奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

Anastasia

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Part2

Б.в お茶会もこりごりです…… - 07

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「強くなれなければ、泣けば良いのです。慰めてもらえば良いのです。怖ければ、そう言って、抱きしめてもらえば良いのです。国王陛下は、その程度で崩れ落ちるような、弱い殿方には見えませんでした」

「ええ、そうですわ……。アルデーラ様は、強いお方なのです。心が、とても強いお方なのです……」

「それなら、多少、王妃陛下が頼ったところで、問題になどなりませんでしょう? その代わりに、国王陛下が疲れた時、弱さを見せたい時、誰にも気兼ねせず、心を許せることができる唯一の存在場所が、王妃陛下、あなたなのですよ」

 もう、アデラには自分を止められなかった。
 ツーっと、瞳から涙が流れ落ち、今まで押さえつけて来た感情が、一気に溢れ出てくるかのように、涙が止まらない。

「これをどうぞ」

 テーブル越しから、セシルが自分の持っていたハンカチを差し出してきた。

「洗濯したばかりで、汚れていません。まだ使ってもいませんので」
「いえ……」

 そんな文句を口にしたつもりもないのに……。

 ふふと、アデラは笑いながら、涙をこぼす。
 セシルからもらったハンカチで、目元を押さえていく。

「弱さを見せ合っても文句は言われず、怖れることもない唯一の相手、居場所がお二人であれば、どんな時でも、これから二人で支え合っていけるでしょう。一日に一時間程度、誰にも邪魔されない「人」 としての時間、「夫婦」 としての時間、そういった時間を持つことで、自分自身をさらけだしても良いのです」

 そこで、セシルが自分の手を胸に押し当てるようにしてみせる。

「王妃陛下、心に溜まった不安を出しても良いのですよ。そういった負の感情は、いつまでも根付いてしまうものです。脳が記憶したまま、ずっと忘れないものなのです。そういった負の感情を溜めていては、何かの拍子に、簡単に崩れ落ちてしまうこともあります。それこそが、隙を見せてしまう、作ってしまう最大の弱さ。ですから、文句を言われたのなら、「崩れないよう強く進んで行けるように、充電が必要なのだ」 と、文句を言い返せば良いのです」

「じゅうでん?」

「人は、食事を取らなければ死んでしまいます。水分を摂取しなければ、死んでしまいます。それは、人が生きていくことで、動いていく過程で、必要不可欠な要素ですから。それと同様に、強く進んで行ける為に、心にも、ゆとりが必要となってくるでしょう」

 それを話しているセシルの手が胸から離れ、そっと、目の前の紅茶のカップを、手の平で蓋をするようにした。

「このように、グラスでもコップでも、一杯に水を注ぎ入れ、それ以上、注ぐこともできない場で、お水を注いだらどうなりますか? 溢れて、お水がこぼれだしてしまうでしょう?」
「え、ええ……、そう、思いますわ」

「人の心も同じです。ストレスや、負の感情が溜まり過ぎては、心も許容できなくなってしまうのです。ですから、それを減らしていく努力が、必要となるでしょう。それが「充電」 です。楽しいことや、嬉しいこと、安心すること、そういった心に温かい感情で、また力を溜めていく過程のことです。グラスのお水が減ったのなら、また、次の問題やストレスにも。対応できていけるでしょう」

「――――そのようなお話は……、初めてお聞きしましたわ」

「お水は、ただの例えです。ただ、心だって、受け止められることができる許容量があるのですよ。それを超えているのに、更に無理をしてしまったら、心が壊れてしまう。心が壊れてしまったら「人」 としての本質も失い、『王妃』 の仕事どころではないでしょう?」

「そう、かもしれません……」

「弱さを見せるのがお二人だけの間でなら、誰にも知られることはありません。『王妃』 でいる時は、その顔をして、その仕事をして、その責任を果たすように努力なされば良いのです」

「そう……、ですか……。――そのような、お話も……、初めてお聞きしましたわ」
「いい世間話には、なったのではないでしょうか?」
「世間話……。――それも、無理な、お話でしょう……?」

 一体、どこをどうとったら、これだけ――大真面目な話をしておいて、“世間話”などで済ませることができるのだろうか。

 ふふと、アデラがまた笑んでいた。
 ハンカチで濡れた目元を拭きとると、今は――なぜか、少しだけ、心が晴れた気分だった。

 少しだけ――あまりに苦しかったおもりが、軽くなったかのようだった。

「泣くと言う行為は、ストレス解消の一つでもあります」
「ストレス、解消……?」

「ええ、そうです。体の中に溜まっているストレス、心に溜まっている苦しみ、そういったものを、身体的に体内から排除する行為となり、そのように脳も記憶するのです」

「はあ……」

「そして、感情的な涙は少しだけしょっぱいのですよ。ただ、疲れている時などに涙が出てくる時は、それほど味はしないのです」
「そうなのですか……?!」

 それは初耳で、アデラも素直に驚いている。

「ハンカチを舐めて確認なさっても、誰にも言いませんが?」
「まあっ! そのようなはしたないこと……っ」

 ふふふと、それで、アデラもそこで笑い出してしまった。

「それは、さすがに無理ですわ。わたくしの矜持きょうじも、許しませんもの」

「そうでしたか。涙を出すと、体内で分泌されている要素が少し変わり、気分を高揚させる効果が出てきます。ですから、あまり涙を溜め過ぎず、泣きたい時は、お泣きになればよろしいのですよ。その後は、少しスッキリした気分におなりになるでしょう」

「そう、ですか……」

 その行為をアデラ自身がするかどうかは、まだアデラ自身も分からない。
 だが、今は、アデラの心も――久しぶりに落ち着いていた。

 アデラがセシルを真っすぐに見返し、微笑みをみせる。

「――セシル様、とお呼びしても、よろしいかしら……?」
「セシル、とお呼びくださいませ」

「――セシル?」

 セシルは何も言わなかったが、自分の名前を呼び捨てにしてもいいから、王妃に敬語やら礼儀を取られるのは、どうにも嫌そうな雰囲気である。

 ふふ……と、アデラもつい笑ってしまい、

「今日は……、お時間をいただいて、このようにご一緒できたことを、嬉しく思いますわ」
「私も、このようにもてなしていただいて、とても光栄に存じます」

「本当ですか?」
「もちろんです」

 にこやかに返すセシルに、にこやかに笑って返すアデラだ。

 本心を誤魔化して、にこやかに笑みを浮かべ続けて腹の探り合い――など、アデラにはお手の物だ。

「まあ、それはよろしゅうございましたわ。また、このような機会に恵まれることを、わたくしも願っておりますわ」
「――そのようなお言葉をいただいて、私も光栄に存じます」

 ほほほほほと、どこまでも上品で、たおやかな姿勢が崩れないアデラのお茶会は、まだ、もう少しだけ続くのだった。


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