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Part1

* EPILOGUE 02 *

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 だが、そんな長い時間をかけて準備などしていたら、いつどこで、“長老派”の邪魔や、茶々入れが入るか判ったものではない。

 だから、無理を押しても、さっさと、新国王即位式を済ませようとしている兄のレイフの考えには、ギルバートも賛成だった。

「まずは、来週まで、レイフ殿下の決定を待ちましょう。日程が判らないままでは、こちらも、計画すら立てられませんから」
「確かに、そうだな」

「それにしても――かの伯爵令嬢を、ですか? 王家に?」
「たぶん――臣籍降下しんせきこうかすると思う」

 慎重にクリストフを見ているギルバートの一言に、クリストフの視線が、無言で向けられた。

「兄上達は知らないが」
「でしょうね。ですが、まあ、驚きはしませんが」

 ギルバートは王家の一員であっても、三男であったことから、残りの二人の兄達のように、王家に直接縛られていることが少なかった。

 二人の兄達がそれを許していたことも事実で、さっさと自分の好きな道を選び、騎士団に入団してもいる。

 だから、臣籍降下しんせきこうかを決意しようとも、ギルバートは、そのことを、左程、問題にはしないだろう。
 ある程度の貴族の称号をもらって、それでいいだろう――程度の思い入れではないだろうか。

 まして、王太子殿下から、今は、絶対に許されないだろうと諦めていた、ギルバートの唯一の我儘わがままを許されたのだ。

 期限付きだろうと、ギルバートが、そのチャンスを逃すはずがないことは明確だった。

 そして、あの――ある意味手ごわい伯爵令嬢が、進んで王家に嫁いでくるとは、クリストフも、到底、考えられなかった。

 だから、ギルバートが臣籍降下しんせきこうかを考えていても、不思議ではない。

 すでに「領主」 という立場で、重責を背負っているからか、あのセシルには、権力にびる概念に全く欠けている。

 そんな無駄な時間を費やしているのなら、さっさと、領土開発・発展を進めた方がよっぽど効率的だ、と簡単に断言してきそうである。

 あれだけ自立していて、そして高い能力があり、行動力もあり、民をまとめていくだけの統率力もあったことになる。

 初めて出会った時は、なんてハチャメチャな令嬢なんだ! ――と、開いた口が塞がらなかった。
 でも、ハチャメチャでもなんでもなかった。

 今度は、信じられない令嬢が存在する! ――と、違った意味で、開いた口が塞がらなかった。

 そして、今は――素直に、白旗を上げて、完全完敗である。

 全てを圧倒するほどの強い眼差し、あの存在感。セシルのどの行動をとっても、どの言動をとっても、ついき込まれてしまうのだ。

 あの勢いに、あの強さに、そして――思ってもみないところで、ふと見せる、あの優しさに。

 あれほどの――ある意味カリスマ的な存在の――令嬢を前にして、ギルバートがかれないはずはなかった。

 クリストフも、ギルバートとは昔からの長い付き合いだ。

 だから、たぶん――もう二度と、ギルバートの前で、かの令嬢以上の女性は見つからないだろう、とクリストフだって気が付いてしまっていた。

 それだけに、ギルバートが本気でセシルを求めるのなら、唯一の腹心としては、その幸せを願わずにはいられない。

 かの令嬢は、ギルバートの相手として、全く不足ないのだから。

「いつも、かつらや変装で隠していた容姿は、本当に美しい方でしたね」
「ああ、そうだな」

「王国に連れてきて、他の貴族の子息に目をつけられないとでも?」
「だから、私が必ず側にいる。離れなければいいだけのことだ」

「そうですね。殿下は、そうするべきですね」
「わかっている」

 王宮に来ていた時のセシルは、変装もしていただろうし、かつらを被っていて、いつも表情さえも見えなかったから気づかなかったが、それでも、顔の輪郭から――きっと容姿が整っているだろう、とは二人も推測していたことである。

 それが、そんな変装を取り除いたセシルは、ものすごい儚げな美女だったのだ。

 サラサラと癖のない真っ直ぐな銀髪が肩を流れ、透き通るようなアラバスターの肌と合わせ、全体的に白みがかった、淡い印象を受ける美麗な容姿だった。

 だが、あの意志の強さを映す深い瞳だけが対照的で、あの瞳の強さに惹き付けられてしまう。

 一日中、動き回っているセシルの体躯は細身で、平均して他の貴族令嬢より少し背が高いせいか、華奢にみられないでもない。

 でも、剣を振り回すことができるほど、筋肉はある。

 だから、余分な贅肉がない細身の体躯はしなやかで、コルセットもしないドレスを着込んだ時は、女性らしい体躯の稜線りょうせんが浮き彫りになって、大層、あやめかしいものだった。

 容姿だけを見ていると、完璧な容姿なのである。

「ノーウッド王国が手放すとでも?」

 それを聞いて、ふんと、ギルバートが冷たく笑い飛ばしていた。

「兄上の報告が本当であるのならば、そりゃあ、手放したくはないだろう。だが、十八年も気づきもしなかったのだから、今更、遅い」
「確かにそうですね。手放して判る価値、ですか?」

「そうだな。だが、今更、遅すぎる。私は、諦める気は全くないんで」
「そうでしょうね」




 まさか、遠く離れた隣国の地で、この二人が――セシルの将来を決めるであろう大事だいじを話し合っていたなど、セシルはつゆにも思わないことだろう。

 「お会いできて光栄でした――」 の挨拶は、あれが最後ではなかったと、一体、誰が考えただろうか。

 セシルの築き上げた縁は広がっていった。今も広がっていっている。

 そして、これからも繋がって、広がっていくのだろうか。

 誰にも知らない、これから未来(さき)の話である――――

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