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Part2

А.б またアトレシア大王国にて - 05

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* * *


「毒見なんてしたことあるの?」
「ないよ……」

「だから……、二人とも、そんなことしなくていいのよ……」

 だが、セシルのぼやきは、全く無視された。

「まず、スプーンやフォークで突いた分だけで舌に乗せる。食べるんじゃないんだからね。乗せるだけ。分かった?」
「うん、わかった……」

「それで、舌に乗せた時に、痺れるような感触とかあったら、すぐに吐き出して、水で口を洗う。つばも飲み込まない」
「うん、わかった……」

「だから、二人とも、そんなことしなくていいのよ……」

 そして、またも、セシルの言葉は、完全に無視された。

 豪奢なテーブルに並べられた食事の数々。

 全員が、一応、テーブルを囲んで座ってはいるが、フィロとアーシュリンは、ものすごい真剣な様相で――まるで、これから戦にでも出向く戦士のような形相をして――出された料理を睨んでいる。

 毒見などしなくていい、と言っているのに、全く耳を貸さない二人だ。

「それで、痺れる感じがなかったら、それは、まあ、問題ないってことだろうけど。次に、野菜や肉を一切れ。口に持って行った時に、ちょっとだけ噛む感じ。全部、食べるんじゃないよ」
「うん、わかった……」

「それで、また痺れるような感じがあったら、すぐに吐き出して口を洗う。まあ、即効性なら、痺れる前に、すぐに死んでるだろうけどさ」

 どうして……、そこでもっと怖がらせるようなことを、さらっと、口にだすかな、フィロ君よ。

 それで、アーシュリンの顔が青ざめてしまっている。

「二人とも、もういいから」
「良くありません」

「いいの」
「マイレディーは、黙っていてください」

 そして、このセシルに、黙れ、などと言いつけてくることができるのは、領地の中でも、フィロ以外、誰一人としていない。

 フィロはセシルを無視して、自分の目にある料理の上で、ツンツンと、フォークをついてみる。
 それを舌の上に持って行って、それから数秒。

 全員が固唾を呑んで、フィロを見守っている。

「これは大丈夫みたい」

 それで、はあぁ……と、セシルを除いた全員が、安堵の息を吐き出した。

「フィロ……、やめなさい」
「マイレディーは、黙っていてください」

「――――じゃあ……、私もやるっ」
「アーシュリン、やめなさいっ」

「いえっ。フィロがやったから、私だって、毒見をします」
「……アーシュリン、がんばりなさいね……」

 そして、毒見役に応援してなにになるというのか……。

「はい、オルガさん」

 なぜ、主であるセシルの言うことを、誰一人、聞かないのか。

 おそるおそる、アーシュリンが、フォークで突いた部分を、舌の上に乗せていく。

 それで、一応、口を閉じてみたが――痺れるような感じはないのだろうか?

「どうなの? 失神してない所を見ると、大丈夫みたいだけど」

 それで、その目玉だけが動いて、アーシュリンがフィロを見る。

「――――……たぶん、大丈夫……」
「ああ、良かった……」

 それで、更に安堵の息を吐き出していたオルガだ。

 やめなさい、と言っているのに誰一人言うことをきかないのは、一体、どういうことだろうか?

 セシルは、これでも一応、領主であるから、全員の主のはずなのに……。

 そんなこんなで、必死の形相で毒見を続ける――ある意味、戦場と化した夕食の場で、フィロとアーシュリンの(多大な) 努力のおかげで、全員、皆、平穏無事に食事を済ませることができたのだった。




 チャポと、お湯を揺らし、手ですくったお湯が指の間を流れ落ちていく。

 それで、お湯に浸かったまま、バスタブの端に頭を乗せて、天井を見上げてみる。
 バスタブから上がる湯気が、ほかほかと、天井に上っていく。

 一体、誰が考えただろうか。

 隣国の、それも王宮で、豪奢なバスタブに浸かって、お風呂に入っている自分がいるなど。

 セシルは、元はただの一般市民だ。この世界で言う、平民、だ。
 高級ホテルには、数度、泊まった経験があっても、高級ホテルになど、行った試しがない。

 写真やオンラインの広告などは見たことがあっても、「素敵ねぇ……。すごい高そう……」 という感想を上げていた記憶はあるが、実際に泊まったことなどない。

 それが、だ。

 こんな豪奢なバスルームが寝室の隣に設置されていて、この時代で、湯浴みの準備など容易なことでもないのに、セシルは、今、たっぷりとしたお湯に浸かって、おまけに、お湯の上には、バラがたくさん浮かべられた、花の中に埋もれている状態だ。

 ここでは、王宮の侍女達が体を洗ってくれるようだったが、セシルは丁重にお断りしていた。

 お風呂くらい、一人でのんびりと浸からせて欲しいものだ。

 馬車で閉じ込められていた窮屈な体と筋肉が、ゆっくりと、ほぐれていくかのようだった。

 はあぁ……と、極楽の溜息が漏れる。

「信じられないわねぇ……」

 このセシルが、王宮の最上級の客室に泊まっているなんて……。

「もう……どうしようかしら……」

 絶対、この待遇は、間違っているはずである。

 だが、アトレシア大王国側も、今回は、絶対に、セシルに恥を見せないぞ――と、完全な態勢を整え、セシルを扱っているようだ。

「もう……困ったわぁ……」

 隣国のセシルのことなど、さっさと忘れてくれればいいものを。

 余程、セシルに侮辱されたことが気に障ったのか、気に食わないのか。

 随分――しつこく、セシルに関わってくるなんて、やはり……セシルに、それも他国の令嬢にだけは、借りは作っておきたくないという――あの新国王陛下の指示だろうか。

 全く、困ったものである……。

 でも、久しぶりの、ゆったり、のんびりとしたお風呂は、極楽である。
 今夜は、移動と旅の疲れもあって、きっと、熟睡できることだろう。

 その点を考えると、こうやって湯浴みをさせてもらっている状態には、感謝しかない。

「マイレディー、お湯加減はいかがですか?」

 ドア越しで、向こうに控えているオルガの声が聞こえる。

「ええ、問題ないわ」
「それはよろしゅうございました」

 セシル一人だけでお風呂を満喫してしまうのは勿体ないことだが、この時代、侍女やメイドが、主の後で湯浴みやお風呂を使用することなど、有り得ない。

 セシルが気にしないからと、昔は、何度か提案してみたが、そこだけは譲れないようで、オルガもアーシュリンも、せっかくの温かいお湯を無駄にしてしまうのだろう。

 本当に、勿体ないことだ。

 スポンジを手に取り、石鹸をなじませる。

 さすが、王宮で使用されているだけの石鹸はある。泡立ちも違えば、薔薇の芳香が、お風呂中に広がっているかのようだった。

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