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Part 3
А.б 困ったわ…… - 04
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「お嬢様も、もう、そのような年頃になられましたから」
「わかっているよ。だが…………」
なにしろ、セシルの少女時代の半生は、あの悪名高き侯爵家の嫡男との婚約解消だけに費やされてきたから、正式な婚約解消が成功し、ヘルバート伯爵家の誰もが大喜びをした。
その後、セシルは昔からずっと変わらず、領地の統治と運営に専念して――それで、リチャードソンも、そんなセシルだからこそ、結婚話など、もう二度と興味を示さないだろうな……なんて、父親としてホッとしていたのだ。
伯爵家の当主として、貴族としては、一応、セシルにも状況が落ち着き、少し時間が経った頃、縁談話でも持ってきて、結婚を考えさせなければならないのだろう。
それでも、リチャードソンの頭の中では、多少、婚期が遅れようが、セシルが満足しているのなら、無理矢理、結婚などさせはしない、と考えていた。
それなのに、今は――隣国の、それも、隣国の王子殿下から、結婚を申し込まれてしまったなんて……。
セシルはどうしようか考慮中だとは口にしたが――リチャードソンは、それでも、セシルが心揺らいでいる状況を見て、ガックリ……と、肩を落としてしまっていたのだった。
セシルは何をするにも決断が早い。
その決断が早い娘が困っているなど、一生に一度あるかないかの機会ではないだろうか……。心が揺らいで迷っている場面など、リチャードソンだって見たことがない。
セシルは子供の時から、子供らしからぬ時間を過ごし、成長してきてしまったせいか、父親であるリチャードソンとも、親子の会話をする時もあれば、大人の会話をする時もあった。
「領主名代」 でも、領主としての責任と立場をしっかりと理解していたセシルだけに、政の話では、リチャードソンとは対等の立ち位置でもあった。
しっかりとしていて、自立していて(し過ぎていて)、誰よりも洞察力があり、物事を見極める能力に長けた自慢の娘である。
妻の面影をそのままに映し、本当に、眩しいほどに、麗しい美しい令嬢にも成長した。
その自慢の可愛い娘が……ああ、結婚してしまうかもしれないなんて……。
「旦那様も、そのように気落ちされませぬよう。お話をお聞きする限りでは、お嬢様にとっても、またとない好条件でございました」
「わかっているよ…………」
だから、リチャードソンは、尚更、気落ちしてしまっているのだ。
リチャードソンからしても、あの隣国の王子殿下であるギルバートが提示した婚姻契約の内容は、あまりに好条件が揃い過ぎていた、と言っても過言ではない。
あれだけ――自分の地位も立場も捨てて、セシルの為だけに、そして、セシルを尊重しただけの婚姻契約書など、リチャードソンだって見たことはない。
それだけの本気を見せて、可愛い娘を望む王子殿下である。
リチャードソン達が初めてギルバートに会った時から、あのギルバートは、身分の下であるリチャードソン達にも礼儀正しい青年なんだなと、リチャードソンもそんな印象を受けた青年だった。
ギルバートがセシルとどんな経路で出会ったのかは謎であっても、セシルの前で礼儀正しく、いつでも、どこでも、騎士団の騎士として、その礼節を破ったことはなかったように見えた。
あの青年が……セシルに結婚を申し込んできた。
本気で、結婚を申し込んできた……。
あの婚姻契約書を読み終えたリチャードソンは、ドッと、肩が重くなり、セシルの前でも、一気に気落ちしてしまいそうだった。
可愛い自慢の娘の結婚話が迫ってきて、リチャードソンが激しく気落ちしている様子も、オスマンドには痛いほどその気持ちが解る。
セシルがあまりに子供らしからず、あまりに自立し過ぎて来ただけに、リチャードソンは、セシルから、ほとんど父親として甘えられたことはなかったはずだ。
セシルは父親に頼ることはあっても、ほとんどは領地内の運営や、または、あの侯爵家のバカ息子を監視するようなお願い程度で、子供らしく父親に甘えてくる――ような時も、機会も、セシルが成長するにつれて、ほとんどなかったに近い。
だから、いつも、何でも一人でやり遂げてしまうセシルを誰よりも誇りに思っているリチャードソンは、セシルの邪魔をせず、ずっと、温かくセシルを見守って来た父親だった。
そうやって、まだ子供である娘のすることに口を出さず、口を挟まず、一人の対等な人として尊重し、セシルのすることを、ずっと、陰から見守って来た一人である。
そんな風に、親として、父親として、ずっとただ見守るだけなど、口で言うほど簡単なことではなかったはずだ。
それでも、リチャードソンは、今の一度として、セシルの邪魔をしたことがなかった。
そうやって、いつも、リチャードソンの温かな愛情を、セシルに与えることができた父親だったのだ。
可愛い娘が結婚してしまうなんて……娘としてではなく、大人の女性として、更に、その自立した立場を叩きつけられてしまった感じだ。
他の男のものになるなんて…………。
子供でいる時間が(あまりに) 短いという説は、本当のことらしい。
子供の成長は早く、その成長を喜ぶと同時に、なんと……残念なことなのだろうか。
「旦那様。よろしければ、私も、しばらくお付き合いさせていただきます」
「ああ、そうしてくれ……」
一人で気落ちして飲み明かしても、きっと、気分は落ち込んだままだろう。
それなら、長年リチャードソンと付き合いが長いオスマンドなら、愚痴の一つでも聞いてくれるだろう。
「ああぁ……、もう、そんな年になっていたんだな……」
「はい、そうでございますね」
「わかっているよ。だが…………」
なにしろ、セシルの少女時代の半生は、あの悪名高き侯爵家の嫡男との婚約解消だけに費やされてきたから、正式な婚約解消が成功し、ヘルバート伯爵家の誰もが大喜びをした。
その後、セシルは昔からずっと変わらず、領地の統治と運営に専念して――それで、リチャードソンも、そんなセシルだからこそ、結婚話など、もう二度と興味を示さないだろうな……なんて、父親としてホッとしていたのだ。
伯爵家の当主として、貴族としては、一応、セシルにも状況が落ち着き、少し時間が経った頃、縁談話でも持ってきて、結婚を考えさせなければならないのだろう。
それでも、リチャードソンの頭の中では、多少、婚期が遅れようが、セシルが満足しているのなら、無理矢理、結婚などさせはしない、と考えていた。
それなのに、今は――隣国の、それも、隣国の王子殿下から、結婚を申し込まれてしまったなんて……。
セシルはどうしようか考慮中だとは口にしたが――リチャードソンは、それでも、セシルが心揺らいでいる状況を見て、ガックリ……と、肩を落としてしまっていたのだった。
セシルは何をするにも決断が早い。
その決断が早い娘が困っているなど、一生に一度あるかないかの機会ではないだろうか……。心が揺らいで迷っている場面など、リチャードソンだって見たことがない。
セシルは子供の時から、子供らしからぬ時間を過ごし、成長してきてしまったせいか、父親であるリチャードソンとも、親子の会話をする時もあれば、大人の会話をする時もあった。
「領主名代」 でも、領主としての責任と立場をしっかりと理解していたセシルだけに、政の話では、リチャードソンとは対等の立ち位置でもあった。
しっかりとしていて、自立していて(し過ぎていて)、誰よりも洞察力があり、物事を見極める能力に長けた自慢の娘である。
妻の面影をそのままに映し、本当に、眩しいほどに、麗しい美しい令嬢にも成長した。
その自慢の可愛い娘が……ああ、結婚してしまうかもしれないなんて……。
「旦那様も、そのように気落ちされませぬよう。お話をお聞きする限りでは、お嬢様にとっても、またとない好条件でございました」
「わかっているよ…………」
だから、リチャードソンは、尚更、気落ちしてしまっているのだ。
リチャードソンからしても、あの隣国の王子殿下であるギルバートが提示した婚姻契約の内容は、あまりに好条件が揃い過ぎていた、と言っても過言ではない。
あれだけ――自分の地位も立場も捨てて、セシルの為だけに、そして、セシルを尊重しただけの婚姻契約書など、リチャードソンだって見たことはない。
それだけの本気を見せて、可愛い娘を望む王子殿下である。
リチャードソン達が初めてギルバートに会った時から、あのギルバートは、身分の下であるリチャードソン達にも礼儀正しい青年なんだなと、リチャードソンもそんな印象を受けた青年だった。
ギルバートがセシルとどんな経路で出会ったのかは謎であっても、セシルの前で礼儀正しく、いつでも、どこでも、騎士団の騎士として、その礼節を破ったことはなかったように見えた。
あの青年が……セシルに結婚を申し込んできた。
本気で、結婚を申し込んできた……。
あの婚姻契約書を読み終えたリチャードソンは、ドッと、肩が重くなり、セシルの前でも、一気に気落ちしてしまいそうだった。
可愛い自慢の娘の結婚話が迫ってきて、リチャードソンが激しく気落ちしている様子も、オスマンドには痛いほどその気持ちが解る。
セシルがあまりに子供らしからず、あまりに自立し過ぎて来ただけに、リチャードソンは、セシルから、ほとんど父親として甘えられたことはなかったはずだ。
セシルは父親に頼ることはあっても、ほとんどは領地内の運営や、または、あの侯爵家のバカ息子を監視するようなお願い程度で、子供らしく父親に甘えてくる――ような時も、機会も、セシルが成長するにつれて、ほとんどなかったに近い。
だから、いつも、何でも一人でやり遂げてしまうセシルを誰よりも誇りに思っているリチャードソンは、セシルの邪魔をせず、ずっと、温かくセシルを見守って来た父親だった。
そうやって、まだ子供である娘のすることに口を出さず、口を挟まず、一人の対等な人として尊重し、セシルのすることを、ずっと、陰から見守って来た一人である。
そんな風に、親として、父親として、ずっとただ見守るだけなど、口で言うほど簡単なことではなかったはずだ。
それでも、リチャードソンは、今の一度として、セシルの邪魔をしたことがなかった。
そうやって、いつも、リチャードソンの温かな愛情を、セシルに与えることができた父親だったのだ。
可愛い娘が結婚してしまうなんて……娘としてではなく、大人の女性として、更に、その自立した立場を叩きつけられてしまった感じだ。
他の男のものになるなんて…………。
子供でいる時間が(あまりに) 短いという説は、本当のことらしい。
子供の成長は早く、その成長を喜ぶと同時に、なんと……残念なことなのだろうか。
「旦那様。よろしければ、私も、しばらくお付き合いさせていただきます」
「ああ、そうしてくれ……」
一人で気落ちして飲み明かしても、きっと、気分は落ち込んだままだろう。
それなら、長年リチャードソンと付き合いが長いオスマンドなら、愚痴の一つでも聞いてくれるだろう。
「ああぁ……、もう、そんな年になっていたんだな……」
「はい、そうでございますね」
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