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Part1

В.г いいでしょう - 05

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「……ぅがぁ……っ……!!」

 男の太腿ふとももからは出血が止まず、ジンジンと、足がもげそうな激痛が襲い、壁に激突された痛みで、目の前で火花が飛び散った。

「そのまま、その男を壁に押さえつけておいてください。あまり大きな悲鳴を上げられたら、他の者が驚いて、様子を見に来るかもしれませんので」
「――え?」

 ギルバートの顔が、あまりに信じられないことを聞いたと、セシルを振り返っていた。

「しっかりと、壁側に押さえつけておいてくださいね」

 そして、全く落ち着いた態度も変わらず、セシルがギルバートの隣に寄ってきて、マントの下から、その足が前に出て来た。

「では、失礼」
「――――っ……ぐぁ……がわ……ぁっ……!!」

 あまりの激痛に襲われ、男が反射的に体を反らし、ギルバートの腕から逃れようともがきだす。

 仕方なく、ギルバートが両腕で男の顔を壁に押し付けていた。そして、片足は、少し開いた男の股の下を押さえつけるように。

 このセシルは――全く躊躇ちゅうちょもなく、手加減もなく、怪我をしている男の太腿ふとももを、後ろから踏みつけていたのだ。

「大抵は、ここまでひどい尋問(拷問) はしないのですが、今回は、時間が限られていますので、さっさと済ませてしまいましょう」

 そんな冷静に、おまけに、「さあ、後片付けをしましょう」 なんていう軽い雰囲気で、セシルの尋問は容赦がない。

 この令嬢……一体、なんなんだ!?

 もう、さっきからずっと、この疑問ばかりが頭に上がってくる。

 壁に押し付けられ、顔の形も残っていないほど潰されている男が、もがきながら叫び返している。
 モゴモゴ、グワガワ……と、全く聞き取れない発音が羅列される。

 ギルバートが、少しだけ男の顔を壁から離していた。

「裏にいるのは誰だ?」
「…………っ……くそ……っ……きさ、ま……」
「足りないようですね。では、もう一度」

 そして、容赦なく、セシルのブーツを履いた足が、男の傷口目掛けて、踏みつける。

「……っ……ひ、ぎゃぁ……あぁぁっ……!」
「裏にいるのは誰だ?」

 そして、リズムを崩しもしないギルバートの尋問が、また割り込んでくる。

 あまりの激痛に、男の頭の中が滅茶苦茶になり出していた。

「では、傷口に塩を塗り込みましょう。たくさん塩があるので、たっぷり塗り込んであげますよ」

 本気で、塩なんてものを持ち歩いているのですか?

 少しだけ、隣にいるセシルに向いたギルバートの顔が、かなり疑わし気だ。

 そのギルバートを無視して、セシルの片手がマントの中から出て来て、男のももに何かをこすりつけていく。

「……っい……あぁっ……!……や、め……ぅがあっ……!!」
「さて、時間の無駄です。どうしますか?」

 肩で激しい呼吸を繰り返す男が、涙目になって、懇願する。

「……やめ……やめ、てくれっ!……ハコン、だっ……!……ハコン、って男……雇ってきた……」
「聞いたことがないな」
「……どっか、の……っひぃ……お偉いさん、仕えてる……って話、だ……。も……やめ……!」

 聞き慣れない名前しか出て来ず、大した情報でもないのは、残念なことだ。

 もう、用無しの男なので、ギルバートは渾身の力を込めて、男の頭を壁に向かって叩きつけた。
 頭蓋骨が割れそうな嫌な音が響き、頭突きされた男は、速攻で気絶していた。

 下衆をわざわざと支えてやる気もないギルバートは、簡単に、男の頭から手を離していた。

 ドサッ――!

 あまりに無造作に、力なく、男が地面に落ちてしまった。

 この王子サマも、なかなかのものですのねえ。

 表情一つ変えず、かなり乱暴な尋問(拷問もどき) をしていながら、全くの同情も見せないなんて。

「やはり、分かれた組と合流すべきでしょう」
「この下衆共は、どうなさるのです?」
「そうですね――」

 ふむと、少し考えたギルバートは、まず、周囲で待機している騎士達に、指示を出さなければならない。

 ちらっと、地面を見下ろす限りでも、この下衆共は気絶しているのがほとんどで、今更、目を覚ます気配はない。
 さっきの少年に瞬殺された輩は、まず、死体の回収も、必要になってくる。

 ここで、王都の警備員や護衛にあたっている騎士隊に、色々、詮索されるのは困るのだ。

「すみませんが、こちらへ」

 そっとだけ、セシルの肩を押すようにして、ギルバートはセシルを連れて、その場を離れていく。

 通りに戻る手前、先程の子供が、ただ静かに、ギルバート達の様子を見ている。

「ここで待っていてください。あの輩が目を覚ますことはないと思いますが、その場合は、すぐに私を呼んでください」

 なんだか、ものすごい真剣な様子で、セシルが返事をしなければ、ギルバートは、絶対にこの場から動きはしないであろう迫力もすごくて、セシルは仕方なく返事をした。

「わかりました」

 それで、一応、納得したのか、ギルバートが通りに出て行った。――だが、セシル達から完全に離れたわけでもなく、ただ、セシル達が自分の視界内に留まる範囲で、通りの向こう側に進んだだけだったのだ。

 すぐに、一人の男が近寄ってきて、ギルバートの顔に少し顔を寄せるようにして、二人が密談を交わす。

 男はすぐにギルバートの元を離れ、ギルバートと言えば、またセシルの方に戻って来た。

「ここの後始末と片付けは、騎士達に任せました。我々は移動しましょう。下手に騒ぎが見つかると、色々と詮索されかねませんので」

「そうですわね。これから移動すると言っても、次に襲われる可能性を考慮しまして、ある程度動ける場所で、密談もできる場所など、ありませんか?」

 それは、かなり難しい注文だった。

 うーんと、ギルバートもそんな場所があるか、真剣になって考えてみる。

「宿屋――は無理があるでしょう。敷地の周辺を囲まれてしまっては、逃走経路を確保するのは、難しいでしょうから」
「そうですわね」

 おまけに、宿屋内で紛争にでもなったら、他の宿泊客にも危険が及んでしまう。

「――ここから少し進んだ場所に市場があります。その後ろには、広場――というか、草わらで、少し、広く空いた場所はあるのですが」
「わかりました。では、そこに向かいましょう」

「よろしいのですか?」
「いいですわよ」

 草わらなど、きちんと座れる場所もなければ、貴族のご令嬢がいくような、整った場所でもない。

 ギルバートも疑わしそうな目を向けているが、仕方なさそうに、セシルに同意した。

「わかりました。私があなたの右手に付きますので、その少年はあなたの左手に」
「わかりました。――そうしてね?」

「はい」
「では、非礼を失礼いたします」

 突然、ギルバートはセシルの肩を抱いてきたのだ。
 隣を歩くだけではなく、セシルはギルバートに肩を抱かれて、歩かされるようだ。

 まあ、騎士だから、後ろから襲い掛かって来る敵を警戒して、セシルを後ろ側からでも、庇う為なのだろう。

「では、こちらに」

 しっかりとセシルの肩を抱いたギルバートが動き出し、その動きに沿って、セシル達も歩き出した。

 肩を組んでいるからと言って、ギルバートの身体は、セシルには密着していない。

 むしろ、肩を抱いてはいるが、ギルバートの身体が、半分はセシルの後ろ側に立っている状態で、自分のぶら下げている剣をいつでも抜けるように、セシルとギルバートの身体には、少しだけの隙間ができている。

 この王子サマ、随分、実践型の戦闘タイプで、かなりの場数を踏んでいると考えても、おかしくはないだろう。

 大国の第三王子殿下なのに。

 この国の王子殿下というのは、ここまで武力に通じている立場なのだろうか。

 そんなことが、セシルの頭にも浮かんでいたことだった。



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