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Part2

Д.в 手始めに - 05

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 ただ、それをしてしまったのなら、『セシル』 は、「狂ってしまった令嬢」 なんて、余計に変な注目を浴び、変な噂が上がってしまうことだろう。

 今まで、あまりに慣れ親しんだ便利さが、全部、急に、目の前から取り上げられてしまったのだ。そりゃあ、不満だって、すぐに、上がって来ることだろう。

 ただ、現実面で考慮したら、そう言った行動は、すぐに怪しまれて問題を呼ぶ以外になにもないので、仕方なくしていないだけだ。

 辺境伯領の中心街を通り過ぎ、街外れに建っている領城に進んで行くと、山間やまあいそびえ立つように建てられた巨大な領城が目に飛び込んでくる。

 レンガではなく、石畳の領城で、これこそ、“ザ・中世のお城!” と宣伝できそうな、威圧感のある、豪壮とした領城だった。

「辺境伯領の領城というのは、大きなものなのねえぇ……。ものすごい、威圧感だわ……」
「そう、ですね……」

 二人揃って、田舎から出て来たおのぼりさんでもあるまいに、目の前にそびえ立つ領城を見上げ、呆けてしまっている。

 この世界に放り込まれて、途方に暮れて、不満ばかりが募ってしまう状況ばかりだったが、それでも、今回の遠出は、ちょっと観光気分にもなるんじゃないだろうか。


(うわぁ……! これこそ、貴族のお城、って感じよね)


 ヨーロッパでお城めぐりをせずとも、目の前に、豪壮な石のお城が見物できたのだから。
 これも、ラッキー、って言うのかしらね?

 領城に入る入り口では、堅固そうな門があり、そこにいる護衛にセシルの身分を明かし、辺境伯に挨拶に来た旨を話した『セシル』 だ。

 ただ、子供一人に、騎士が一人。

 あまりに怪しげな親子連れにしか見えず、おまけに、『セシル』 だって、貴族の令嬢などとは到底思えない様相をしているだけに、門番の護衛だって、最初から最後まで、かなり『セシル』 を見下した態度で、真剣に話を聞いている様子ではなかった。

「侮辱するのはあなたの勝手ですけれど、私の身分が証明された場合、罰せられるのはあなた自身だ、と言うことを理解しているんですか?」

 あまりに淡々と、感情もなく冷たく指摘され、それでやっと、嫌々に、セシルの言伝を領城内の誰かに伝えに行ったらしい。

 それで、門が閉まったまま、領城の外で待たされること、三十分ほど。

 相手がそんな対応なら、『セシル』 だって、一応、貴族の顔を立てて、挨拶などしてやる必要もない。

 それで、さっさと見切りをつけてその場を去ろうとした『セシル』 の前で、さっきの護衛と一緒に、執事らしき制服を来た年配の男性がやってきた。

「ヘルバート伯爵家のご令嬢、とお聞きいたしましたが?」
「そうです」

 それで、執事らしき年配に男性の方も、チラッと、見下ろした『セシル』 の様相を確認して、あまり思わしくない……と、その顔を少しだけしかめてみせる。

 セシルは騎馬での移動だから、ドレスなど身に着けていない。お針子達に頼んで(やっと) 作ってもらったズボンを履き、上はシャツにベスト。そして、足まで隠れるマントを被っている。

 長旅で、マントやズボンはよれてしまっているから、さすがに、貴族の令嬢だ、と言い張っても、みすぼらしさが目立ってしまうかもしれない。

「見かけから判断しましたら、確かに、貴族の令嬢には見えませんね。証明書が必要ですか?」
「――証明書、などあるのですか?」

 『セシル』 は無言で、肩からかけていた“現代版ショルダーバッグ”の中から、封筒を取り出した。

 移動の為に、この“ショルダーバッグ”だって、現代版に似せて、早速、作ってもらったものである。絵柄を描いてお針子に見せて、似たように作ってもらったのだ。

 もちろん、そんなバッグを見るのは初めてで、お針子の方だって、興味津々でセシルの話を聞いていたほどだ。

 この世界での“ショルダーバッグ”第一号が元で、これから、コトレア領では、『セシル』 が身に着けているような“ショルダーバッグ”が大人気を呼ぶことになる。

 中から、書類を取り出し、執事らしき年配の男性の前に差し出して見せる。
 疑わしそうにその書類を受け取った執事らしき男性は、その中身を開き、きちんと確認して行く。

「――ヘルバート伯爵家長女セシル様……!?」
「そうです。丁度、この近郊にやって来ましたので、一応、領主である辺境伯に、ご挨拶は済ませておくべきかと思いまして」

 『セシル』 はまだまだ小さな子供なだけに、一人で勝手に動き始めると、必ず、いつどこでも、貴族の令嬢なんて嘘だ、と疑われる状況をすでに予想していた。想定していた。

 だから、その面倒を解消する為に、父のリチャードソンに、『セシル』 の身柄保証と、証明書を書いてもらっていたのだ。それも、ヘルバート伯爵家紋入りの印も押してもらって。

「そ、それは……失礼、いたしました……。ようこそお越しくださいました。城内にご案内したしますので、どうぞこちらへいらしてください」

 丁寧に、持っていた書類を『セシル』 に返し、執事らしき年配の男性が、これまた丁寧に頭を下げて行く。

「突然、押しかけて来てしまいまして、すみません。先触れも立てず、失礼を致しました」
「いいえ、そのようなことはございません」

 きっと、内心では超がつくほどに困惑を見せているであろう執事らしき男性だったが、何も言わず、『セシル』 を城内に案内していく。

 客室のような場所に通されて、『セシル』 は六日振りに、クッションのある豪勢な椅子に座ることができたのだった。

 腰を下ろすと、今までの長旅の疲労と、激しい筋肉痛の疲れが、ドッと一気に押しよせて来る感じだ。

「ユーリカは座れないのよね」
「お気になさらないでください」

「立ったままって、疲れるでしょう?」
「いいえ。慣れておりますので」

 大抵、護衛の仕事というものは、動かず、口を開かず、ずっと同じ立ち位置で、場所で、控えていることが多い。

 だから、多少、長旅からの疲労があっても、ユーリカは、長椅子に座っているセシルの後ろで立って控えていることも苦にならない。

 メイドが用意したお茶が出され、お茶の横においしそうなスイーツも出され、『セシル』は接待を受けている。

 それから待つこと、(またも) 三十分。

 貴族と言うものは、堅苦しい仕来りばかりで、先触れもなく屋敷にやって来ることは非礼に当たり、時間を指定しても、時間通りに約束場所にやってくることもあまりなく、のんびり、急がず、いつでも余裕を見せているのが“貴族の美徳”となっている。

 面倒ばかりで、余計な手間暇かけさせて、本当に、時間の無駄な生活で行動だ。
 『セシル』 の領地では、こんな悪習は、すぐに撤廃してやるのに。

 待たされている部屋の中に、また、誰か一人がやって来た。

 今回は、執事のような制服を着ている男性でもなく、まだ青年のような男性で、腰に剣をぶら下げ、貴族らしい洋服ではあるが、それでも、動きやすそうなトラウザーズを履いていた青年がやって来た。

「ヘルバート伯爵家のご令嬢だと?」
「そうです」

 ツカツカと足並みを変えずに部屋に入って来た青年を見上げ、『セシル』 は椅子から立ち上がる様子は見せない。

 まだ、相手が誰かも判らないのに、礼を取る必要はない。

 セシルが座っている長椅子に向き合った椅子の横で、仁王立ちしているように見えなくはない青年は、なにか、激しく顔をしかめながら、椅子に座っている『セシル』 を見下ろしている。

「なにか?」
「いや……。本当に、ご令嬢であられるのか?」

「そうです。まさか、また、証明書が必要だと?」
「いや……」

 その反応を見る限り、先程の執事らしき男性が証明書を確認した事実は、話に聞かされているらしい。

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