奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

Anastasia

文字の大きさ
上 下
358 / 531
Part 3

А.б 困ったわ…… - 04

しおりを挟む
「お嬢様も、もう、そのような年頃になられましたから」
「わかっているよ。だが…………」

 なにしろ、セシルの少女時代の半生は、あの悪名高き侯爵家の嫡男との婚約解消だけに費やされてきたから、正式な婚約解消が成功し、ヘルバート伯爵家の誰もが大喜びをした。

 その後、セシルは昔からずっと変わらず、領地の統治と運営に専念して――それで、リチャードソンも、そんなセシルだからこそ、結婚話など、もう二度と興味を示さないだろうな……なんて、父親としてホッとしていたのだ。

 伯爵家の当主として、貴族としては、一応、セシルにも状況が落ち着き、少し時間が経った頃、縁談話でも持ってきて、結婚を考えさせなければならないのだろう。

 それでも、リチャードソンの頭の中では、多少、婚期が遅れようが、セシルが満足しているのなら、無理矢理、結婚などさせはしない、と考えていた。

 それなのに、今は――隣国の、それも、隣国の殿から、結婚を申し込まれてしまったなんて……。

 セシルはどうしようか考慮中だとは口にしたが――リチャードソンは、それでも、セシルが心揺らいでいる状況を見て、ガックリ……と、肩を落としてしまっていたのだった。

 セシルは何をするにも決断が早い。

 その決断が早い娘が困っているなど、一生に一度あるかないかの機会ではないだろうか……。心が揺らいで迷っている場面など、リチャードソンだって見たことがない。

 セシルは子供の時から、子供らしからぬ時間を過ごし、成長してきてしまったせいか、父親であるリチャードソンとも、親子の会話をする時もあれば、大人の会話をする時もあった。

 「領主名代」 でも、領主としての責任と立場をしっかりと理解していたセシルだけに、まつりごとの話では、リチャードソンとは対等の立ち位置でもあった。

 しっかりとしていて、自立していて(し過ぎていて)、誰よりも洞察力があり、物事を見極める能力に長けた自慢の娘である。

 妻の面影をそのままに映し、本当に、まぶしいほどに、うるわしい美しい令嬢にも成長した。

 その自慢の可愛い娘が……ああ、結婚してしまうかもしれないなんて……。

「旦那様も、そのように気落ちされませぬよう。お話をお聞きする限りでは、お嬢様にとっても、またとない好条件でございました」
「わかっているよ…………」

 だから、リチャードソンは、尚更、気落ちしてしまっているのだ。

 リチャードソンからしても、あの隣国の王子殿下であるギルバートが提示した婚姻契約の内容は、あまりに好条件が揃い過ぎていた、と言っても過言ではない。

 あれだけ――自分の地位も立場も捨てて、セシルの為だけに、そして、セシルを尊重しただけの婚姻契約書など、リチャードソンだって見たことはない。

 それだけの本気を見せて、可愛い娘を望む王子殿下である。

 リチャードソン達が初めてギルバートに会った時から、あのギルバートは、身分の下であるリチャードソン達にも礼儀正しい青年なんだなと、リチャードソンもそんな印象を受けた青年だった。

 ギルバートがセシルとどんな経路で出会ったのかは謎であっても、セシルの前で礼儀正しく、いつでも、どこでも、騎士団の騎士として、その礼節を破ったことはなかったように見えた。

 あの青年が……セシルに結婚を申し込んできた。
 本気で、結婚を申し込んできた……。

 あの婚姻契約書を読み終えたリチャードソンは、ドッと、肩が重くなり、セシルの前でも、一気に気落ちしてしまいそうだった。

 可愛い自慢の娘の結婚話が迫ってきて、リチャードソンが激しく気落ちしている様子も、オスマンドには痛いほどその気持ちが解る。

 セシルがあまりに子供らしからず、あまりに自立し過ぎて来ただけに、リチャードソンは、セシルから、ほとんど父親として甘えられたことはなかったはずだ。

 セシルは父親に頼ることはあっても、ほとんどは領地内の運営や、または、あの侯爵家のバカ息子を監視するようなお願い程度で、子供らしく父親に甘えてくる――ような時も、機会も、セシルが成長するにつれて、ほとんどなかったに近い。

 だから、いつも、何でも一人でやり遂げてしまうセシルを誰よりも誇りに思っているリチャードソンは、セシルの邪魔をせず、ずっと、温かくセシルを見守って来た父親だった。

 そうやって、まだ子供である娘のすることに口を出さず、口を挟まず、一人の対等な人として尊重し、セシルのすることを、ずっと、陰から見守って来た一人である。

 そんな風に、親として、父親として、ずっとただ見守るだけなど、口で言うほど簡単なことではなかったはずだ。
 それでも、リチャードソンは、今の一度として、セシルの邪魔をしたことがなかった。

 そうやって、いつも、リチャードソンの温かな愛情を、セシルに与えることができた父親だったのだ。

 可愛い娘が結婚してしまうなんて……娘としてではなく、大人の女性として、更に、その自立した立場を叩きつけられてしまった感じだ。

 他の男のものになるなんて…………。

 子供でいる時間が(あまりに) 短いという説は、本当のことらしい。
 子供の成長は早く、その成長を喜ぶと同時に、なんと……残念なことなのだろうか。

「旦那様。よろしければ、私も、しばらくお付き合いさせていただきます」
「ああ、そうしてくれ……」

 一人で気落ちして飲み明かしても、きっと、気分は落ち込んだままだろう。

 それなら、長年リチャードソンと付き合いが長いオスマンドなら、愚痴の一つでも聞いてくれるだろう。

「ああぁ……、もう、そんな年になっていたんだな……」
「はい、そうでございますね」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は反省しない!

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。 性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

新婚早々、愛人紹介って何事ですか?

ネコ
恋愛
貴方の妻は私なのに、初夜の場で見知らぬ美女を伴い「彼女も大事な人だ」と堂々宣言する夫。 家名のため黙って耐えてきたけれど、嘲笑う彼らを見て気がついた。 「結婚を続ける価値、どこにもないわ」 一瞬にしてすべてがどうでもよくなる。 はいはい、どうぞご自由に。私は出て行きますから。 けれど捨てられたはずの私が、誰よりも高い地位の殿方たちから注目を集めることになるなんて。 笑顔で見返してあげますわ、卑劣な夫も愛人も、私を踏みつけたすべての者たちを。

三年待ったのに愛は帰らず、出奔したら何故か追いかけられています

ネコ
恋愛
リーゼルは三年間、婚約者セドリックの冷淡な態度に耐え続けてきたが、ついに愛を感じられなくなり、婚約解消を告げて領地を後にする。ところが、なぜかセドリックは彼女を追って執拗に行方を探り始める。

素顔を知らない

基本二度寝
恋愛
王太子はたいして美しくもない聖女に婚約破棄を突きつけた。 聖女より多少力の劣る、聖女補佐の貴族令嬢の方が、見目もよく気もきく。 ならば、美しくもない聖女より、美しい聖女補佐のほうが良い。 王太子は考え、国王夫妻の居ぬ間に聖女との婚約破棄を企て、国外に放り出した。 王太子はすぐ様、聖女補佐の令嬢を部屋に呼び、新たな婚約者だと皆に紹介して回った。 国王たちが戻った頃には、地鳴りと水害で、国が半壊していた。

[完結連載]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@大人の女性向け
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

処理中です...