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Part1
В.в ご冗談を - 07
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「あの……どうぞ、召し、あがってください……?」
最後の疑問形には口を挟まず、セシルはパンを一切れ取り上げた。
「あの……それから、こちらはバターですので……よろしければ、どうぞお使いください……?」
「あら、それは親切ですのね。有難く頂きますわ」
わざわざバターまで用意してくれたのか。
その親切は、素直に受け取ることとします。
バターナイフでバターを塗り、さっさと自分の手にしているパンを口に持っていく。
バリッ――――
この時代のパンは、(本当に困ったくらい) 硬いものが多い。パンの耳を噛んだだけで、バリバリ、バリバリっと、音がするほどだ。
それで、歯応えがあるパンを、モグモグ、モグモグ。
シーン――と、すでに唖然とした沈黙が、その場全域に落ちていた。
パンだけを食べる貴族の令嬢(?) らしき、男装している女性?
信じられない光景を目にして、ものすごい――気まずい沈黙だけが、シーンと落ちていた。
バリバリ、バリッ。
モグモグ、モグモグ――
スープがなければ、ドライで歯応えだけがいいパンを咀嚼するにも、一苦労……。
わざわざこんな王宮にまでやってきて、このような仕打ち……。
さっさと自分の領地に帰りたいですわねぇ……。
だが、セシルも、付き添っている護衛の二人も、無言でパンを食べている。
そんな異様な光景を前に、シェフは(なぜか) 未だに、テーブルの横に立って、三人がパンを食べている姿を見ている。
(パン程度で、文句などありませんのよ。まったく――)
勝手に、放っておいて欲しいのだが、あまりに珍妙な光景を前に、誰一人、正常な思考が働いていないようだ。
「火加減、確認しなくてよろしいのですの?」
「えっ? ――――あっ……!」
その一言で我に返ったのか、テーブルの横に立っているシェフが、大急ぎで後ろを振り返った。
「おいっ! 手を休めるな。ほらほら、仕事に入りなさい」
「あっ――! ――すみませんっ……」
「――今すぐに――」
やっと全員が、今、自分達がどこにいるのか思い出したようですねえ。
それで、全員が先程まで従事していた仕事に戻っていく――戻っていくのに、チラッ、チラッと、仕事を続けながら、その視線がセシル達の方に向けられる。
動物園の珍獣ではないのんですけれどねえ。まあ、驚かせてしまった分は、仕方がないのでしょう。
その(うるさい) 視線を完全に無視して、セシル達は、もらったパンを全部平らげていたのだった。
* * *
扉がノックされ、セシルにその確認を促したイシュトールとユーリカは、セシルが頷いたのを見て、扉を開ける。
その向こうに、昨夜、セシル達をこの部屋に連れて来た若い騎士が、そこに立っていた。
扉が開いたことで、その騎士の視界の前に、客室に備えられている長椅子に座っているセシルの姿が目に入った。
スッと、騎士らしい一礼をし、
「失礼します」
「どうぞ」
感情の起伏がなく、抑揚もない、淡々とした声音だ。だが、その口調からは――怒っているようには感じられない。
それで、騎士が部屋の中に入って来た。その後ろに、同じように若い騎士が静かに控えている。
「先程、部下が非礼を働いたとのことお詫びいたします」
「必要ないです。私には関係ないので」
その口調の通り、態度の通り、全く気にもかけていない――むしろ、王国の騎士など、相手にもしていない冷たい態度がありありだ。
だが、昨日のように、不敬罪もどきの非礼や失礼な態度にも、あまり見えない。
もう、この令嬢が、完全に、王国の騎士団など、視界にも入れていない態度は明らかだった。
さすがに――王国側の恥ずべく不正、などという失態をしてしまったせいで、セシルが王国騎士団と関わり合いになりたくないのは、今となっては、全く不思議はない。
そこに立っている騎士が、胸内で微かに溜息をこぼし、
「紹介が遅れましたが、私は、第三騎士団副団長を務めています、ギルバート・アトレシアと申します。ご令嬢がこちらに滞在中、ご令嬢の警護及び、護衛を任されております。何か不都合がございましたら、私をお呼びください」
さっき、厨房でパンを食べ終わって、今しがた、客室に戻って来たばかりだというのに、もうすでに、副団長サマまで、先程の報告が通達されていたようである。
おまけに、この副団長サマ、この若さで副団長なのも驚きではあるが、王族の一人――第三王子殿下だったなどと、驚きである。
それなのに、たかが伯爵令嬢程度のセシルに礼を取って、頭を下げるなど、余程、あの王太子殿下から、ブレッカでの王国の恥さらしの話を聞いて、厳しく言いつけられたようだ。
「何もありません」
抑揚のない声音で、あっさりとそれだけである。
それ以上は話すこともないような、話す必要もないような、それだけである。
ただ、椅子から、ジッと、ギルバート達を見上げているだけだ。
こんな間近でセシルを見下ろしていても、前髪が垂れ、セシルの顔を見ることはできない。
前髪の下で、微かにそばかすのような様相は見て取れるが、顔を上げるでもないセシルの瞳さえも、見ることはできなかった。
椅子に座っているセシルは、昨夜と同じ洋服のままだった。黒いピッタリとしたトップに、同じようなズボンに、長いブーツである。
その腰には、深紅のスカーフが巻かれ、座っているセシルの腰からは、昨日も見た剣がぶら下がっていた。
「――――そう、ですか。お邪魔をいたしました。では、失礼します」
ギルバートが一礼すると、後ろに控えていた騎士も、スッと一礼した。
二人が客室を後にしていく。
扉が閉まり、セシルもそこで呟いていた。
「あれが、第三王子殿下ね――」
「申し訳ありませんでした。私の監督不届きです」
第三騎士団の一画、ある執務室で、今朝方、セシルが泊まっている客室に割り込んできた騎士が、ギルバートの前で頭を下げた。
「いや、いい。報告を聞く限りでは、ナンセンの過失ではない。だが、次からは、きちんと言い渡しておいてくれ。これ以上の恥を見せるな、と。王国騎士団であるのならば、多少のことで動揺するなど、以ての外だ。まして、感情的になるなど、それでは騎士も務まらない」
「はい。厳しく言いつけておきます」
「それにしても困りましたねえ。あの態度を見る限りでも、騎士団は、完全に害虫扱いですからねえ」
そこで話に混ざってきたのは、ギルバートの補佐役でもある、クリストフである。
ギルバートはそれには答えず、難しく顔をしかめている。
ナンセンも昨夜、ギルバートとクリストフから事情を聞かされ、その上で、厳しく言いつけられていたので、今朝の事件は、申し訳なくて、口を挟めない。
「我々を試しているのは違いないだろう。夜会に招待されていたのだが、どうやら、向こうは、無理矢理、連れて来られたと思われているようであるし……」
隣国とは言え、王家からの直接の招待状を受けて、それを無理矢理だった、などと文句を言ってくる令嬢は――あのご令嬢だけだろう……。
「騎士団はご令嬢の護衛をしているが、それでも、今の状況を突き合わせれば、本意でもないのに、部屋に閉じ込められているような監禁状態だ。それも、全く信用もしていない騎士団の騎士達に囲まれて」
「そうでしょうねえ。まさか、貴族の令嬢なのに、自らで厨房に顔を出すなど、思いもよりませんでしたから。そこまで警戒しているのが、もう、明らかなほどですね」
王国騎士団の信用がた落ちどころか、信用などゼロで、全く存在しない状態である。
「これからも、ご令嬢は食事を厨房で取られるだろう。一々、確認などせず、そのまま厨房にお連れするように」
「わかりました」
「他の要望が出れば、上官に確認を取るのでお待ちください、とでも言っておけばいい」
「それでバカにされるのは、ギルバート様ですが」
「その程度、バカにされたなどとは思わない。今は、これ以上の恥をさらさないことだ。――全く、王国の兵士でありながら、なんと恥さらしな――」
最後の一言はギルバートの呟きだったのだろうが、それでも、その口調の裏で押さえられた怒気は、隠せていない。
クリストフもナンセンも、ギルバートには同意見である。
「それにしても、あのようなご令嬢は初めてですよ」
「全くだ」
ギルバートも、完全に、そこで同意していた。
最後の疑問形には口を挟まず、セシルはパンを一切れ取り上げた。
「あの……それから、こちらはバターですので……よろしければ、どうぞお使いください……?」
「あら、それは親切ですのね。有難く頂きますわ」
わざわざバターまで用意してくれたのか。
その親切は、素直に受け取ることとします。
バターナイフでバターを塗り、さっさと自分の手にしているパンを口に持っていく。
バリッ――――
この時代のパンは、(本当に困ったくらい) 硬いものが多い。パンの耳を噛んだだけで、バリバリ、バリバリっと、音がするほどだ。
それで、歯応えがあるパンを、モグモグ、モグモグ。
シーン――と、すでに唖然とした沈黙が、その場全域に落ちていた。
パンだけを食べる貴族の令嬢(?) らしき、男装している女性?
信じられない光景を目にして、ものすごい――気まずい沈黙だけが、シーンと落ちていた。
バリバリ、バリッ。
モグモグ、モグモグ――
スープがなければ、ドライで歯応えだけがいいパンを咀嚼するにも、一苦労……。
わざわざこんな王宮にまでやってきて、このような仕打ち……。
さっさと自分の領地に帰りたいですわねぇ……。
だが、セシルも、付き添っている護衛の二人も、無言でパンを食べている。
そんな異様な光景を前に、シェフは(なぜか) 未だに、テーブルの横に立って、三人がパンを食べている姿を見ている。
(パン程度で、文句などありませんのよ。まったく――)
勝手に、放っておいて欲しいのだが、あまりに珍妙な光景を前に、誰一人、正常な思考が働いていないようだ。
「火加減、確認しなくてよろしいのですの?」
「えっ? ――――あっ……!」
その一言で我に返ったのか、テーブルの横に立っているシェフが、大急ぎで後ろを振り返った。
「おいっ! 手を休めるな。ほらほら、仕事に入りなさい」
「あっ――! ――すみませんっ……」
「――今すぐに――」
やっと全員が、今、自分達がどこにいるのか思い出したようですねえ。
それで、全員が先程まで従事していた仕事に戻っていく――戻っていくのに、チラッ、チラッと、仕事を続けながら、その視線がセシル達の方に向けられる。
動物園の珍獣ではないのんですけれどねえ。まあ、驚かせてしまった分は、仕方がないのでしょう。
その(うるさい) 視線を完全に無視して、セシル達は、もらったパンを全部平らげていたのだった。
* * *
扉がノックされ、セシルにその確認を促したイシュトールとユーリカは、セシルが頷いたのを見て、扉を開ける。
その向こうに、昨夜、セシル達をこの部屋に連れて来た若い騎士が、そこに立っていた。
扉が開いたことで、その騎士の視界の前に、客室に備えられている長椅子に座っているセシルの姿が目に入った。
スッと、騎士らしい一礼をし、
「失礼します」
「どうぞ」
感情の起伏がなく、抑揚もない、淡々とした声音だ。だが、その口調からは――怒っているようには感じられない。
それで、騎士が部屋の中に入って来た。その後ろに、同じように若い騎士が静かに控えている。
「先程、部下が非礼を働いたとのことお詫びいたします」
「必要ないです。私には関係ないので」
その口調の通り、態度の通り、全く気にもかけていない――むしろ、王国の騎士など、相手にもしていない冷たい態度がありありだ。
だが、昨日のように、不敬罪もどきの非礼や失礼な態度にも、あまり見えない。
もう、この令嬢が、完全に、王国の騎士団など、視界にも入れていない態度は明らかだった。
さすがに――王国側の恥ずべく不正、などという失態をしてしまったせいで、セシルが王国騎士団と関わり合いになりたくないのは、今となっては、全く不思議はない。
そこに立っている騎士が、胸内で微かに溜息をこぼし、
「紹介が遅れましたが、私は、第三騎士団副団長を務めています、ギルバート・アトレシアと申します。ご令嬢がこちらに滞在中、ご令嬢の警護及び、護衛を任されております。何か不都合がございましたら、私をお呼びください」
さっき、厨房でパンを食べ終わって、今しがた、客室に戻って来たばかりだというのに、もうすでに、副団長サマまで、先程の報告が通達されていたようである。
おまけに、この副団長サマ、この若さで副団長なのも驚きではあるが、王族の一人――第三王子殿下だったなどと、驚きである。
それなのに、たかが伯爵令嬢程度のセシルに礼を取って、頭を下げるなど、余程、あの王太子殿下から、ブレッカでの王国の恥さらしの話を聞いて、厳しく言いつけられたようだ。
「何もありません」
抑揚のない声音で、あっさりとそれだけである。
それ以上は話すこともないような、話す必要もないような、それだけである。
ただ、椅子から、ジッと、ギルバート達を見上げているだけだ。
こんな間近でセシルを見下ろしていても、前髪が垂れ、セシルの顔を見ることはできない。
前髪の下で、微かにそばかすのような様相は見て取れるが、顔を上げるでもないセシルの瞳さえも、見ることはできなかった。
椅子に座っているセシルは、昨夜と同じ洋服のままだった。黒いピッタリとしたトップに、同じようなズボンに、長いブーツである。
その腰には、深紅のスカーフが巻かれ、座っているセシルの腰からは、昨日も見た剣がぶら下がっていた。
「――――そう、ですか。お邪魔をいたしました。では、失礼します」
ギルバートが一礼すると、後ろに控えていた騎士も、スッと一礼した。
二人が客室を後にしていく。
扉が閉まり、セシルもそこで呟いていた。
「あれが、第三王子殿下ね――」
「申し訳ありませんでした。私の監督不届きです」
第三騎士団の一画、ある執務室で、今朝方、セシルが泊まっている客室に割り込んできた騎士が、ギルバートの前で頭を下げた。
「いや、いい。報告を聞く限りでは、ナンセンの過失ではない。だが、次からは、きちんと言い渡しておいてくれ。これ以上の恥を見せるな、と。王国騎士団であるのならば、多少のことで動揺するなど、以ての外だ。まして、感情的になるなど、それでは騎士も務まらない」
「はい。厳しく言いつけておきます」
「それにしても困りましたねえ。あの態度を見る限りでも、騎士団は、完全に害虫扱いですからねえ」
そこで話に混ざってきたのは、ギルバートの補佐役でもある、クリストフである。
ギルバートはそれには答えず、難しく顔をしかめている。
ナンセンも昨夜、ギルバートとクリストフから事情を聞かされ、その上で、厳しく言いつけられていたので、今朝の事件は、申し訳なくて、口を挟めない。
「我々を試しているのは違いないだろう。夜会に招待されていたのだが、どうやら、向こうは、無理矢理、連れて来られたと思われているようであるし……」
隣国とは言え、王家からの直接の招待状を受けて、それを無理矢理だった、などと文句を言ってくる令嬢は――あのご令嬢だけだろう……。
「騎士団はご令嬢の護衛をしているが、それでも、今の状況を突き合わせれば、本意でもないのに、部屋に閉じ込められているような監禁状態だ。それも、全く信用もしていない騎士団の騎士達に囲まれて」
「そうでしょうねえ。まさか、貴族の令嬢なのに、自らで厨房に顔を出すなど、思いもよりませんでしたから。そこまで警戒しているのが、もう、明らかなほどですね」
王国騎士団の信用がた落ちどころか、信用などゼロで、全く存在しない状態である。
「これからも、ご令嬢は食事を厨房で取られるだろう。一々、確認などせず、そのまま厨房にお連れするように」
「わかりました」
「他の要望が出れば、上官に確認を取るのでお待ちください、とでも言っておけばいい」
「それでバカにされるのは、ギルバート様ですが」
「その程度、バカにされたなどとは思わない。今は、これ以上の恥をさらさないことだ。――全く、王国の兵士でありながら、なんと恥さらしな――」
最後の一言はギルバートの呟きだったのだろうが、それでも、その口調の裏で押さえられた怒気は、隠せていない。
クリストフもナンセンも、ギルバートには同意見である。
「それにしても、あのようなご令嬢は初めてですよ」
「全くだ」
ギルバートも、完全に、そこで同意していた。
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