奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

Anastasia

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Part1

* Д.б 領内視察 *

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 執務室に通されたギルバートは、執務室の中央の机で仕事をしていたセシルに、まず挨拶をする。

「お早うございます、ヘルバート伯爵令嬢」
「おはようございます。皆様、ゆっくりとお休みになられましたか?」
「はい、ありがとうございます」

 それに頷いたセシルが横に視線を移し、
「フィロ、席を外してね」
「わかりました、マスター」

 見覚えのある、燕尾服を着たまだ少しだけ幼さの残る少年が、礼儀正しくお辞儀をし、書斎から立ち去っていく。

 それと同時に、セシルが立ち上がり、机を回って、前に置かれている接客用の椅子に近づいてきた。

「どうぞ、お掛けになってください」

 ギルバートは勧められたまま長椅子に腰を下ろし、セシルも同じように座っていく。

 今朝は、残りの三人は、ギルバートのすぐ後ろで静かに待機していて、椅子には一緒に座ってこなかった。

 昨夜、セシルと別れてから、ギルバート達は、あてがわれた客室で一夜を過ごした。

 朝食は何時ごろがいいか、という質問に、普段と変わらぬ、七時頃でどうかとお願いしたら、その通り、朝食が用意されていた。

 ギルバート達は邸の客人扱いのようで、客室から、食事から、世話まで、全部、邸の使用人やメイドに世話されている。

 朝食の席にはセシルは顔を出さなかったが、朝食後、セシルが話があるとのことで、執務室に招かれたのだ。

「多忙、ということが、大変よく解りました」

 回りくどい社交辞令をぶっ飛ばして、ギルバートが、まず、その話題を出していた。

 昨日――偶然だったとしても、ギルバートは、セシルの視察回りに同行することができた。そして、その仕事ぶりを観察し、セシルの行動や態度を観察していたギルバートは、余計なお喋りなどぶっ飛ばしで、早速、本題に入っていた。

 昨日のセシルを見る限りでも、彼女の行動、言動には――本当に、一切の無駄がなく、簡潔で、明確で、的確で、指示を出す時でも、あまりに整然としたほどに適切で、余計な時間を完全に省いている傾向にあるのは、見ているギルバートにもすぐに気が付いたことだった。

 ギルバートも、くだらないおしゃべりや、意味のない社交辞令で時間を潰すのは、個人的には好きではない。

「ええ、そうです。今の時期は、少々、込み入っていまして、長距離の移動は不可能なのです」
「そうですね」

 昨日の仕事ぶりを見ていたら、そして、その仕事をこなす量を見ていたら、セシルが多忙で――と口にした言葉は、ただの言い訳でもなんでもないことが、すぐに明らかになった。

「ここにやってくる時にも気づきましたが、なんだか、町中が賑わっているように見えましたが?」

「ええ、そうですね。この地では、十月初めに、毎年、豊穣祭が開かれています。今はその準備に追われ、領地内では、てんやわんやの状態でして」
「そうでしたか」

 それなら、確かに、祭りの準備に取り掛かっているセシルは多忙で、王国を訪ねてくるだけの時間を取れないのも頷ける。

「王太子殿下には、晩餐会へ招待してくださったお心遣いに感謝しておりますが、こちらの都合で出席することがかなわず、大変、申し訳なく思っております。その謝罪を、どうか、お伝えしていただけませんでしょうか?」

「もちろんです」
「ありがとうございます」

 一応は、波風立てずに話を終えることができて、ほっとするものだ。

「皆様は、今日、出立なされますか?」
「はい。この後、邸を発たせていただきます。昨夜は、こちらのお邸で、大変、お世話になりました」

「いいえ、遠方よりお越しくださったのですから、その程度のお世話をできずでは、会わせる顔もありませんわ」

 誰に会わせる顔なのか――とは、口に出されないし、質問にも出されない。

「ですが、残念ですね」
「なにがでしょう?」

「せっかく、この地にお越しになっていらっしゃるのですから、豊穣祭に参加されたら、よろしかったのに」
「――――よろしいのですか?」

 さすがに、赤の他人で、他国の使者なだけのギルバートに、領地内の大事な祭りに参加させてもらえるとは思わず、ギルバートは素直に質問していた。

 セシルの方もその質問が不思議だったのか、きょとんとした顔をする。

「もちろんですわ。今年は、近年にない盛大な豊穣祭を計画しておりますので、参加されるのでしたら、きっと、皆様も楽しまれることだと思いますわ」

 なんだか、魅力的なお誘いである。

「皆様のお仕事の都合や、お時間が取れるのであれば、是非、豊穣祭に参加なさってくださいね」
「豊穣祭は、確か――」
「今から八日後です」

 八日――

 今から八日も滞在して、豊穣祭を終えた後すぐに、王国に帰還するとしても、計十日。それに移動期間も入れて、かなりの日数になってしまう。

 現実面としては、かなり無理な話ではあるが――

「こちらに滞在中、興味がおありでしたら、領地内の視察をなさっても、よろしいですよ」
「いいんですか?!」

「ええ、構いません」

 さすがに、この提案は、ギルバートも驚いていた。

 他国の、それも無関係の人間に、領地の統治方法を明かしてしまうなど、自分の手の内を明かしてしまうようなものではないのだろうか。

「領地の統治方法など、特別、隠していることでもありません。知っている者は、誰でも知っていますから、問題でもありませんよ」

 ギルバートの口に出されない意図を悟って、セシルはなんでもないことのように、簡単に説明してくれた。

「そうですか――」

 そうなると――豊穣祭参加のお誘いは、益々、魅力的なものになってくる。

 ギルバートだって、セシルに会って以来――いや、会ったからこそ、伯爵令嬢のセシルは、一体、どんな人物なのかと、興味はあったのだ。

 おまけに、兄からの報告によると、セシルは、この若さですでに「領主」  の地位に就任していて、一領地を治める女領主だったというのだから、驚かずにはいられないものだろう。

 戦場いくさばにも、王宮にも、セシルに付き従ってきた、セシルの精鋭部隊――

 その半数が子供という事実にも驚きで、それ以上に、子供なのに、大人以上の能力の優れた部隊を形成して、それを統率していたのが伯爵令嬢というのだから、その驚きに拍車をかけてしまったのは、言うまでもない。

 だから、『ヘルバート伯爵令嬢、セシル・ヘルバート』 という人が一体どんな人物であるのか、そんな興味は、ギルバートもずっと持っていたのだ。

「――お言葉に甘えさせていただいても、ご迷惑にはならないでしょうか?」

「いいえ、そんなことはありません。ただ、領地内が、なにかと多忙なこともありまして、少々、うるさくなってしまうかもしれませんが」
「それは気にしておりません」

 その程度の喧騒や賑わいは、王国でもよくあることである。

 晩餐会ばんさんかい程度ならまだ良いが、これが国の祝典やら、国を挙げての式典とまでなったら、王都中、王宮内、もう、どこもかしこも多忙を極めることは慣れている。

 うーんと、少し考える様子を見せて、ギルバートもそこで決断していた。

「では――お言葉に甘えさせていただいても、よろしいでしょうか?」
「ええ。豊穣祭を、是非、楽しんで行ってください」
「ありがとうございます」

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