奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

Anastasia

文字の大きさ
上 下
191 / 531
Part2

А.в 慰労会と称して - 04

しおりを挟む
 もしかして――今、セシルの名を省いてくれた?

 ノーウッド王国の伯爵令嬢でも、誰も、セシルの身元を良く知らない。以前も、名を呼ばれなかった。
 その点だけは――今でも、セシルの身元を、全部は明かさないでいてくれたらしい。

 名前一つ、と思うかもしれないが、セシルの名前が判らない以上、セシルは「伯爵令嬢」 と呼ばれるし、覚えられるだけだ。

 個人的にセシルの名前を憶えているような貴族は、どこにもいない。

 ギルバートにエスコートされ、セシルも、煌々こうこうと照らされた会場内に足を踏み入れた。

 ザワッと、扉側に注意が向けられていた会場全員から、一気にざわめきが上がっていた。

 それも、そのはず……。

 初っ端から、目立つエスコート役を伴って、他国の全く見知りもしない令嬢が、やって来たのだ。

 一瞬、全員が驚愕して息を詰めているか、口を半分空けているか、そんな落ち着かない気配が簡単に伝わって来た。

 壇上にいる国王陛下と王妃の場所までは、大きな会場を、端から端まで横切らなければならない。

 その長い道のりをゆっくりと進んで行くセシルは、すでに、ヤケクソ状態である……。

 もう、今夜は絶対に逃げ切れない――最悪の状態で、最高のエスコート役を伴い、最低の長い夜になるのは……間違いなかった。


(……この、会場から、生きて帰れるかしら…………)


 すでに、溜息ためいきをこぼすこともできやしない……。

 壇上近くまで進んで行き、セシルは、そっと、ギルバートから腕を外した。

 ドレスを摘み、ゆっくりと、深くお辞儀をしていく。

 恥にならないように。恥をかかないように。昔、どれだけの時間をかけて、マナーのレッスンに取り組んだことだろうか。

 あの元侯爵家のバカ息子に、いらぬケチをつけられないように、文句を付け入る隙を与えない為に、マナーとエチケットの練習だけは、徹底してやった。

 まさか、あの無駄な苦労が、今、報われることになろうとは……。今のセシルの姿を見た父なら、涙を流して喜んでいたことだろうに。

 目の前にやって来たセシルをずっと凝視していた国王陛下であるアルデーラは、さすがに――顔には出さなかったが、驚いていたのだ。

「――なんと……」

 それは、漏らしたとさえ言えないほどの囁きに近く、アルデーラの傍に控えている者にも、聞こえてはいなかった。

 ゆっくりと壇上に向かって歩いて来たセシルを見つめながら、アルデーラも、胸内で、うーんと、唸ってしまっていた。


(ドレス一つで、ここまで化けるとは――――)


 いや、ドレスだけではないだろう。
 そのかもし出す雰囲気も、外見も、容姿も――全く予想もしていなかっただけだ。

 そして、アルデーラもギルバート同様、一番初めに気づいたことがある。

 当然、それは、あのセシルの癖のない銀髪の髪の毛だ。


(かつらであったか――)


 最初に出会った時から、かつらまで使用し、変装して、アトレシア大王国にやって来ていたのだ。

 慎重な性格だろうから、自分の身元を隠していた事実には不思議はないが、それ以上の理由が――今、目のあたりになっていた。


(あれで――普通に出歩いていたら、絶対に目を引くことだろう)


 もう、疑いようもない事実だった。

 ギルバートが骨抜きにされて、個人的な私情が入って、かの令嬢のことを「とても美しい……」 と、感嘆していたばかりと考えていたのに、まさか、それが事実だったなど、アルデーラも予想していなかったのだ。

 容姿を見るだけなら完璧で、あれなら“絶世の美女”のたぐいにいれられても、全く不思議ではない。

 現に、夜会の大広間に集まった招待客も、騎士達全員も、ギルバートにエスコートされて会場に入ってきたかの令嬢に、目が釘付けである。

 壇上のすぐ手前で控えていた騎士団の団長達も、呆然としているようだった。

 まさか、あの勢いのある奇天烈なドレスを着ていた令嬢が――こんなに変貌して、一体、どこの誰なんだ……! ――と、激しく葛藤していたなど、団長達以外は、誰も知らないことだろう。

「遠方よりよく来られた。今宵は戦勝祝い、慰労会を兼ねた内輪の夜会だ。気張ることはない。楽しんでいってもらいたい」
「ありがとうございます」

 挨拶が終わり、セシルが顔を上げていく。

 そして、ゆっくりと身体を起こしていく動きに沿って、サラサラと、癖のない長い銀髪が肩を滑り、背中を流れ、煌々こうこうと照り輝くシャンデリアの光に反射して、まるで、セシル自身が光に包まれているかのように輝いていた。

 ギルバートのエスコートで、ギルバートの腕に手を乗せているセシルは、壇上側から静かに離れていく。

 その間だって、会場中からの攻撃的な視線が投げられ、突き刺さり、セシルの動かす動作一つだって見逃さないほどの、じーっと、絡まりついてくるような視線攻撃が止まない。

 壇上から離れていく間も、すでに、セシルはゲッソリである。

 まだ、会場入りして数分もしていない。
 今、新国王陛下に挨拶を済ませたばかり。

 まだまだ――(拷問のような) 長い夜は続いていくのだ。

「こちらをどうぞ」

 もう、すでにゲッソリと(精神的に) やつれているセシルは、ドリンクどころではない。

 だが、ギルバートから細長いグラスを手渡され、断るわけにもいかない。

「もし、お酒を好まれないようでしたら、今は、ただ、グラスを持っている真似だけしてください」
「なぜですか?」

「これから、国王陛下が、騎士達へ祝杯を上げますので」
「そうでしたの。わかりました」

 そうしているうちに、壇上にいる国王陛下が立ち上がり、一歩前に出た。

 威風堂々たる風格で、国王陛下が会場全体を見渡していく。

「今夜は、よく集まってくれた。昨年、起きた戦での騎士達の活躍と貢献により、我が国は、侵略者からの暴虐を食い止めた。その戦勝祝いとして、ここに祝杯を上げる。そして、日頃から、その身を我が国に尽くし、貢献してくれている騎士達への礼として、今宵はくつろいでもらいたい。これからも、そなた達の献身を期待している。そなた達の忠誠は、我が国に、王国の為に!」

 しっかりとした強い声が、会場の端まで伝わっていく。

「乾杯」
「「乾杯っ!」」

 グラスを持った全員が、国王陛下の祝杯と同時に、同じようにグラスを高く上げて呼応した。
 それぞれに、持っているグラスを口につけていく。

 ギルバートも自分のグラスを口元に持っていき、少しだけ、口をつけているようだった。

 その機会を待っていたかのように、すぐに軽やかな音楽が流れだす。

「グラスは、よろしいですか?」
「ええ、お願いいたします」

 ギルバートは目立つ動作もなく、洗練された動きのまま、セシルの手からグラスを抜き取り、自分のグラスと合わせ、サッと、後ろのテーブルに置いていく。

 そして、何事もなかったかのように、セシルの隣でセシルに向き直った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

新婚早々、愛人紹介って何事ですか?

ネコ
恋愛
貴方の妻は私なのに、初夜の場で見知らぬ美女を伴い「彼女も大事な人だ」と堂々宣言する夫。 家名のため黙って耐えてきたけれど、嘲笑う彼らを見て気がついた。 「結婚を続ける価値、どこにもないわ」 一瞬にしてすべてがどうでもよくなる。 はいはい、どうぞご自由に。私は出て行きますから。 けれど捨てられたはずの私が、誰よりも高い地位の殿方たちから注目を集めることになるなんて。 笑顔で見返してあげますわ、卑劣な夫も愛人も、私を踏みつけたすべての者たちを。

三年待ったのに愛は帰らず、出奔したら何故か追いかけられています

ネコ
恋愛
リーゼルは三年間、婚約者セドリックの冷淡な態度に耐え続けてきたが、ついに愛を感じられなくなり、婚約解消を告げて領地を後にする。ところが、なぜかセドリックは彼女を追って執拗に行方を探り始める。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

[完結連載]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@大人の女性向け
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

虚偽の罪で婚約破棄をされそうになったので、真正面から潰す

千葉シュウ
恋愛
王立学院の卒業式にて、突如第一王子ローラス・フェルグラントから婚約破棄を受けたティアラ・ローゼンブルグ。彼女は国家の存亡に関わるレベルの悪事を働いたとして、弾劾されそうになる。 しかし彼女はなぜだか妙に強気な態度で……? 貴族の令嬢にも関わらず次々と王子の私兵を薙ぎ倒していく彼女の正体とは一体。 ショートショートなのですぐ完結します。

処理中です...