奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

Anastasia

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Part2

Е.д これからは - 02

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* * *


 会えない距離で、思いが更に募る……。
 思えば思うほど、その距離が遠く感じられてしまう……。

 ただ、会いたい――と思っても、会えることなどできない。
 ただ、声を聞きたい――と思っても、理由がなければ話すことさえできない。

 これからは――また、理由付けを探さなければならない。これからも、まだ会いに行けない。
 会えない。

 あああぁ……。

 執務室にいるだけで、憂鬱ゆううつさが増して、激しい渇望だけが心を空にして、再起不能、だった…………。


――――会いたい…………。


 自分の役職も、仕事も、そして、この立場も全て捨てて、あの人の元に婿入りできたら、どんなにいいことか――――

 そんなことは絶対に許されないとは分かってはいても、叶えられない願いを強く持ちすぎると、絶対に有り得ない可能性ばかりを考えてしまって、「もし……」 なんて――そんな仮定、なんの役にも立たないのに。

 セシルだって、きっと、そんな後ろ向きな考えなどしないことだろう。
 いつも、どこでも、ただ、前向きに、明日に向かって進んで行くことだけを考えている女性だから。

 問題があっても問題とはせず、前向きに進んで行ける強さが、とてもきれいで、眩しくて、目が離せないのだ。

 なら、前向きの思考?

 会えない距離。
 会えない日々。
 声も聞けない立場。
 うかつに近寄れない二人の間。

 どうやって――前向きになんて考えられるのか、今のギルバートでは、完全に無理な話だった。

 あああぁ……………。

 分かっている……。


「これで何度目の溜息なのか?」


と、言われてもおかしくはないことも、十分に自覚している。

 自覚はしていても、無意識で、落ち込んでしまうことは自分で止められない。

 情けないとは思うのだが、自分でどうすることもできない、この持て余した感情の扱い方が分からず、出口が見えず、四方塞がり……的な気分になってしまう。

 次にセシルと会ったら――会えたのなら、ギルバートはたくさんの話題を話したい。たくさんのことを話すことができる。

 そんな風に、普段の会話やら、話題やら、今まで気に掛けたこともないのに、セシルを前にすると、今まで気づかなかったほんの些細な日常のことまでも、変わった景色として見えてしまう。

 それが楽しくて、新発見で、セシルに話して聞かせたいのだ。

 セシルは、ギルバートがくだらない質問をしても、一度だって嫌な顔をしたことはないし、ギルバートの新発見(セシルには違うだろうが) の話だって、静かに聞いてくれる。

 セシルほど、他人の話を聞くことに長けた人はいないのではないだろうか、とギルバートは常に思っている。
 いや、セシル以外いないだろう。

 許容力があり、何事も除外しないセシルは、いつでもどこでも、他人の感想や意見を聞き入れる。積極的に、聞き入れていく。

 以前、ギルバートが、他人からの意見を聞いて、嫌な気持ちにならないか、という質問をした時にも、セシルの返答はこうだった。


「意見、と言いましても、両方の意見がありますでしょう? 良い意見と、悪い意見、と言う風に。大抵は、悪い意見や、批判的な感想というのは、聞いていても楽しいものではありませんよね」


 まるで、自分がしていることや、果てには、自分自身が悪いような言われ様だから。

 そういったネガティブな意見や感想は、耳を塞ぎたくなるだろうし、聞きたくなくなるだろうし、そうじゃないんだ、と言い張りたくもなるだろう。

 それでも、自分にとっては耳に入れたくない情報でも、他人にとっては重きをおくもので、そういった気持ちが上がって来たことも事実である。

 だから、セシルは嫌なことでも、一応、ちゃんと相手に言い分を聞くようにしているのだ。

 話を聞いた後、自分を落ち着かせ、客観的に相手の意見や感想を考え直し、それで、当たっている部分があるのなら、調整をし直したり、変えて見たりと、その選択ができるから。

 そうやって、仕方がなくても、嫌なことを聞き入れて、取り入れようとできる態度は、口で言うほど簡単ではないはずだ。

 だから、ギルバートはセシルの前向きな姿勢を見て、心から尊敬しているし、自分もできる限り見習いたいな、とも思えてしまう。

「ヘルバート伯爵令嬢……」

 名前は、セシル。

 でも、ギルバートは今の今まで、一度として、セシルの名前を呼んだことがない。呼べない立ち位置だ。

 セシルだって、ギルバートのことは、副団長様、だ。
 自分の名前を呼んでももらえない立場だ。関係だ。

 今までは、独り身だって、全く気にしたことはない。うるさい貴族の令嬢達に取り囲まれるくらいなら、一生、独り身だって構わない、とさえも思っていたのに。

 今では、時間が空いているなら、いつでもどこでも、セシルのことばかり考えてしまう。
 あの姿を思い浮かべてしまう。

 重症だ……。

 これからは、気軽にセシルに会えるような距離で、関係に、なれるのだろうか?

 その質問の答えは誰にも判らないし、ギルバート自身が、一番に知りたい答えだった。

「よしっ」

 いつまでも、うじうじと悩んでいてもしょうがない。
 クリストフを巻き込んで、来年には、どうやったらセシルに会えるのか、今からでも相談すべきだろう。

 早く会いたい……。
 会えるのなら、今すぐにでも、会いたい……。

 思いは募るばかり。

 持て余す感情は、嵐のように湧き上がるだけ。

「セシル……」

 聞こえぬほどの呟きを漏らし、ギルバートは、一人で、ちょっとだけ照れてしまっていた。

 そうやって、名前を呼べられるような関係になれれば、どんなに良いことだろうか。

 ギルバートの“一生涯の純愛”だ。


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