奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

Anastasia

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「こりゃあ、あんたの読みが当たったようだな」

 暗がりで、顔の表情も見取ることはできなかったが、強力な異臭に、嫌そうに顔をしかめているであろうジャールの雰囲気がうかがえる。

「伏兵の気配は?」
「いや。今は、何も感じないがな」

「では、領壁りょうへきまで、かなりの距離があるんですか? それなのに、奇襲?」
「それはなんとも言えん。暗闇の中じゃ、そこまでの判断はできかねん。領壁りょうへき側にまで、行く気なのか?」

「いえ、それはありません。そんな危険を冒す理由もなければ、義務もありません。ただ、南東に援軍を送ることは、ほぼ不可能だと解りましたから――」

 一瞬、全員が一気に身構えていた。

 一瞬、絶対に、何かの音が聞こえたはずだったのだ。

 すぐに、リアーガがセシルの前に立つ。それで、剣を抜いていた。
 ジャールもリエフも、鋭い視線を辺りに送り、二人も剣を抜いていた。

 う……ぅっ……耳をそばだてないと聞こえない程の――うめき声だ。

 全員が耳を澄まし、その音の方向を探ってみる。また、うめき声が漏れていた。

「こっちだな」

 ジャールとリエフが動き、ザクザク、ガサガサと、長く伸びた草むらに入っていった。
 それで、地面に膝をつくようにして――いや、屈んで死んでいる兵士の身体に、耳を近づけていたのだ。

「どうやら、生きているようだ」
「生きている?」

 リアーガとセシルも、小走りに二人に近寄って来た。

 ジャールが地面に伏している兵士の一人を引っ繰り返し、またそこで、反射的に、兵士の口から苦し気なうめき声が上がる。

「生きていたなんて、奇跡的に近いでしょうね」

 なにしろ、兵士達は、全員、見殺しにされてしまったのだから。

「仕方ない。連れ帰りましょう。それで、まだ生き延びるかそうではないかは、この兵士の生きる気力のみでしょう」
「そうだな」




 なにか、額に冷たいものが当てられ、はぁ……と、長い息が吐き出される。痛かったのだろうか、冷たさに安堵したのだろうか、呼吸が苦しかったのだろうか。

 それで、ぼんやりと目を開けた兵士の視界の前に、随分、無表情に近い――子供の顔だろうか? ……がが目に入って来た。

 だが、全く状況が理解できていない。

「目を覚ましたようです」
「そうですか」

 耳の遠くでしか、音が入ってこない。でも、脳では、人が会話しているのだろうな……なんて、あまりにその場の状況とは全く関係ない、単純な思考が浮かんでいた。

 兵士の視界の真上に、誰かが覗き込んで来た。
 真っ黒な塊に、真っ黒な覆面に、それなのに、白い肌が見えて、長い前髪が垂れた間から覗く深い藍の瞳。

「生き延びたようですね。この状況を、理解していますか?」

 目覚めたばかりの兵士には、思考だって働いていない。

「部族連合の敵兵に襲撃され、死にかけていたのですよ」

 その言葉のまま、脳で繰り返された。

 部族連合……と、その単語が認識された時、ガバッ――

「……っうあぁ……!」

 あまりの激痛に、飛び起きた兵士が、咄嗟に全身を守るかのように、痛みの場所に手を押し付けた。

「急に起き上がるべきじゃありません。傷に障りますよ」

 覆面越しで声色もくぐもっているのに、静かで落ち着いたトーンが安心する。

「――――――――……ここ、は……?」
「駐屯地です」

「――――――……私の、隊は……?」
「全滅でしょうね」

 あまりにショックな事実を叩きつけられて、兵士が絶句した。

「…………で、ですが……まだ、生きていたのに……」
「私があなたを見つけてから、すでに、二日は経っています」
「……二日……っ……?!」

「襲撃された日から数えて、四日は経っているでしょう。たとえ、あの時まだ生きていたかもしれない兵士でも、四日も水分を取らずに負傷したまま放っておかれたのなら、すでに息絶えていても不思議ではありません」

「……そ、そんな……。確認、だけでも……お願い、します……。見捨てる、など……」
「なぜ、私がそのようなことをしなければならないのですか?」
「……えっ……?」

 兵士がその一言で、やっと顔を上げた。

 兵士を覗き込んでいる深い藍の瞳は、憎悪があるのでもない。怒気を映しているのでもない。
 ただ、どこまでも深い藍の瞳が、揺れず、穏やかで、静かだった。

「隣国からやってきた貴族に対し、一体、この無能集団は、何をしたと言うのです? 度重たびかさなる非礼を働いただけではなく、侮辱罪、不敬罪、窃盗罪、不法侵入罪、脅迫・恐喝、食糧の強行要請、略奪行為、契約違反行為、強制的戦の参戦、意思に反しての強制軟禁」

 信じられない話を聞いて、兵士の顔が見る見る間に青ざめていく。

「……っは……申し訳、あり、ません……」

「あなたに謝罪されたからと言って、事実は消えません。その上、自国の兵士達を見殺しにし、職務しょくむ怠慢たいまん、軍律違反を犯し続け、この駐屯地は、ほぼ壊滅状態。なぜ、そんな能無し集団に、私が、わざわざと手を貸してやらなければならないのですか?」

「……っぁ……申し訳、あり、ません…で、した……。本当、に……」
「我々はこの地に慈善事業でやってきたわけではありません。自国で、自領で、私は民を護らなければならない責任があります。お遊びで、命を懸ける気などありません」
「……っぁ……うっ……」

 ただ静かな声音で、とても落ち着いた態度で、叱り飛ばしているのでもないセシルを前に、兵士の瞳から、ボロボロと涙がこぼれだした。

「死体の回収を頼むのであれば、あの能無し中尉に掛け合うべきですね。どうせ、大した期待などできませんが」

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