上 下
63 / 530
Part1

* Б.г 目には目を *

しおりを挟む
「――すでに、隊の半数以上を損失……!?」

 急遽、この駐屯地で設置させたテントの中で、自分の部下達を飛ばし、駐屯地内の確認を全てさせた王太子殿下は、報告を済ませる部下の前で、絶句していた。

 隣に控えている第一騎士団の団長であるハーキンだって、予想もしていない結果を聞いて、その顔が驚きを隠せないでいる。

 騎士団の小隊長には、王国軍の現状確認をさせ、中隊長達には敷地内の設備、倉庫、家屋などの探索を全部させた。

 そして、第一騎士団の団長個人には、特別に、あの隣国の伯爵家代行の調査を命令していた。

 小隊長達は、散らばって徘徊している兵士達を並ばせ、数を確認し、両方の門で必死にその場にしがみついているような兵士達も並ばせ、その数を確認していた。
 救護所にも確認をしにいった。

 それから、兵士達の陣取り、武器の確認、王太子殿下の指示通り、その全ての調査と確認を済ませ、やっと、テントに戻って来ていたのだ。

 その結果報告を出している本人たちも、聞いている残りの全員も、あまりに信じられない――悲惨な最悪の状況を目にして、全員が全員、叫び出したいほどの強い衝動に駆られていた。

 一体、何をしているんだっっ――!! と。

 だが、そんな大声を張り上げた所で、状況解決にもならない。問題解決にもなりはしない。

「――信じられん……!?」

 あの伯爵家代行が報告してきた通り、次にこの地が襲撃されたら、きっと、この地は部族連合に侵略され、王国軍は壊滅していた可能性も――今となっては、もう、驚きはしない。

「――王太子殿下、我々の報告も……、あまり良い報告とは言えません……」

 今度は、中隊長達が苦々し気にそれを口に出す。

「報告を」
「駐屯地内の施設の大半は、居住区です。武器庫、食糧庫などは――すでに、もぬけの殻でして……」
「もぬけの殻っ!?」

 更に――王太子殿下の逆鱗に触れそうな話題になってしまった……。

 苦々しく顔をしかめている中隊長が頷き、
「この隊には、非常食が全くありません。兵士達が使用している剣を、全員、確認させましたが――私が見る限り、半数は、一切りで、刃こぼれが見られました」

「私の確認場所では、それほどでもありませんでした」
「いえ……私の場では、ほぼ全部の剣が粗悪品のようでした。さびがかり、あれで戦うことなど――不可能かと……」

 慰めにもならない報告を聞いて、珍しく、王太子殿下が、感情的に、その眉間をきつく指で摘まんでいた。

「破壊された領門側は、かなりの大きさで、修復作業には時間がかかることでしょう」

「救護場にいる負傷兵は――どうやら、一度だけの手当てをされ、あとは放置されたままだったようです。衛生管理もなく、あまりに……小汚い室内に押し込められ、たぶん……全員が傷口から化膿して、容体がひどく悪化しているのではないかと……」

 「なんとっ……!」 と、あまりの悲惨さに、全員が、その場で、完全に絶句してしまった沈黙だけが降りる。

 聞きたくない、最悪過ぎる報告と結果ばかりが耳に入ってきて、王太子殿下だって、眉間をきつく押し潰したまま顔を上げない。

「――――王太子殿下」

 隣にいるハーキンが、仕方なく口を開いた。

「――――どうせ、その報告も一緒なのだろう?」
「はい……」

 申し訳ありません……と、ハーキンに謝罪されようが、問題の元凶は全てあの中尉だ!

「それから、駐屯している兵士達からも、子供がうろついている、という報告の確認が取れました。隣国からやってきた義勇軍が、端っこに陣を取っていた、とも言っています」

「――それで、子供連れ?」
「そのようです」
「戦場に子供を連れてくるなど、一体、伯爵家は何を考えているのだ」

 そう責められても、ハーキンが、戦場に子供を連れて来たのではない。

「――――この件は……、隣国との国際問題になるのでは……」

 はばかれて、それ以上は、ハーキンとて口に出せない。

 王太子殿下は更なる頭痛を抱えるかのように、きゅうぅっと、眉間をきつく寄せて――何も言わない。

 ズーンと、あまりに重苦しい空気だけが広がり、シーンと、あまりに気まずい沈黙だけが降りる。

 ほんの少しだけ目線を動かして、王太子殿下の視線が、チラッと、自分の目の前の机の上に置かれる。
 そこには、粗悪品の剣に、提出された数々の書類の山……。

 逃げ隠れするつもりはない。王国軍のあまりに不当とも言える隣国貴族への非礼、不義、違法行為だって、徹底的に処罰するつもりだ。

 だが、弁明どころか、口を挟ませもしないほどの――あまりに綿密で、詳細で、正確な証拠品の山々……。

 ここまで用意周到に揃えられた犯罪記録など、王太子殿下だって、初めてお目にしたものだ。


――一体、あの伯爵家代行とは、なんなんだ……!?


 信じられないものを目にして、信じられないことを耳にして、信じられない光景も状況も止まず、信じられないもので埋め尽くされていて――王太子殿下だって、精神的にゲッソリと疲弊している。


* * *


「すみません。伯爵家代行の方は、いらっしゃいますか?」

 おーい、などと叫ばれているような雰囲気で、向こうから誰かが、セシルを呼んでいる。
 リアーガとフィロが、その白けた顔をセシルに向ける。

「仕方ないですね」

 本当に仕方がなさそうに、セシルが立ち上がる。
 ゾロゾロと、そのセシルの後に付き添って全員が移動していく。

 王国騎士団の制服を着ている騎士の二人が、前日、罠に引っかかった場所よりかなり離れて、セシルを呼んでいたようだったのだ。

 あらぁ、少しは学んでいるようですのねえ。

 へえ、と乾いた反応だけが上がる。
 今日は罠に引っかからないように、慎重に距離を置き、向こうから叫んでいたらしい。

「ヘルバート伯爵代行。王太子殿下から、物資など全てをお返しする準備が整ったとのこと、お迎えにあがりました。申し訳ありませんが、こちらに一緒にいらしていただけないでしょうか?」

 ふーむ、昨日よりは、遥に、礼儀が改善されましたねえ。

 セシル達からの報告を聞いて、あまりに申し訳なくて、セシル達に顔向けできない、といった所だろうか。

「いいでしょう」

 一応、セシル達の周辺には、罠はまだ張り巡らされているが、通行できる場所は、そこだけ抜け穴があるように、何も仕掛けはされていない。

 セシル達が進んでくる中、騎士の二人が慎重にセシル達を凝視しているが、きっと、その頭の中で、罠はなかったのか? ――などと、自問自答していると同時に、ホッと安堵していること間違いなし。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢ですが、ヒロインが大好きなので助けてあげてたら、その兄に溺愛されてます!?

柊 来飛
恋愛
 ある日現実世界で車に撥ねられ死んでしまった主人公。    しかし、目が覚めるとそこは好きなゲームの世界で!?  しかもその悪役令嬢になっちゃった!?    困惑する主人公だが、大好きなヒロインのために頑張っていたら、なぜかヒロインの兄に溺愛されちゃって!?    不定期です。趣味で描いてます。  あくまでも創作として、なんでも許せる方のみ、ご覧ください。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜

和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`) https://twitter.com/tobari_kaoru ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに…… なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。 なぜ、私だけにこんなに執着するのか。 私は間も無く死んでしまう。 どうか、私のことは忘れて……。 だから私は、あえて言うの。 バイバイって。 死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。 <登場人物> 矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望 悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司 山田:清に仕えるスーパー執事

乙女ゲームで唯一悲惨な過去を持つモブ令嬢に転生しました

雨夜 零
恋愛
ある日...スファルニア公爵家で大事件が起きた スファルニア公爵家長女のシエル・スファルニア(0歳)が何者かに誘拐されたのだ この事は、王都でも話題となり公爵家が賞金を賭け大捜索が行われたが一向に見つからなかった... その12年後彼女は......転生した記憶を取り戻しゆったりスローライフをしていた!? たまたまその光景を見た兄に連れていかれ学園に入ったことで気づく ここが... 乙女ゲームの世界だと これは、乙女ゲームに転生したモブ令嬢と彼女に恋した攻略対象の話

乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい

ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。 だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。 気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。 だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?! 平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。

転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?

朱音ゆうひ
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!  「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」 王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。 不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。 もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた? 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

処理中です...