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Part2

Д.в 手始めに - 11

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* * *


「あっ! なんだ、小僧っ!」

 賑わった繁華街を少し抜けた場所。
 行き交う通行人の間をすり抜けるようにして、子供らしき人影が勢いよく走り去って行く。

 その後ろから大声で叫び声を張り上げている男性。

「くそっ! 待て、このクソガキっ! ――逃がすか……」

 走りながら大声を張り上げ、ものすごい形相で男が子供を追いかけて行く。

 その喧騒を遠巻きから見ていた『セシル』 は、後ろを振り返った。

「あの子供をまえましょう」
「え? まえるのですか?」

「ええ、そうです。追いかけているのは、たぶん、お店の店主か誰かでしょう。ですが、そう長くは、走り続けることも難しいのではないかしら? その後、追いかけて来ないと判断した子供が、そこで隙を見せた時に、挟み撃ちで、子供を掴まえてください」

 イシュトールとユーリカは、『セシル』 の説明を聞いて、その指示は理解できたが、なぜ盗人の子供を捕獲するのかは、理解できていない。

 特に、セシルは盗人を(捕縛) するのが目的ではないから、二人共、セシルの意図を尚更に理解していないことだろう。

「イシュトールは、一人で大丈夫ですか? 私は、ユーリカと共に動きます」
「わかりました」

 『セシル』 の意図を理解していないような二人であっても、『セシル』 の護衛をする任務は変わらない。
 セシルが走り出したので、二人も、すぐにその『セシル』 を追っていた。




 はっ、はっ……と、小汚いシャツにズボンを履いた子供が、少し足を休め、そこで呼吸を整えるように、肩で息をしている。

 その手の中には、ハンカチのような布に包まれたパンが3個入っている。

「くそっ、こんなもんか――」

 屋台が並ぶ一画で、パンを盗もうと潜り込んでいた子供は、2~3個パンをかっさらっている時に、後ろにいた客が子供に気付き、そこで大声を上げていたのだ。

 「盗人だわっ!」 と。

 それで、こっそり逃げ去る予定が台無しになって、店主に見つかってしまった子供は、店主に即座に殴られて、道端に吹っ飛んでいた。

 だが、盗んだパンの包みは絶対に手から離さず、そのまま、逃げ去って来たのである。
 あの女が叫ばなければ、もう2~3個のパンが手に入ったのに。なんて、アンラッキーな日なのか。

 これから、自分の住んでいる――スラム街に戻って、このパンなら、三日、持つだろうか……。

 スラム街とひとえに言っても、ただの一画がスラム街と区分されるのではない。結構な範囲で、広さで、街が続いているような、その一画自体がすたれ、すさみ、貧困層が集まっている場所なのだ。

 その中で、最奥、めのような薄暗い汚い場所には、お店もない、商業もない、完全に廃退して荒廃した場所がある。

 家だって、崩れ落ちそうながらくたが並び、ドアがない代わりに、入り口などを隠せるような布やシーツがあれば、それだけでも贅沢とみなされるほどの最悪の場所だ。

 その場所には、親のいない、親から見放された孤児がゴロゴロと揃っていた。

 その上、そんな孤児達を搾取するかのようなチンピラ共やゴロツキがいて、孤児達を奴隷並みにこきつかい、金儲けをしているのが日常のような世界だった。

 そう言った場所に、わざわざと足を運ぶ、趣味の悪い貴族。孤児なら勝手に盗んでも誰にも文句は言われないだろうと、そういった悪行を平気でするような悪徳貴族達。

 人身売買だって、あまりに日常茶飯事で、驚く行為でもなんでもなかった。

 盗みを働いた子供も、そのめに戻らなければならない。別に、戻りたいから、戻るわけじゃない。元々、戻る場所など、子供にはなかった。

 だが、街をうろついていたら、街の警備員やら、盗みを働いた店からの苦情で、速攻で逮捕されたり、捕縛されてしまう怖れがある。

 そうなれば、真っ暗で、陰鬱いんうつな牢屋に放り投げられて、囚人の慰み者にされるか、果ては、餓死するか、最悪、牢屋で痛めつけられて惨殺死するかの、どれかだろう。

 だから、街にも長くは居座れない。

 今日この頃では、スラム街最奥のめでも、グループのような抗争争いが頻繁になってきた。家を貸しているのでもないのに、勝手に、チンピラなどが陣地を決めつけ、子供だろうと誰だろうと、家賃の支払いや土地代を請求してきているのだ。

 それで、日課の家賃が支払えないと、チンピラ共の餌食となり、売られていくか、奴隷扱いで、タダでコキ使われるか、それもあまりに日常と化していた。

 だから、通りでスリを働いても、この頃では、その稼ぎのほとんどが、チンピラ共のポケットに消えて行ってしまう。

 それでなくても、通りでのスリは捕まる可能性が高いから、頻繁にはできないのに。

 着ている洋服があまりにみすぼらしく、汚く、繁華街などをうろつくと、すぐに目についてしまい、そこにいる平民から追い出されたり、叩き出されたり、色々だ。

 ここずっと、リンゴ一つでも手に入れられれば上出来、という日々が続いていた。

 今日、盗んだパンは、誰にも奪わせない。他の奴らに見つからないうちに、まずは、自分の家に戻らなければならない。

 横道を逸れて、ものすごい勢いで逃げ去っただけに、さっきの店主はけたようだった。
 パンの包みを小汚い麻のサックに入れて、背中で背負い直し、子供が動き出した。

 ピタリ――

 動き出しかけた子供の動きが、すぐその場で止まっていた。

「くそっ……!」

 尾けられていた気配はなかったのに、隠れていた裏道の手前に、男が一人立っていたのだ。

 バッと駆け出し、すぐに男がいる方向とは反対の方向を駆け出していく。

 だが、家の隙間を通り過ぎようと走り込んだ時、手前からいきなり飛び出したもう一人に、子供はしっかりと押さえつけられてしまったのだ。

「くそっ……! 離せっ、離せよっ……!」

 両腕を押さえつけられてしまったが、それでも、必死で抵抗して、子供が足をバタつかせる。

 子供を捕まえたイシュトールだって、足を蹴られて顔をしかめてしまう。
 しょうがないが、あまりにうるさく抵抗するので、イシュトールが子供腕を押さえつけたまま、地面に押さえ込んだ。

「大人しくしなさい」
「うるせーなっ! 離せよっ……! 離せよっ……!」

 大人に見つかってしまい、おまけに、捕縛されてしまい、子供が必死な形相で抵抗する。今捕まってしまったら、絶対に、牢獄行き決定なのだ。

 自分の死が迫って来て、抵抗する子供だってものすごい必死だ。

 あまりに激しく抵抗をみせる子供に、イシュトールが自分の足を子供の背中に押し付け、飛び跳ねないように、更に地面に子供を押し付けた。

「くそっ……! くそっ……!」

 口汚く罵倒ばとうして、子供を押さえつけているイシュトールにも激しいののしりが飛ばされる。

 その言葉の選択と言い、言葉遣いと言い、聞いているだけでも、目眩めまいがしてきそうなほどの汚さだ。

「元気があっていいですね」

 突然、頭元から振って来た声を聞いて、子供の動きが少しだけ止まっていた。

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