上 下
235 / 531
Part2

В.а 合同訓練 - 02

しおりを挟む
 そこまで、セシルに気遣って、セシルの我儘わがままを聞き入れてくれようとするギルバートの好意には、セシルも感謝してしまう。

 王宮内、と言っても、あの広大な敷地の片隅にある騎士団の宿舎なら、セシル達の行動範囲は騎士団内だけ、ということになる。

 もしかして、宿舎に滞在している騎士達を追い出したかもしれない状況を想像して、ここは、セシルもギルバートの親切に乗ることにしたのだ。

 大感謝して。

 一応、今も、本人が目の前にいないが、ありがとうございます、とお礼を口にして、新しい便箋を取り上げていた。

 アトレシア大王国に到着した時にも、しっかりと、ギルバートの好意にお礼を言おう。

 今回は、かなりセシル達の我儘わがままが入ってしまったから。

 隣国であるアトレシア大王国とは、もう、これ以上関わり合いになりたくはなかったが、それでも、迫る合同訓練には、セシルも密かに期待している。

 他国で、外国で、正規の騎士団に混ざって訓練をさせてもらえるなんて、これこそ一生に一度あるかないかの好機。

 普通なら、絶対に有り得ない状況のはずだ。

 一月ひとつき、一体、どんな訓練になることだろうか。

 ギルバートや、付き人のクリストフはセシル達との合同訓練に意欲を見せているが、正規の騎士となった騎士達が同意見とは限らない。

 むしろ、他国の、それも田舎の小さな領地の騎士達など、全く相手にしないかもしれない。
 田舎者が、なんて。

 それでも、セシルはそんな状況になったとしても、あまり問題にはしていない。心配も、していない。

 ギルバートは、今まで会って話した場面を振り返っても、王子殿下であるのに、かなりフェアな男性だとセシルも考えている。

 王子殿下である立場を優先せず、騎士団の副団長としての立場と役割だけに集中して、礼儀正しくて、威張り散らしたりする場面だって見たことがない。

 それは、セシル達の前だけ、そうやって礼儀正しくしているのかもしれないが、一緒に付き添ってきているギルバートの護衛の騎士達だって、ギルバートへの信頼があきらかに見て取れるほどだ。

 コトレアの領地にいる時だって、ギルバートは残りの護衛の二人を気遣って、ちゃんと休暇を出してあげたほどである。

 だから、ギルバートは、きっと、部下達からも信頼され、その人柄だって認められているはずなのだ。

 そんなギルバートが指揮をする騎士団の部下達が、セシル達を相手にしなくても、ギルバートは、きっと、訓練の手を緩めることはないだろう。

 それなら、あの子供達も、しっかりと、王国騎士団の訓練を受けさせてもらえるはずだ。

 なんだか、その時が待ち遠しくなってきてしまう。

 ふふと、つい、セシルの口元も嬉しさで緩んでしまっていた。


* * *


「今回は、皆様にお世話になります。これから一月ひとつき、よろしくお願いいたしますね?」

 待ちに待った合同訓練の五月。

 もう、アトレシア大王国も春を終え、天候的にはそろそろ初夏を迎え始める暖かな日々。

 晴天も続き、騎士団の訓練所だって、土が乾き、訓練中ではそろそろ簡単に土埃つちぼこりが上がり始める頃でもある。

 王宮の端から王都寄りに設置されている、王都門(裏門) 側で待ち合わせの約束をしていたので、その場に現れたセシル達一行は、迎えに来たギルバートとクリストフと共に、王宮騎士団に案内されていた。

 ギルバートは本気で騎士団の宿舎の一画をセシル達に譲ってくれたようで、宿舎や敷地内の案内をしてくれている時に、大きな宿舎が並ぶ建物の前で、説明をしてくれた。

 三階建てにもなる建物で、さすが、大国。騎士団の宿舎も、しっかりとした頑丈なレンガ造りで、建物の外観だって趣がある。

 その大きく長い宿舎は、何か所かに分けて入り口が分かれているそうなのだが、セシル達には端っこの一画を譲ってくれたらしい。

 それで、階段側から12部屋が並んでいるらしいので、セシル達の人数には丁度いいだろう、と説明してくれた。

 今回、合同訓練の為にアトレシア大王国にやって来たのは、セシルを入れて五人の騎士見習いの子供達。セシル付きの護衛の二人。

 そして、侍女であるオルガとアーシュリンの二人で、計、十人だ。

 当初は、侍女であるオルガとアーシュリンを連れて来る予定はなかったのだ。今回は、訓練がメインであるから、セシルもただ寝泊まりするだけで十分だろうと考えていたのだ。

 それで、護衛の二人と子供達だけで、アトレシア大王国に向かおうと予定していた。

 だが、オルガから、一体、誰がセシルの身の回りの世話をするのですか?! ――などと、ものすごい勢いで、形相で問い詰められてしまって、


「マスターがご自身で洗濯をするなど、絶対にいけませんっ! 絶対に許しません!」


と叱られてしまったセシルだ。

 合同訓練であろうと、れっきとしたセシルは貴族の令嬢だ。準伯爵なのだ。

 それが、平民と一緒に混ざることはいいとしても、貴族の令嬢であるセシルが洗濯やら、身の回りの世話を自分自身だけでするなど、オルガとしても許せないものがあるのだ。

 そこまで困窮した身分の低い貴族でもあるまいに!

 オルガは、コトレアの邸で侍女長になったから、今は邸の侍女達や使用人達を統括している。

 だから、侍女見習いや使用人達がしている雑用などに取り掛かることは、もう、ほとんどなくなっている。

 今回、セシルと一緒にアトレシア大王国にやってきた場合、ほとんどが、セシルの身の回りの世話だけで終わってしまい、たぶん、雑用係として仕事をする羽目になるだろう。

 それを説明してみたセシルだが、オルガは一歩も譲らず、


「私の若い時は、そのような雑用の仕事から始めました。なにも、今更、それが初めてする仕事ではございません」


 セシルとしては、オルガはもう侍女長となったから、わざわざ雑用に関わる必要はなくなっているので、そんな仕事をしなくてもいいのではないかと思ったのだ。

 オルガ本人はそのことは全く気にしていなくて、むしろ、セシルが雑用する――なんて悲惨な状況に青ざめて、今回はセシルと一緒に同行してきたのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

私が出て行った後、旦那様から後悔の手紙がもたらされました

新野乃花(大舟)
恋愛
ルナとルーク伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるリリアによって壊される。伯爵はルナの事よりもリリアの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ルナは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ルナの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。 婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。 愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。 絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

処理中です...