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Part 3
* А.б 困ったわ…… *
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「どうなさったのですか?」
ギルバートを見送り、客室に戻って来た執事のオスマンドが、セシルの隣に立ってそれを聞いた。
珍しく、セシルは接客用の長椅子に座ったまま、さっきから動いていないようだったのだ。
「――――本当に……困ったわ……」
「おやおや。準備万端でいらしたようですね」
「準備万端……。――確かに、そうかもしれません……。結婚を申し込まれました」
一拍の間が降り、
「そうでございましたか。お嬢様も、そのようなお年頃でございますからね」
「別に、年頃は、もう過ぎてしまったと思ったのだけれど……」
「そのようなことはございませんよ。お嬢様は、それはもう、亡くなられた奥様の美しいご容姿を受け継がれ、殿方が、毎日、殺到してもおかしくはないほどの魅力的なご令嬢でございます。結婚を申し込まれる殿方がいても、全く、不思議はございませんよ」
「そうかしら?」
セシルの若い少女時代は、あの悪名高き侯爵家のバカ息子との婚約解消に、一生を使い切ってしまったようなものだった。
だから、セシルは、婚約だろうと結婚だろうと、もう二度と、そんな状況などやって来ないだろうと確信していたのに、随分、どんでん返しを受けてしまったセシルだ。
「そうでございますよ。ですが、かのお方は、余程、念入りに準備万端でいらしたのですね」
「どうして?」
「お嬢様を困らせることができる者など、そうそういません。まして、それが殿方なら、尚更のことです」
なにしろ、自分に近寄ってくるであろう異性は、裏の思惑が怪しいものだと、セシルは、一切、その手の相手をしない。
近寄ってくる前に、スッパリ、切り落としている方なのだ。
「準備万端……なんてものじゃなくて、もう、あまりに好条件を並べられて、――どうしようかしらぁ……。本当に、困ってしまうわ……」
ここまでの誠意を見せられ、セシルには好条件を出し、おまけに、それを婚姻契約書にまで記載して、正式な婚約話にまで持ち込んできたほどである。
そこまでの本気をみせて、本気で、セシルを望んできた男性である。
隣国の王子で、王族で――
ああ……と、セシルが長い溜息を漏らしていた。
断るに断れない状況になってしまった。
その様子のセシルを見つめ、オスマンドが微笑ましげである。
「どうして、オスマンドは動揺していないの?」
「いえ、お嬢様を、そこまで困らせることができた殿方もいたのだな、と感慨に耽っておりました」
「そんなことで、耽ってなくてもいいのよ……」
「いえいえ。このようなお嬢様のお姿を拝見するのは、私も初めてでございます」
「……困って、いるんですもの……。――断るに、断れない状況でしょう?」
「私は、お嬢様がお決めになられたことでしたら、なんの反対もございません」
「結婚話、でも?」
「はい」
思えば、十年前にコトレアの領地にセシルがやって来てから、セシルの秘密を共有し、
「では共犯者になってくださいね」
とあまりにバカげた話を聞かされて、その後もずっと、セシルの傍に付き添い、セシルの家族以上にこのセシルを見守って来たのは、執事のオスマンドだった。
あまりに子供らしくない子供がやって来て、口だけが達者で、それでも、その瞳が、到底、子供だなんて思えない鋭さと思慮深さを見せつけていたセシルを見て、頭がおかしくなったんじゃないか……と、他人に判断されてもおかしくはない。
狂っているかもしれないとも判断され、病人扱いされてもおかしくない場で、あまりに信じられない話を聞かされて、混乱していたであろうに、それでも、今までずっと、執事として、セシルについてきてくれたのは、オスマンドだ。
セシルが前世の記憶を持つ異世界転生者だ、などと荒唐無稽な話を信じたどうかは知らないが、文句も言わず、執事として、オスマンドは、誰よりもセシルの傍で、セシルに仕えて来た一人だった。
「……もう、困ったわぁ……。どうしましょう……?」
ふふ、とオスマンドは微笑ましげである。
セシルは、どんな状況でも(あまりに) 冷静で、物事を簡単に見極めてしまう類まれな能力があるせいか、おかげなのか、大抵、いつもその決断が早い。行動も、早い。
最善に近い選択肢を常に考えているだけに、迷うこともほとんどない。
そんなセシルをここまで困らせることができたギルバートも、ある意味、すごいものである。
セシルがギルバートを即座に追い返さなかったところをみると、王国や王子としての立場を抜かしても、話を聞く程度には、ギルバートはセシルに信用されていたということになる。
だから、ギルバートの話を聞いて、セシルはここまで困ってしまっているのだが。
「オスマンドは、どう思います……?」
「それは、お嬢様がお決めなさることですが――私個人の感想を申しあげさせていただきますと――そうですね、お嬢様が幸せになれるのでしたら、ご結婚話はとても良いお話だと思います」
反対もなく、むしろ、賛成しているかのような様子のオスマンドに、セシルは顔を上げて見返した。
「どうして?」
「お嬢様は、お美しく魅力的なご令嬢だというだけではなく、領主としてのその才能や能力を兼ね備えておいでです。ですから、そんじょそこらの殿方が、お嬢様を幸せにすることなど、到底、不可能な話でございましょう」
「それで――あのお方ができる、と?」
「それは、私にも存じません。ですが、本気でなければ、ここまで、お嬢様を困らせることなどできなかったことも、事実だと思います。まして、王族でありながら、隣国までやって来て、ただの伯爵令嬢であるお嬢様を自ら迎えにきたのですから、その誠意は、私も認めなければならないと思います」
ギルバートを見送り、客室に戻って来た執事のオスマンドが、セシルの隣に立ってそれを聞いた。
珍しく、セシルは接客用の長椅子に座ったまま、さっきから動いていないようだったのだ。
「――――本当に……困ったわ……」
「おやおや。準備万端でいらしたようですね」
「準備万端……。――確かに、そうかもしれません……。結婚を申し込まれました」
一拍の間が降り、
「そうでございましたか。お嬢様も、そのようなお年頃でございますからね」
「別に、年頃は、もう過ぎてしまったと思ったのだけれど……」
「そのようなことはございませんよ。お嬢様は、それはもう、亡くなられた奥様の美しいご容姿を受け継がれ、殿方が、毎日、殺到してもおかしくはないほどの魅力的なご令嬢でございます。結婚を申し込まれる殿方がいても、全く、不思議はございませんよ」
「そうかしら?」
セシルの若い少女時代は、あの悪名高き侯爵家のバカ息子との婚約解消に、一生を使い切ってしまったようなものだった。
だから、セシルは、婚約だろうと結婚だろうと、もう二度と、そんな状況などやって来ないだろうと確信していたのに、随分、どんでん返しを受けてしまったセシルだ。
「そうでございますよ。ですが、かのお方は、余程、念入りに準備万端でいらしたのですね」
「どうして?」
「お嬢様を困らせることができる者など、そうそういません。まして、それが殿方なら、尚更のことです」
なにしろ、自分に近寄ってくるであろう異性は、裏の思惑が怪しいものだと、セシルは、一切、その手の相手をしない。
近寄ってくる前に、スッパリ、切り落としている方なのだ。
「準備万端……なんてものじゃなくて、もう、あまりに好条件を並べられて、――どうしようかしらぁ……。本当に、困ってしまうわ……」
ここまでの誠意を見せられ、セシルには好条件を出し、おまけに、それを婚姻契約書にまで記載して、正式な婚約話にまで持ち込んできたほどである。
そこまでの本気をみせて、本気で、セシルを望んできた男性である。
隣国の王子で、王族で――
ああ……と、セシルが長い溜息を漏らしていた。
断るに断れない状況になってしまった。
その様子のセシルを見つめ、オスマンドが微笑ましげである。
「どうして、オスマンドは動揺していないの?」
「いえ、お嬢様を、そこまで困らせることができた殿方もいたのだな、と感慨に耽っておりました」
「そんなことで、耽ってなくてもいいのよ……」
「いえいえ。このようなお嬢様のお姿を拝見するのは、私も初めてでございます」
「……困って、いるんですもの……。――断るに、断れない状況でしょう?」
「私は、お嬢様がお決めになられたことでしたら、なんの反対もございません」
「結婚話、でも?」
「はい」
思えば、十年前にコトレアの領地にセシルがやって来てから、セシルの秘密を共有し、
「では共犯者になってくださいね」
とあまりにバカげた話を聞かされて、その後もずっと、セシルの傍に付き添い、セシルの家族以上にこのセシルを見守って来たのは、執事のオスマンドだった。
あまりに子供らしくない子供がやって来て、口だけが達者で、それでも、その瞳が、到底、子供だなんて思えない鋭さと思慮深さを見せつけていたセシルを見て、頭がおかしくなったんじゃないか……と、他人に判断されてもおかしくはない。
狂っているかもしれないとも判断され、病人扱いされてもおかしくない場で、あまりに信じられない話を聞かされて、混乱していたであろうに、それでも、今までずっと、執事として、セシルについてきてくれたのは、オスマンドだ。
セシルが前世の記憶を持つ異世界転生者だ、などと荒唐無稽な話を信じたどうかは知らないが、文句も言わず、執事として、オスマンドは、誰よりもセシルの傍で、セシルに仕えて来た一人だった。
「……もう、困ったわぁ……。どうしましょう……?」
ふふ、とオスマンドは微笑ましげである。
セシルは、どんな状況でも(あまりに) 冷静で、物事を簡単に見極めてしまう類まれな能力があるせいか、おかげなのか、大抵、いつもその決断が早い。行動も、早い。
最善に近い選択肢を常に考えているだけに、迷うこともほとんどない。
そんなセシルをここまで困らせることができたギルバートも、ある意味、すごいものである。
セシルがギルバートを即座に追い返さなかったところをみると、王国や王子としての立場を抜かしても、話を聞く程度には、ギルバートはセシルに信用されていたということになる。
だから、ギルバートの話を聞いて、セシルはここまで困ってしまっているのだが。
「オスマンドは、どう思います……?」
「それは、お嬢様がお決めなさることですが――私個人の感想を申しあげさせていただきますと――そうですね、お嬢様が幸せになれるのでしたら、ご結婚話はとても良いお話だと思います」
反対もなく、むしろ、賛成しているかのような様子のオスマンドに、セシルは顔を上げて見返した。
「どうして?」
「お嬢様は、お美しく魅力的なご令嬢だというだけではなく、領主としてのその才能や能力を兼ね備えておいでです。ですから、そんじょそこらの殿方が、お嬢様を幸せにすることなど、到底、不可能な話でございましょう」
「それで――あのお方ができる、と?」
「それは、私にも存じません。ですが、本気でなければ、ここまで、お嬢様を困らせることなどできなかったことも、事実だと思います。まして、王族でありながら、隣国までやって来て、ただの伯爵令嬢であるお嬢様を自ら迎えにきたのですから、その誠意は、私も認めなければならないと思います」
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