奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

Anastasia

文字の大きさ
上 下
286 / 532
Part2

Д.б 無理でしょ - 03

しおりを挟む
 済まない……と、リチャードソンは、何度も、何度も、『セシル』 に謝ってくれた。

 だが、リチャードソンは、全く悪くない。
 むしろ、ヘルバート伯爵家は被害者だ。あんな理不尽な侯爵家の横暴を押し付けられて、口答えすることも許されず、泣き寝入りしなければならなかったのだから。

「いいえ、違いますわ、お父さま。お父さまは、何一つ悪くありません。あんな横暴で、理不尽な要求を押し付けてくるなんて、もう、それだけで常識もなく、ふざけ過ぎています」

 貴族社会でそれが当然の行動だとしても、『セシル』 が受け入れていない理不尽さを、“当然”などというくだらない習慣で、締めくくりたくはない。

 締めくくる気はない。

「お父さま、ここだけのお話ですけれど、あんな下品で横暴で、大した器でもない(クソガキ) 息子に結婚させられるなんて、最悪でしょう? 人生なんて、あったものでもありませんわ」

「セシル、それは……」
「お父さま」

 また、ひどく自分を責めて行きそうな父親を止めて、『セシル』 はリチャードソンの腕の中で、少し顔を上げた。

「お父さま。ですから、今からその日に向けて、ヘルバート伯爵家でも、対抗策を考えておくべきです」
「対抗、策……?」

「ええ、そうです。侯爵家の弱味を見つけ出し、伯爵家には絶対不利にならない状況に持っていくのです。こう言ってはなんですが、あんな下品で頭の悪そうな息子なら、きっと、簡単にボロを出すことでしょう。その機会を決して逃さず、その時を待ち、絶対に婚約解消します」

「セシル……」

 なぜかは知らないが、まだ瞳には微かな涙が残っているその幼い顔に、不敵な笑みを見せ、絶対的な自信で断言して来る幼い娘に、リチャードソンは困惑を極め、言葉を失っている。

「それで、お父さまには、私に協力して欲しいのです」
「協力……?」

「私一人きりでは、できることも限度があります。一人きりでやり遂げることも、難しいでしょう。ですから、私には、お父さまの協力が必要なのです」
「協力など、いくらでもするよ」

 あまりに困惑を極め、今の状況だって理解できていないはずなのに、リチャードソンは躊躇いもなく、それを言い切っていた。

 ああ……、やっぱり、父であるリチャードソンに秘密を明かしたのは、間違いではなかった。

 こうやって、惜しみなく娘を大切にしてくれるリチャードソンだから、『セシル』 も父に賭けてみたのだ。

「ありがとうございます、お父さま……」
「だが……、婚約解消など、無理があるよ……」

「無理かどうかは、まず最初に、問題が何なのかをしっかりと見極める必要があります。状況判断もせず、憶測だけで無理を決めていては、一歩も前進できません」

「は、あ……。そう、かな……?」
「ええ、そうです」

 そして、いきなり、全く子供らしからぬ口調で、態度に変わってしまった娘を前に、更なる混乱が生じているリチャードソンだ。

「お父さまが混乱していることも、質問なさりたいことも、私は、隠し事はしません。ですから、いつでも、私に質問してきてください。それと同時に、私がこれからすることも、お父さまだけには隠し事はしません」

「でも、セシル……。さすがに、無理――いや……もし、無理ではないとしても……」

 無理だろう……と、言いたいのだろう。
 その気持ちは、十分に理解できる。

 だが、『セシル』 の体にいる自分だろうと、元々の性格からでも、“無理”という概念を決めつけないのだ。

 “無理”が何なのか、しっかりその状況や理由を理解できなければ、“無理”と決めつけているのは、自分自身の感情や憶測が多い。

 だから、自分で出口を閉ざさないようにするのだ。

「お父さまだけには全てをお話しますけれど、それでも、どうしても誰かに秘密を話したくなった時は、お父さまが信用している者にだけ、お話なさってもいいのですよ」

「そんなことは、しないよ、セシル」

「これは、なにも、お父さまを信用していないから、話しているのではありません。「人間」 という生き物は、とかく、秘密を隠すのが下手なのです。秘密を持っていると、つい、誰かに話したくなってしまう傾向があるのです」

 「これは秘密だから、絶対内緒にしてね?」 と言う風に。

 それで、内緒が次の人に伝わって、次の人からまた違う人に伝わって、内緒の内緒が重なって、大抵は、すでに内緒ではなくなってしまっているのだ。

「特別に訓練された人でもなければ、秘密を保持していくことは、結構、難しいものなのです。ですから、お父さまがそのような状況になった場合、信用している者でしたら、秘密を明かしても構いません」

「それは、しないつもりだが……。まあ……、一応、考えておくよ……」

 なんだか、変な理論で言いくるめられてしまったのだろうか……。

「今日は、突然、こんな話を聞かされて、驚いているのと、混乱しているのと、色々だと思います。ですから、この話は、また明日にでもしましょう、お父さま? 一晩眠れば、少しは頭の方も冷静になると思いますので」

「そう、かな……?」

 釈然としないまま、その日は、爆弾宣言をされたような思いで、セシルに勧められたように、リチャードソンも一晩眠って考えることにしたのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ

柚木 潤
ファンタジー
 実家の薬華異堂薬局に戻った薬剤師の舞は、亡くなった祖父から譲り受けた鍵で開けた扉の中に、不思議な漢方薬の調合が書かれた、古びた本を見つけた。  そして、異世界から助けを求める手紙が届き、舞はその異世界に転移する。  舞は不思議な薬を作り、それは魔人や魔獣にも対抗できる薬であったのだ。  そんな中、魔人の王から舞を見るなり、懐かしい人を思い出させると。  500年前にも、この異世界に転移していた女性がいたと言うのだ。  それは舞と関係のある人物であった。  その後、一部の魔人の襲撃にあうが、舞や魔人の王ブラック達の力で危機を乗り越え、人間と魔人の世界に平和が訪れた。  しかし、500年前に転移していたハナという女性が大事にしていた森がアブナイと手紙が届き、舞は再度転移する。  そして、黒い影に侵食されていた森を舞の薬や魔人達の力で復活させる事が出来たのだ。  ところが、舞が自分の世界に帰ろうとした時、黒い翼を持つ人物に遭遇し、舞に自分の世界に来てほしいと懇願する。  そこには原因不明の病の女性がいて、舞の薬で異物を分離するのだ。  そして、舞を探しに来たブラック達魔人により、昔に転移した一人の魔人を見つけるのだが、その事を隠して黒翼人として生活していたのだ。  その理由や女性の病の原因をつきとめる事が出来たのだが悲しい結果となったのだ。  戻った舞はいつもの日常を取り戻していたが、秘密の扉の中の物が燃えて灰と化したのだ。  舞はまた異世界への転移を考えるが、魔法陣は動かなかったのだ。  何とか舞は転移出来たが、その世界ではドラゴンが復活しようとしていたのだ。  舞は命懸けでドラゴンの良心を目覚めさせる事が出来、世界は火の海になる事は無かったのだ。  そんな時黒翼国の王子が、暗い森にある遺跡を見つけたのだ。   *第1章 洞窟出現編 第2章 森再生編 第3章 翼国編  第4章 火山のドラゴン編 が終了しました。  第5章 闇の遺跡編に続きます。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

辺境伯令嬢に転生しました。

織田智子
ファンタジー
ある世界の管理者(神)を名乗る人(?)の願いを叶えるために転生しました。 アラフィフ?日本人女性が赤ちゃんからやり直し。 書き直したものですが、中身がどんどん変わっていってる状態です。

処理中です...