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Part1

Б.г 目には目を - 06

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 もう、何の味もしない水の味があまりにまずく感じるのは気のせいだろうか。

 チャポ、チャポチャポと揺れるお腹が悲鳴を上げて、水など受け入れたくないのが明らかだった。
 だが、体内に回ったであろう毒を、できるだけ薄めるのは、こんな原始的な方法しかない。

 空腹時に飲んだ、あのまずーい丸薬がんやくだって、胃の中でジワジワと溶けながら、更に、あのまずさを広げているかのように、お腹の中の味が体で感じられそうだった。

 大分、意識が落ち着いてきたようなセシルをただ黙って見下ろしているアルデーラには――もう、すでに、自分の疑念が確信と変わっていた。

 セシルもフィロも、互いに毒消し用の丸薬を口に含む時に、覆面を外してしまっているから、今は、二人とも覆面をしていない。

 覆面を取った――その下の声音は、間違いようもなく、女のものだった。

 マントの下の細身の体躯。白く、細い長い腕。
 そして、その華奢な顎や首元――その全てが全て、アルデーラの見間違いではなかったと告げていた。


――――……伯爵、だなど……!?


 なぜ、女が戦場にいるのか?!
 それも、貴族の令嬢が――

 あまりの衝撃に、アルデーラだって、信じられないものを目にしているかのように、その動揺と同時に、愕然としていたのだ。

 信じられない……!

「大分、意識が戻ったようなんで、こいつを尋問しようか」

 偉そうに椅子に座っているリアーガが、その椅子の先からセシルの様子を確認し、未だに足で押さえつけている暗殺者を、ドカッと、また蹴りつけた。

「……そう……」

 勝手にしていいわよ、とも聞こえる、セシルの無関心。

 どうやら、今は、リアーガの好き勝手をさせてくれるらしい。

 うぐっ、ぐぐっ……、ぐぅっぅ……暗殺者が後ろ手に縛りつけられ、リアーガに喉元を押さえつけられていながらも、未だ、激しく抵抗をみせている。
 息苦しさが上がりだし、顔だって、血が上り、紅潮している。

 舌を噛み切らないよう猿轡さるぐつわされた口元からは、よだれが垂れていた。

「知ってるか? なにも、殴る蹴るの拷問なんてしなくても、一番手っ取り早くて、一番効果的な尋問方法がある」
「――――ぅぅううぐっ……っぅぅ……」

 ものすごい形相でリアーガを睨み上げている暗殺者の前で、リアーガが、ポケットから何かの小さな入れ物を取り出した。

 蓋を開け、人差し指ですくったものは、クリーム状ほどではなくても、なにかべとべととしたような物質で、リアーガの口端が悪魔のように薄く弧を描き、その物質を暗殺者の目元に近づけた。

 パっと、咄嗟に暗殺者が目を瞑り顔を逸らす。

 だが、リアーガの指が暗殺者の目の下にそのべとべととした物質を塗りつけたのだ。
 特別、痛みがあるものではない。塗り付けられても、毒のような効果があるようでもない。

 全く無意味な――行為をバカにしかかった暗殺者の目が、うるうる、うるうると、考えもせずに大粒の涙が溢れ出してしまったのだ!

 うるうる、うるうる――
 ひりひり、ひりひり――

 瞬きを一度したくらいで、その動きの反動だったのか、目玉があまりにヒリヒリして、自然、涙が溢れ出てきてしまう。涙を拭う手段もなく、ボロボロ、ボロボロと、ものすごい量の涙が、暗殺者の目から一気に溢れ出ていた。

 べとべとした物質は、チリペッパーをすり潰したものである。
 これ、目元や目の周りに塗り込むと、空気に触れた部分が、ヒリヒリと多大な涙を呼ぶ原因となります(注:絶対に試さないでくださいね!)。

「さて、男の急所はいくつあるか、知っているか?」

 全く突拍子もない質問が出てきても、今の暗殺者には、答えることができない。なにも、猿轡さるぐつわのせいなんかではなく、目玉がヒリヒリ、ヒリヒリ、ジンジン、ジンジン――し過ぎていて、涙が止まらない。

 痛みで泣いているのでもないのに、ボロボロ、ボロボロと、湧き出る泉のような、大量な涙を生産している。

 さすがに、大の男が――それも暗殺者のような賊が、ボロボロ、ボロボロと、大粒の涙を流している光景が信じられなくて、王太子殿下を含めた三人が激しく瞠目している。

 椅子から立ち上がったリアーガが、その足先を、躊躇ためらいもせずに、暗殺者の股の間に押し付けていた。

「…………っぅぅぐぐぐ……っぅ……!」

 リアーガの足先が押し付けられた場所は、股の中央などではなく――少しだけ横にずれた場所だった。

「一番初めに思いつく場所は、ありきたりなんだよ。だが、男には、そっちよりも更に敏感で繊細な場所があるだろう? 大抵の奴は、一つの場所しか思い当たらないだろうがな」

 グリッ――と、力を緩めずに、リアーガの足が睾丸こうがんを圧し潰す。

「――――……っぅぅ※#▲※▲▼□●#……っ…………!!」

 暗殺者の目が飛び出していた。
 あまりの痛みに、叫び声が出る前に、大粒の涙で視界がぐちゃぐちゃになって、ぼやけたリアーガの輪郭くらいしか、見えなくなってしまっていた。

 猿轡さるぐつわの向こうで、暗殺者の短い途切れた呼吸が上がって、全身が激しく呼吸をしていた。

 視界が完全にないのなら、その対処もできただろうが、視界はあってもグチャグチャで、ボロボロと止まらない涙のせいで、目玉から水が溢れ出ているかのような錯覚さえも起こさせる。

 半分見えるような、見えないような、でも、明るさは感覚で認識できているのに、目が見えない。その事実は――実は、脳に、意味不明な恐怖を与えるのに十分だった。

 目玉を動かして見えている明るさと、見えない視界。
 いきなりパニックを起こし、暗殺者の途切れた呼吸があまりに激しくなる。

 なのに、またの――間だって、今は触れられてもいないのに、肌も、肌の奥も、ひりひり、じんじんと鈍痛なのに脳に記憶された痛みが激しくて、息も切れ切れだ……。

 リアーガの足のつま先が、暗殺者の睾丸こうがんを、ポンと蹴り上げた。

「――――……ぃぅあぐ……っ!※#▼□●%#……!!」

 先程まで刺激された場所が、ヒリヒリとあまりに敏感になっていて、神経が直接刺激されたかのように、もう、悲鳴も上げられないほどに……、暗殺者が失神しかけていた。

 この尋問方法は――リアーガだって、滅多にお披露目しないが、実は、こんな非情なやり方を教えたのは、セシルだったのだ。


「お前、その顔に反してえげつないな……」

とは、リアーガもコメントしたことだ。

 セシルだって、好きでリアーガに教えたのではない。だが、役に立つだろうから、と仕方なく教えてやっただけだ。

「なんでここにいる?」

 暗殺者の猿轡さるぐつわが少しだけ外され、まるで、子供にでも話しかけるようなリアーガの柔らかな声色が耳に届く。

「痛いだろ? 楽になりたいだろ? なんでここにいる?」
「…………アトレシアの……王太子殿下が……いるなら……そいつ…………っく……殺せば、士気……一気に………っ…ぅ……下がる……か、ら……っぅ……くぅ……」

 なんだか、すでに、暗殺者は半泣き状態で、思考も滅茶滅茶で、ただ、考えもせずに、何でも吐き出している感じだ。

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