上 下
137 / 531
Part1

Д.г コキ使います - 02

しおりを挟む
 その笑顔を絶やさないセシルが、二人に顔を向ける。

「今日は、訓練をしていただけるのですが、本当によろしいのですか?」
「ええ、もちろんです」

 むしろ、すでに五日間以上もいるのに、初めに約束した騎士達の訓練を、全く済ませていないギルバートだ。

 まさか、ギルバート達の視察を優先してくれたのではあるまいし……。

 それで、今日と明日の二日、午前中と午後は、二時間ずつ、領地の騎士達の訓練をする予定が立っていたのだ。

 八日近くも世話になるのに、たった二日の訓練など、割に合わないのではないか、とギルバートは思っている。

「こちらの騎士達も、多忙なのでは?」

「騎士達は、豊穣祭前日は、護衛に回され、時間が取れないのですが、今日、明日の間なら、まだ時間は調整できまして。むしろ、騎士達は、豊穣祭当日の方が、多忙なんです。ほぼ全員、警備と護衛の仕事に回されますから」

「なるほど」

 王国だって、催しやイベント、社交界やらとの集まりがある度、騎士団は駆り出され、王宮の警護を強化したり、来賓の護衛をしたりと忙しくなるから、ギルバートもその状況は不思議ではない。

「では、よろしくお願いしますね」
「わかりました。昨夜、到着した残りの二人は、申し訳ありませんが、午前中は休ませているものでして……」

「どうか、お気になさらないでください。きっと、馬の足を速めて、戻っていらっしゃったのでしょう? お疲れでしょうから、今日一日は、休息なさってくださいね。むしろ、疲労状態で訓練など参加してしまったのなら、怪我をしてしまう可能性がありますもの」

 それは、ギルバートも同じ意見だった。

 だから、昨夜、かなり遅くなって、領地に到着した残りの部下二人は、まず、午前中は、しっかり休ませることにしたのだ。

「ありがとうございます」
「では、打ち合わせも終わりましたから――皆様、よろしくお願いしますね」

 本当に、猫の手も借りたい時には、身内だろうと、ゲストだろうと、全く容赦のないセシルである。


* * *


 領地の騎士団長を務めている、ラソム・ソルバーグは、まだまだ働き盛りである壮年期の男性だった。

 領地の騎士団の黒い制服を身に着け、襟や袖にあるストライプが、他の騎士達とは違っていた。

「今日は、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 邸側に迎えに来たラソムを前に、ギルバートも簡単な挨拶を済ます。

 騎士団の訓練場は、屋敷の裏側に設置されているらしく、馬で移動し、三人は訓練所にやって来た。

「一度の訓練には、一応、平均として、30~40人の騎士が参加できるように、組んであります。その時々で、もう少し、人数が増えるかもしれませんが」
「わかりました」

「マスターからお話を伺っているかもしれませんが、領地の騎士は、正騎士と、騎士見習いがいます。騎士見習いは、“見習い騎士”ではありませんので」

 なんだか、言葉遊びを聞いているような感じだ。

 だが、ギルバートも、“見習い騎士”と聞いたら、大抵、まだ、騎士となる教育を受けている、“見習い”というような立場を想像する。

「その違いは、なんでしょうか?」
「領地で“見習い”となる者は、成人していない者の立場を言います。所謂いわゆる、成人する前の子供ですね。ですが、12歳以上に限られています。それ以下は、“見習い”にはなりません」

 それでも、12歳だって、あまりに若い過ぎる年齢だ。

 まだまだ子供であり、成人する年が16歳だろうと、さすがに、若い年齢になってしまう。

「その職業にもよりますが、騎士団では、成人に近い年齢の“見習い”は、ほぼ、正騎士と同じ仕事を課され、それをこなさなければなりません」
「なるほど」

 そうなると、今日・明日の訓練には、成人した正騎士と一緒に、まだ成人していない子供の騎士見習いも、一緒になって混ざって来る、ということだ。

「問題ですか?」
「いえ。大丈夫です」

 ギルバートも、まだ、成人していない子供の訓練をした経験はないが、だからと言って、訓練内容が全て変わるわけでもない。

「ご令嬢より、訓練には手を抜かなくて良い、とのことですが、もし、あなたの目から見て、騎士見習いの体に負担がかかるようでしたら、すぐに、私を止めて下さい」

 子供の騎士だから――などと、ギルバートは差別することもなく、バカにすることもなく、子供がいようとも、真剣に、今日・明日の訓練を終わらせようと考えているようだった。

 ラソムも、王国騎士団の騎士から訓練を受けられる機会は、領地の騎士達にとっても、またとない機会だと思っている。

 ただ、貴族で――王子殿下でもある高位貴族が、どれだけ本気で、たかが一領地の私営騎士達に訓練をするのかは、(正直な話) ラソムも考えに及ばなかったのだ。

 セシルからは、


「たぶん、大丈夫でしょう。またとない機会ですもの。彼らのお言葉に甘えましょう?」


 セシルは、左程、問題にしている様子もなく、あっさりとしたものだった。

 だから、セシルが心配していないのなら、ラソムにも文句はない。

 この様子だと、たぶん――セシルは、子供だろうと何だろうと、ギルバートが本気で訓練をしてくれることを、初めから判っていたようである。
 セシルは、そう言った読みは、絶対に、間違えたことはない。

 開けた場所にやって行くと、そこには、すでに、訓練に参加しにきた騎士達が集合して、整列していた。

 ラソムの言う通り、大人の騎士達に混ざり、まだ幼さが残る子供達もいる。

 ギルバート達の視察中でも、いつでも、どこでも、たくさんの子供の騎士達が、目に入って来た。騎士見習い、だ。

 小さな町であろうとも、子供の騎士が大半だなんて、そんな騎士団は聞いたことがない。

 セシルの領地は、あまりに色々な政策を試みて、それを実地しているようだったが、それでも――子供の集団でできている騎士団というのも、ギルバートには初めての経験だった。

「今日は、隣国、アトレシア大王国の騎士団の方が、この領地の騎士達に訓練をしてくださることになった。マスターからは、手を抜かなくて良い、と指示を出されているようだから、君達も、しっかりと訓練に励むように」

 それは激励――には程遠い、脅しじゃないのだろうか……。

 「手抜きせずに、しっかり励めよ!」 と。

 起立して整列している騎士達が、げっ……と、内心で顔をしかめそうになっていたのは、言う間でもない。

「では、後は、よろしくお願いします」
「わかりました」

 ギルバートが一歩前に出て、整列している騎士達を見渡していく。

「今日、明日、君達の訓練をまかされることになった。時間も限られているので、今回の訓練は、実地訓練に重きを置きたいと考えている。王国の騎士団では、実地訓練の他にも、戦術などの違った訓練があるのだが、今回の訓練では、それを省くことにした」

 アトレシア大王国の騎士団では、戦に備えて、戦術や戦法を学ぶ訓練がある。その他にも、基礎的な体術の訓練もあり、それから、士官候補生の訓練などもある。

 今回は、朝・昼、二時間ずつという時間が限られているから、基礎的な身体訓練に集中した方が、領地の騎士達にも役に立つだろう、とのギルバートの考えだった。

「私は、ここに揃っている騎士達のことを知らないので、まず初めに、簡単な確認をしたいと思う。それから、それぞれに、訓練内容を指示していくつもりだ。訓練が始まり、自分の体が無理そうだと判断した場合、訓練の一時停止をしても良い。その場合は、手を上げて、その場で休むように」

 初っ端から――訓練中に訓練をやめていい、と説明されるなんて……。

 もしかして、初めから、一時停止をしないといけないような、ものすごい厳しい(激しい?) 訓練になると、言われているのだろうか?

 訓練もまだ始まっていないのに、なんだか、初っ端から――今日の訓練を心配すべきなのか……、少々、不安になってきてしまうではないか。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

私が出て行った後、旦那様から後悔の手紙がもたらされました

新野乃花(大舟)
恋愛
ルナとルーク伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるリリアによって壊される。伯爵はルナの事よりもリリアの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ルナは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ルナの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。 婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。 愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。 絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

処理中です...