上 下
367 / 530
Part 3

А.г 一人きりの時間 - 03

しおりを挟む
* * *


「旦那さまったら、一人きりの時間など、らしくありませんわよ」

 パーラーで、一人きりになっていたリチャードソンの前に、妻のレイナが姿を出した。

 今は……ガックリと気落ちしているので、ただ、一人きりになりたかっただけなのだ。

 ふふと、笑いながらレイナがリチャードソンの座っているカウチの前に寄ってきて、向かいの席にゆっくりと腰を下ろす。

「そんなに気落ちなさらないで」
「わかっているよ……」

 そして、くすん……と、言えそうな落ち込みようを見て、レイナも微苦笑を禁じ得ない。

 なにしろ、リチャードソンが誰よりも大切にしている自慢の一人娘が、結婚を決意してしまった夜だったのだから。

 ベタベタと娘にしがみつくような父親ではないが、それでも、誰もよりも大切にしてきた大事な一人娘の結婚話である。

 父親として、しょぼくれてしまっている気持ちは、分からなくもない。

 その点、レイナが結婚する時には、レイナの亡くなった父親は、ここまでしょぼくれていたようには見えなかった。

 その対応だって、「まあ、そういう時期だから、丁度いいね」 だったはず。

 レイナには妹がいたから、息子のいない実家では、妹が婿取りをして、爵位を継続させる、というような話で決まっていた。

 レイナの実家も伯爵家である。だが、普通で、大きくもなく、小さくもなく、伯爵家の間では中くらいの格だ。
 対する、ヘルバート伯爵家は、伯爵家の中でも高位貴族に当たる。

 リチャードソンの亡くなった前妻が子爵の出身であったが、リチャードソンの祖父が、子爵家の祖父と仲が良く、交流があって、それで、孫の子供達の縁談が決まったらしいのだ。

 ただ、リチャードソンの前妻は、子爵家の爵位を継いだ息子が、かなり年を取ってから授かった一人娘だけに、後継ぎもいなく、それで、退位する際に、子爵家で管理していた領地も、ヘルバート伯爵家に譲渡された形となったのだ。

 コトレア領は、元は前妻の実家である、子爵家の領地であったのだ。

 リチャードソンもレイナも、お互いに、若くして最愛の相手を失っているから、二人の再婚は、お互いの気持ちを尊重し合えるような、そんな穏やかな結婚だった。

「わたくしは、このようなお話が上がり、とても嬉しく思いますわ」
「……そうだろうね……」

 稀に見ぬほどの最良の縁談話に近い……。

「それに、一人娘が嫁いでいくことになりましても、セシルさんに大切なお相手ができると言うだけのお話で、それ以外は、よくよく考えてみますと、今までと、ほとんど状況が変わらないと思いますわ」
「まあ、そうなんだが……」

「ええ、そうですわ。コトレアの領地で、セシルさんに気兼ねなく会うことができますし、隣国のアトレシア大王国にも遊びに来て良い、とおっしゃってくれる殿方など、中々、おりませんわよ」
「まあ、そうなんだが……」

「ええ、そうですわ。ですから、旦那様も、いつまでも、気落ちしてばかりはいられませんわよ。きっと、すぐに忙しくなってしまいますもの」

 あのギルバートが臣籍降下しんせきこうかを考えていても、現時点では、アトレシア大王国の第三王子殿下という立場だ。

 セシルとの結婚を進めるのなら、これから、王族としての婚約だって、きちんと済ませなくてはならなくなってくるだろう。

「ですが、今夜は、セシルさんの結婚のお話が決まった日でもありますから、旦那様は、今夜だけは、ヤケ酒をなさってもよろしいですわよ」
「うむ……」

 そこまでのヤケ酒をするつもりはなかったが、まあ、妻の好意は、親切にもらっておくことにするリチャードソンだった。

 あまり遅くなり過ぎませんようにね、と最後の一言を残し、妻が立ち去っていく。

 また、パーラーには、リチャードソンの一人きりとなってしまった。

 ああ、可愛い一人娘は、もう、結婚してしまう年齢になっていたんだな……。

 しみじみと、そのあまりに短く過ぎ去ってしまった歳月を、今夜、特に感じてしまっていたリチャードソンだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ある公爵令嬢の生涯

ユウ
恋愛
伯爵令嬢のエステルには妹がいた。 妖精姫と呼ばれ両親からも愛され周りからも無条件に愛される。 婚約者までも妹に奪われ婚約者を譲るように言われてしまう。 そして最後には妹を陥れようとした罪で断罪されてしまうが… 気づくとエステルに転生していた。 再び前世繰り返すことになると思いきや。 エステルは家族を見限り自立を決意するのだが… *** タイトルを変更しました!

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜

和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`) https://twitter.com/tobari_kaoru ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに…… なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。 なぜ、私だけにこんなに執着するのか。 私は間も無く死んでしまう。 どうか、私のことは忘れて……。 だから私は、あえて言うの。 バイバイって。 死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。 <登場人物> 矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望 悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司 山田:清に仕えるスーパー執事

乙女ゲームで唯一悲惨な過去を持つモブ令嬢に転生しました

雨夜 零
恋愛
ある日...スファルニア公爵家で大事件が起きた スファルニア公爵家長女のシエル・スファルニア(0歳)が何者かに誘拐されたのだ この事は、王都でも話題となり公爵家が賞金を賭け大捜索が行われたが一向に見つからなかった... その12年後彼女は......転生した記憶を取り戻しゆったりスローライフをしていた!? たまたまその光景を見た兄に連れていかれ学園に入ったことで気づく ここが... 乙女ゲームの世界だと これは、乙女ゲームに転生したモブ令嬢と彼女に恋した攻略対象の話

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい

ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。 だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。 気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。 だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?! 平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。

転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?

朱音ゆうひ
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!  「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」 王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。 不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。 もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた? 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)

一家の恥と言われた令嬢ですが、嫁ぎ先で本領を発揮させていただきます

風見ゆうみ
恋愛
ベイディ公爵家の次女である私、リルーリアは貴族の血を引いているのであれば使えて当たり前だと言われる魔法が使えず、両親だけでなく、姉や兄からも嫌われておりました。 婚約者であるバフュー・エッフエム公爵令息も私を馬鹿にしている一人でした。 お姉様の婚約披露パーティーで、お姉様は現在の婚約者との婚約破棄を発表しただけでなく、バフュー様と婚約すると言い出し、なんと二人の間に出来た子供がいると言うのです。 責任を取るからとバフュー様から婚約破棄された私は「初夜を迎えることができない」という条件で有名な、訳アリの第三王子殿下、ルーラス・アメル様の元に嫁ぐことになります。 実は数万人に一人、存在するかしないかと言われている魔法を使える私ですが、ルーラス様の訳ありには、その魔法がとても効果的で!? そして、その魔法が使える私を手放したことがわかった家族やバフュー様は、私とコンタクトを取りたがるようになり、ルーラス様に想いを寄せている義姉は……。 ※レジーナブックス様より書籍発売予定です! ※本編完結しました。番外編や補足話を連載していきます。のんびり更新です。 ※作者独自の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

処理中です...