上 下
372 / 530
Part 3

Б.б アトレシア大王国 - 02

しおりを挟む
「そうですね。姉上は、いつもコトレア領には、騎馬で移動されていますから」
「ええ、そうですわね。このように一緒に移動するなど――あら?」

 レイナもそこで首を傾げてしまった。

 あらあら?

「もしかして――一緒に移動などしたことは、なかったのではありませんこと?」

 レイナがリチャードソンと再婚した年に、すでに、セシルはコトレア領に向かってしまっていたから、その年は、娘となったセシルと、ほとんど顔を合わせることもなかった。

 手紙だけである。

 それから、コトレア領の領主の仕事が多忙で、セシルの移動は、ほとんど騎馬ばかりで、レイナ達は――それから、様子を見に行く時や、豊穣祭に参加する時にコトレア領を訪れたが、同行していたのは、いつもシリルだけだ。

 セシルが一緒にいたことはない。

「まあっ! わたくしとしたことが、セシルさんと、まだ一度も、一緒に移動をしたことがありませんでしたわ」

「ふふ。そうかもしれませんわね。お父様もお母様も、今回は、移動ばかりになってしまいましたけれど、お二人とも、お疲れではありませんこと?」

「わたくしは大丈夫ですわ。旦那様は……」

 ちらっと、その視線が隣の夫に向けられる。

「ああ、私も大丈夫だよ」

 父のリチャードソンの表情から、まだそれほどの疲れは見えていない。
 無理している様子でもないようで、セシルも、ホッと、一安心だ。

「シリルはどうですか?」
「はい、私も問題ありません」

「そうですか。それは良かったですわ」
「姉上は、緊張なさっておいでですか?」

「私は――そこまで緊張はしていませんけれど、さすがに、正式な場になりますから、間違いはできませんわね……」
「私も、粗相のないよう心掛けますので」

 さすがに、隣国の王宮に招待されてしまったから、ノーウッド王国の貴族の名前を落とさないように、恥をかかせないように、それから、婚約者となるギルバートにも恥をかかせないように、ヘルバート伯爵家は、マナーもエチケットも、細心の注意を払い、気遣いをみせなければならないだろう。

 そこら辺の気疲れが出てきそうだ……。

「姉上は、婚約の儀で着られるドレスは、決まりましたか?」

「ええ、そうですね。ドレスの形はそれほど問題ではないそうですから、色だけ合わせるのと、重ならないようにすれば良いと、説明されましたの」

 ギルバートは、王子殿下として婚約の儀に出席する。だから、王族の正礼装で出てくることになる。
 その時の上着のコートが赤地なので、赤いドレスは避けるように言われている。それ以外に、金地の刺繍がされているから、セシルも銀ではなく金を混ぜるようにとも。

 セシルは――ギルバートに求婚され、その後、二月ふたつきほど、ギルバートを待たせてしまった形になる。

 繁忙期はんぼうきで多忙になるセシルに時間の猶予をくれたギルバートには、感謝しきれないほど感謝しているし、その時間のおかげで――かなり、自分の頭と心の整理もつけることができたから。

 だが、きっと、心の底では、たぶん、結婚の申し出を承諾するだろうな……という思いはどこかであったのだ。

 だから、迷っていたのだ。

 一応、念の為に、ノーウッド王国の王太子殿下の婚約披露、婚約の儀で、相手のご令嬢はどのようなドレスを着ていたのか、セシルは父のリチャードソンから、ちょっと話を聞いていたのだ。

 それで、仕方なく、あの時点でも、万が一に備え、何着かのドレスを作れるような生地を買いに行き、お針子達に、大急ぎで、ドレスを仕立ててもらったのだ。

 結婚話を断ったとしても、残ったドレスは他の機会で着ればいいし、そうならなかった場合、ドレスがなければ――一大事となってしまう。

 その甲斐あってか、アトレシア大王国の王宮から使者がやって来た時に、大体のドレスの構造と色を説明することができた。

 三着とも多分問題ないと言われ、オルガが(強く) 勧めてくるので、一応、その三着全部を持参したセシルだ。


(こういう場合、婚約者になるギルバート様に、ご相談してみるべきなのかしら?)


 でも、普通、貴族のご令嬢は、実家で自分のドレスを用意し、婚約披露や婚約の儀にやって来るのではないのかしら?

 それとも、王家からドレスが送られてくるのが、定番なのかしら?

 まあ、そのどちらの光景も有り得るのだろうが、今回は、手紙以外で、ギルバートとの連絡は取れていない。

 そのギルバートも――手紙では、セシルに謝罪していた。
 話だけが進んでしまい、個人的に挨拶にも行けず申し訳ありません……と。

 そういうところが、誠実で真摯な方だな、とセシルもほんわかしてしまう。

 そういう性格の持ち主だから、セシルも、ギルバートとの結婚話に、自分の将来を懸けてみることにしたのだ。

 巡って来る機会チャンスなど、早々、あるものでもない。
 巡って来た機会チャンスがまた訪れることも、ほとんどない。

 同じような展開や状況だろうと、その全ての機会が、毎回、違うのだから。時だったり、場所だったり、状況だったり。

 同じチャンスは二度とはやって来ない――うん、セシルの信条だ。

 だから、機会チャンスが目の前にやって来たら、それを見逃さず、まずは、その機会チャンスを取りに行くことにしているのだ。

 セシルは、前世(または現世) では独身だった。だから、自分自身の結婚、というものが、まだ少し想像がつかない。

 これも、新たな人生のチャレンジかしら?
 なんてね? 




 そうこうしているうちに、のんびりとした旅路も終わりを見せ、セシル達一行は、アトレシア大王国の王都に入り、荘厳な王城の前にやって来ていた。

 出迎えに来てくれたのは、以前にも会った、第三王子殿下であるギルバートの執事をしている男性だ。

 もしかしなくても――きっと、また、ギルバートに指示されて、セシル達が王宮内でも問題ないように、問題なく過ごせるようにと、王子殿下付きの執事を寄越してくれたのだろう。

 その好意にはとても感謝しているが、そこまで、気を遣ってもらわなくても、セシルは大丈夫なのに。

 なんだか、王子殿下付きの執事に、他の使用人と一緒の扱いはできないでしょう、さすがにね……?

 セシルにあてがわれた客室は、(またも) 前回と同じで、最高位の貴賓きひん来賓らいひんをもてなす絢爛けんらん豪華ごうかな特等室である。

 現段階では、セシルは王国の第三王子殿下の正式な婚約者となるから、特別扱いも――王宮の仕来りなのかしらぁ、とはセシルも考えるが、そんなことはないはずなのだ。

 ここでもまた、ギルバートの(最高の) 気遣いが盛り沢山である。

 この下にも置かない対応は、セシルを持ち上げ過ぎだとは思うのだけれど、王宮内では、そんなことも気軽に相談などできない。

 だから、有り難く感謝して、今回も、この部屋を使用させていただきます。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームで唯一悲惨な過去を持つモブ令嬢に転生しました

雨夜 零
恋愛
ある日...スファルニア公爵家で大事件が起きた スファルニア公爵家長女のシエル・スファルニア(0歳)が何者かに誘拐されたのだ この事は、王都でも話題となり公爵家が賞金を賭け大捜索が行われたが一向に見つからなかった... その12年後彼女は......転生した記憶を取り戻しゆったりスローライフをしていた!? たまたまその光景を見た兄に連れていかれ学園に入ったことで気づく ここが... 乙女ゲームの世界だと これは、乙女ゲームに転生したモブ令嬢と彼女に恋した攻略対象の話

乙女ゲームの世界に転生した!攻略対象興味ないので自分のレベル上げしていたら何故か隠しキャラクターに溺愛されていた

ノアにゃん
恋愛
私、アリスティーネ・スティアート、 侯爵家であるスティアート家の第5子であり第2女です そして転生者、笹壁 愛里寿(ささかべ ありす)です、 はっきり言ってこの乙女ゲーム楽しかった! 乙女ゲームの名は【熱愛!育ててプリンセス!】 約して【熱プリ】 この乙女ゲームは好感度を上げるだけではなく、 最初に自分好みに設定したり、特化魔法を選べたり、 RPGみたいにヒロインのレベルを上げたりできる、 個人的に最高の乙女ゲームだった! ちなみにセーブしても一度死んだらやり直しという悲しい設定も有った、 私は熱プリ世界のモブに転生したのでレベルを上げを堪能しますか! ステータスオープン! あれ?  アイテムボックスオープン! あれれ? メイクボックスオープン! あれれれれ? 私、前世の熱プリのやり込んだステータスや容姿、アイテム、ある‼ テイム以外すべて引き継いでる、 それにレベルMAX超えてもモンスター狩ってた分のステータス上乗せ、 何故か神々に寵愛されし子、王に寵愛されし子、 あ、この世界MAX99じゃないんだ、、、 あ、チートですわ、、、 ※2019/ 7/23 21:00 小説投稿ランキングHOT 8位ありがとうございます‼ ※2019/ 7/24 6:00 小説投稿ランキングHOT 4位ありがとうございます‼ ※2019/ 7/24 12:00 小説投稿ランキングHOT 3位ありがとうございます‼ ※2019/ 7/24 21:00 小説投稿ランキングHOT 2位ありがとうございます‼ お気に入り登録1,000突破ありがとうございます‼ 初めてHOT 10位以内入れた!嬉しい‼

乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい

ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。 だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。 気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。 だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?! 平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜

古森きり
恋愛
平凡な女子高生、加賀深涼はハロウィンの夜に不思議な男の声を聴く。 疎遠だった幼馴染の真堂刃や、仮装しに集まっていた人たちとともに流星群の落下地点から異世界『エーデルラーム』に召喚された。 他の召喚者が召喚魔法師の才能を発現させる中、涼だけは魔力なしとして殺されかける。 そんな時、助けてくれたのは世界最強最悪の賞金首だった。 一般人生活を送ることになった涼だが、召喚時につけられた首輪と召喚主の青年を巡る争いに巻き込まれていく。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスに掲載。 [お願い] 敵役へのヘイト感想含め、感想欄への書き込みは「不特定多数に見られるものである」とご理解の上、行ってください。 ご自身の人間性と言葉を大切にしてください。 言葉は人格に繋がります。 ご自分を大切にしてください。

処刑直前ですが得意の転移魔法で離脱します~私に罪を被せた公爵令嬢は絶対許しませんので~

インバーターエアコン
恋愛
 王宮で働く少女ナナ。王様の誕生日パーティーに普段通りに給仕をしていた彼女だったが、突然第一王子の暗殺未遂事件が起きる。   ナナは最初、それを他人事のように見ていたが……。 「この女よ! 王子を殺そうと毒を盛ったのは!」 「はい?」  叫んだのは第二王子の婚約者であるビリアだった。  王位を巡る争いに巻き込まれ、王子暗殺未遂の罪を着せられるナナだったが、相手が貴族でも、彼女はやられたままで終わる女ではなかった。  (私をドロドロした内争に巻き込んだ罪は贖ってもらいますので……)  得意の転移魔法でその場を離脱し反撃を始める。  相手が悪かったことに、ビリアは間もなく気付くこととなる。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!

Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜! 【第2章スタート】【第1章完結約30万字】 王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。 主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。 それは、54歳主婦の記憶だった。 その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。 異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。 領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。             1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します! 2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ  恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。  <<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>

処理中です...