奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

Anastasia

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Part1

* В.е 意外な一面 *

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 昨夜は、またもセシル達の先制攻撃で、完全勝利となった。

 ケティルとインゴは、ハコンと言う男に捕虜を手渡す算段で、王都から、馬で軽く一時間はかかる僻地にやって来ていた。

 辺りは暗闇が広がり、領境りょうざかいの陸路が続くだけで、人っ子一人いなければ、民家も建っていない。

 馬車や荷車の通行で勝手にできたボコボコの路が続き、近隣には深い森や傾斜の緩い丘が並んでいるだけの、全くの閑散とした場所だった。

 ハコンと言う男は、一頭軽量二輪車の小さな馬車でやって来て、その周りには、ある程度、訓練されたような私兵が、十人ほど付き添っていた。

 ハコンは、痩せ型の小柄な男だった。神経質そうに眉間を寄せながら、ケティルとインゴに近寄ってきて、すぐに、疑わしそうに、顔が違うと文句を言いつけて来た。

「ホドルは来ないぜ」
「そうそう。なにしろ、ここに来る前に、捕まえた人質を、随分いたぶって楽しんでたからな」
「ご満悦で、今更、動く気はないって、よ」

 それを聞いて、更に、ハコンが軽蔑も露わに、顔をしかめていく。

 報酬と交換で人質をくれてやる、との交渉通り、ケティルとインゴの前に、お金の入った革袋が投げ捨てられた。

 それで、ハコンが大きな麻袋を確認しようと口を開けた場で、中に潜んでいたトムソーヤにナイフを突きつけられ、ハコンはその場で即座に捕えられた。

 だが、わめき散らしたハコンの叫び声で、後方から、私兵ではなく、ガラの悪い郎党達が、一斉に取り囲んできたのだ。

 四十人近くの郎党を連れ込んで、やはり、口封じの為に、その場で関係者を始末するつもりだったのだ。

 だが、セシル側だって、数なら、最初から投入している。

 それは最初から予測済みで、予定範囲内の行動だ。

 ただ、セシルの予想を(少々) 超えていたのは、ギルバートが指示した援軍が、実は、一個中隊に近い、百人近くの騎士達が召集されていたという事実だった。

 騎士団の騎士達、傭兵とギルバート達をいれた十人程も含め、ものすごい数で囲まれた郎党集団は、その場で、一気に交戦状態に陥った。

 だが、騎士達は正規の騎士団の騎士だ。数で勝り、力で勝り、郎党共が勝てるはずもない。

 その場で、ハコンを含めた敵が、全員、捕縛されていた。

 ケティルとインゴは、その晩、また違う尋問の仕事を引き受けて、その一日だけで、三つ分の仕事をした報奨が入り、ホクホク顔である。

 「仕事があるならまた引き受けてやるぜ」 と、ちゃんと、セシルには名前を売っておくことを忘れない二人だ。

 今の所、この二人を継続して雇用するかどうかは、セシルも決めていない。ただ、セシルがまだあの店にたむろっているようなので、ケティルとインゴも、しばらくはその店にいるらしい、とは聞いている。

「このフリウス公爵とは、何なのですか?」
「――反勢力派の貴族の一人です」
「なるほど」

 ギルバートは深く説明しなかったのに、セシルは、特別、驚いた様子がなかった。

 アトレシア大王国の公爵家は、ほぼ全員、“長老派”の息がかかった腐れた貴族だ。
 まさか、今回の裏の大元が、こうも簡単に挙がってくるなど、ギルバートだって予想もしなかった。

 だが、セシルに事実を隠しておきたいから、ギルバートは、敢えて、深い説明をしなかったのではない。

 もう、今となっては――この状況では、契約如何いかんに関わらず、セシルに隠し事をしている方が難しいだろうし、隠し事をしては、セシルの助力を得られないことくらい、身を以て知ってしまったから。

 それでも、“長老派”について深く事情の説明をしないのは、これ以上、セシルを“長老派”の問題に巻き込むわけにはいかないからだ。

 “長老派”について知れば知るほど、セシルの身が危険にさらされることになり、他国の令嬢であろうと、更に、“長老派”に目をつけられてしまう可能性が出てきてしまう。

「では、叩き潰した場合、問題になりますか?」

 あまりに――際どい質問をされて、一瞬、ギルバートも絶句だ。

「たとえ、反勢力派の貴族だとしても、一応、公爵家のようですからね」
「――――正直な話――全く問題はありません」

 いずれ――王太子殿下が即位した時、“長老派”は粛清されるのだ。それが、遠い未来のことだとしても、それは、アルデーラを筆頭とする、新興勢力の最優先課題でもあるのだから。

「そうですか」
「ですが――どのような手段を取っても、あなたにはご迷惑をかけないように、尽力致しますので」

 そこで、できない約束をしないギルバートは、かなり正直者だった。

 この場で、迷惑をかけないと約束します、なんて戯言ざれごとを吐いたのなら、セシルも、ギルバートが口先だけで、その程度の男なんだ、と相手にもしなかったが、ギルバートはそうではなかった。

 尽力したって、できないことはある。無理なことはある。無理な状況もある。

 それを承知しているからこそ、ギルバートはセシルに嘘をつかなかった。

「もし、あなたの身に危険が及ぶことがありましたら、どうか、無茶をなさらずに。そして、我々に知らせてください」

「騎士団を派遣してくれるんですか?」
「そうです」

 これは、どうやら本気の言葉だったらしい。

 たかが、一介の貴族令嬢の為に、騎士団まで動かして、そして、セシルの身を護ってくれる、というのだ。

 そこまでの責任を、このギルバートは取る気でいるようなのだ。

「それは、その時の状況次第でしょう」

 セシルのその返答を予想していたギルバートは、それ以上は口を出さなかった。

「次から次へと、郎党を雇っているようですけれど、公爵家の領地には、郎党が、徒党でも組んでいるのですか?」
「それは、何とも――」

 そこまでの情報は、ギルバートも知らないのだ。

「今夜は、敵側の予定も計画も、滅茶苦茶に壊しましたからね。フリイス公爵が悪の大玉なら、今頃、人質は手に入らない、連絡も途切れてしまい、おまけに、手足として使っている連絡係のハコンまで帰って来ないとなれば、自分の計画が、またも失敗したことに気が付くでしょう」

「そうでしょうね。次の郎党を飛ばして、あなたを捜索させたとしても、今の所、敵には、あなたの居場所が知られていない。ある程度の時間稼ぎはできるでしょう」

「その間、陰謀計画が台無しになり、何一つ、自分の思い通りにならない状況にヤキモキして、公爵の方から勝手にボロを出してくれれば、これ以上に簡単なことはないのですけれど」

「ヤキモキしていたとしても、フリイス公爵は――狡猾こうかつ老獪ろうかいです。一筋縄ではいかないでしょう」

 ひどい形容だったが、ギルバートは“長老派”に属する腐れに腐った貴族共など、敬意を払ってはいない。払う気もない。

「公爵って、貴族社会では、一番高位の爵位ですけれど、その老獪ろうかいは威張っています?」
「ええ、そうですね」

「偉そうに?」
「ええ、そうです」

「今まで、自分一人が一番偉くて、誰も手が出せなくて、公爵の言うことを聞かなければ、力で踏み潰すタイプですか?」
「そう、分類しても、間違いではないと思います」

「そうですか。それなら、その偉そうな鼻を、叩き折ってやりましょう」
「できるのですか?」

「できないことはありません。明日、事情に詳しい者を呼び戻します。その報告次第にもよりますが、今の所、公爵領に乗り込むのが、一番、手っ取り早いでしょう」

 ギルバートの顔は、全く賛成していない色がありありと浮かんでいる。

「権力におごり、威張り散らした高飛車な男ほど、自分の思う通りに物事が運ばなくなると、癇癪かんしゃくを飛ばし当り散らすものです。感情的になっている時こそ、隙ができ、攻めるチャンスでしょうから」
「それは、そうかもしれませんが……」

「ただ、私達が、公爵領に居場所を移動するのは問題ないでしょうが、騎士団の援軍は、どうしますか? 公爵領には、きっと、私兵の兵士や騎士達が、わんさかいることでしょうから」
「そうですね」

 そして、フリイス公爵領は、王都から、馬で二時間ほどかかる場所にある。

 大人数の騎士団を派遣しては、すぐに悪目立ちしてしまう。

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