思いまして」
はたと、ギルバートもその言葉で思い当たることがあったらしい。
「――――家族以外、領地の領民以外、知らないんじゃないのか?」
「そうですよねえ。これって、実は、すごいことなんじゃないですか?」
なにしろ、学園内では存在が薄い(全くなくて)、社交界でも知られてなくて、地味で内気なご令嬢である。
「――ということは、ご令嬢がものすごい美女だったという事実を知ったのは、余所者では、きっと、ギルバート様が初めてですよね。まあ、ご令嬢の下で働いている護衛やら傭兵やら、その手の人間は抜かして、でしょうけど」
「そう、かもしれない。それは……よかった」
「ええ、そうでしょうねえ。やはり、一番初めに見つけた男性が、さっさと、美しい女性を奪いにいくのが、世の常でしょうね」
「そんなことがあるのか、本当に?」
「いえいえ。小説などでも、よくある話だそうで」
「お前まで、そんな話を読むのか?」
「いえ、私ではありませんよ」
では、一体、誰が、恋愛小説のような類の本を読んでいるのか。
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