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Part1

* Б.д もう二度と会わない *

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「じゃあ、これ全部、今すぐ買い集めてください」

 一枚の紙切れに記載されたリストを渡されて、王太子殿下だって無言だ。

 隣国の伯爵家の付き人 (なのだろうが) とは言え、身分で言ったら、王太子殿下に気軽に口を聞くことだって許されない立場だ。

 それなのに、王太子殿下を足でコキ使うような、この不遜さ。

「時間がないんで、早くしてください」

 そして、偉そうに、命令までしてくるなんて!

 フィロは感情のない冷たい瞳を上げ、
「なんですか? 不敬罪、侮辱罪で斬り落とすんですか?」

 ふんと、絶対に、今、鼻で笑っていたはずだ。口に、声に出さなくとも、そのあまりに侮蔑した態度が明白だった。

 アトレシア大王国の王国軍の信用がガタ落ちの今、権力・立場を振りかざして、この子供を罰したとしても――その行為は、まさに、あの能無し中尉がした非礼と非道な行為と同等だ。

 そんな愚行で、自らの立場を汚すような王太子殿下ではない。

 無言で、フィロから紙を取り上げ、それにサッと目を通して、騎士団長のハーキンに手渡す。

「即刻、準備をしろ」

 そのきつい眼差しだけで、「口を出すな」、「口答えするな」 と、暗黙の迫力と圧力でハーキンに命令してくる王太子殿下の前で、ハーキンは(一応) 文句を言わず、ただ紙切れを受け取った。

「すぐに準備させましょう」

 王太子殿下を一人きりで残すのは、かなり不安が残ってしまうのだが、もう……、この現状では、そんなことも言っていられない。

 それで、(本当に嫌々に、仕方なく) 諦めたハーキンは、テントの外に出ていき、部下に指示を出しに行く。

 今使用しているテントは、王太子殿下用に仮に設置されたテントではあったが、大きな臥牀しんだいが一つに、大きな机が一つだけだ。王太子殿下と数人が座れる椅子は揃っているが、それだけだ。

 あんな派手で役にもたたない絢爛けんらん豪華ごうかな司令塔などに身を置く気など毛頭なく、戦場いくさばでの場所だってきちんと考慮して、速攻で、仮のテントを設置させたのだ。

 負傷兵からのしらせを聞き、すぐに東南の砦を去った王太子殿下の荷物は、まだ向こうにある。簡単な着替えや荷物などは一緒に運んできたが、それだけである。

 それなのに、今では、机の周りには、(勝手に持ち込んだ) 椅子に座っている子供達。

 その周りに、大人達はただ立っているだけだ。

 新たにやってきた三人の男達も覆面をしていて、フィロとセシル以外の全員の顔は、見ることがかなわない。

 だが、その仕草や態度から見ても――二人は騎士で、残りの大人は、平民の護衛、と言ったところだろうかと、王太子殿下も判断をつけていた。

 それなのに、残りの五人の子供達の……判断がつかない。定義がつけられない。


「一体、この子供達はなんなんだ……!?」


と、さっきから、自問自答しそうになっているほどだ。

 (勝手に持ち込んだ) 椅子の他にも、子供達は何個かの物資を運んできて、丸い筒から出した大きな紙は――地図で、それから、違う書類も、机の上に並べられていた。ペンもある。

 なぜかは知らないが――この緊迫した状態で、作戦本部を(勝手に) 作ってしまった子供達に、全指揮権を奪われてしまった気分になるのは、王太子殿下の気のせいではないはずだ。

「マスターの憶測では、たぶん、ここの駐屯地と、もう反対の駐屯地の間に、穴があるかもしれない、って考えてるんだ」
「穴? なんの穴だよ」

「さあ。でも、話によると、ブレッカの外側は、全部、領壁りょうへきが続いてるらしいから、そうなると、領壁のどこかに抜け穴、もしくは、隠し穴――でもあるのかな?」
「じゃあ、それを探しに行けばいいんじゃないのか?」

「それはダメだよ。ここの能無し集団だって、すぐにやられて、全滅だっただろ?」
「ああ、そうか」

「じゃあ、ひそんで狙う機会を待ってるんじゃないの?」
「そう考えるのが、安全だろうね」

 地図を見下ろしながら、フィロも、ふむ、と考え込む。

 セシルは、敵がどこかに潜んでいて、両方の王国軍の連絡が途絶えている、と話していた。今までの敗戦振りを見ていても、セシルの憶測は、かなり信憑性が高いと、フィロも考えている。

 そうなると、この陣地に敵をおびき寄せるだけでは足りないはずだ。絶対に、どこかから、潜んで隠れている伏兵に、はさみ撃ちされる可能性がでてきてしまう。

 やはり、林側も徘徊して、どこに穴があるか確認しないことには、話にはならない。

 それで、フィロの視線が、リアーガに向けられる。

「いいぜ」
「いいの?」
「いいぜ」

「でも、危険だよ」
「問題ない」

「じゃあ、お願いします」
「ああ」
「おい、待てよ」

 止めたのは、ジャールだった。

 どうやら、フィロとリアーガのあまりに短い会話だけでも、二人が考えていることを、簡単に推測したらしい。

「一人では無理だな」
「じゃあ、特別報酬?」

 にやり、とリアーガ笑い、ジャールは、ものすごい嫌そうな顔をする。

「倍額だ」
「やっぱり、優しいよなあ、あんた。こう、世話焼きだしな」
「うるさいっ」

 その二人のやり取りを隙なく見ていた王太子殿下が、そこで口を挟んだ。

「我が騎士団、100人だ」

 リアーガとジャールが、王太子殿下を振り返った。

「能無し集団と自殺行為なんて、御免だね」
「ここのと一緒にしないでもらおうか」

 侮辱だろうと、王太子殿下だって、口を挟む暇もなく、冷たく言い返していた。

「我が騎士団は、護衛の為だけにいるのではない。戦でも戦えるように訓練された騎士ばかりだ」
「まあ、いいだろう」
「おい――」

 ジャールが勝手に返事をして、リアーガが嫌そうな顔を隠しもしない。

「ここは、意地を張ってる場合じゃないだろうが。使えるモンは何でも使うべきだ。それに、いざとなれば、騎士団を犠牲にして、逃げて来られるからな」

 ちっ、とリアーガは舌を鳴らすだけだ。

「――確認する方向には、たぶん、この間敗戦した兵士達がいるはずだ――」
「死体の移動なんかしないぜ」

 ぐっ……と、王太子殿下が、ほんの微かにだけ辛そうに顔を歪めた。

 そこまできっぱりと断言されて――手遅れになってしまった事実を、突きつけられてしまった感じだ。

「――場所の確認だけだ……」

 今は……それだけが、王太子殿下にできる精一杯のことだ。
 場所さえ確認しておけば――状況が落ち着いた時に、兵士達の回収だって可能なのだから……。

「あなた達は、何人で来たんですか?」

 どこまでも淡々と、冷たく、半分だけ子供の声音だ。

 王太子殿下は視線だけでフィロを見返し、
「500人程」

「だったら、もう100人を加え、偵察隊にすぐに追いつける場所に配置しておいてください。念の為に。それから、この駐屯地に残っている王国軍の全兵士は、ギリトルの国境側に、全員、立たせておいてください。あんな能無し集団でも、ある程度の盾にはなるでしょうから」

 まだこんな子供なのに――なんて、冷静で、冷酷な決断を押し付けてくるのか。感情の機微もなく、冷たい瞳をして、冷たい態度で、とても、子供だなどと見えないだった。

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