奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

Anastasia

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Part1

А.г せめてもの慈悲を… - 05

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醜態スキャンダル? そんなもの、あるはずもない」

「それなら良いが。未婚でありながら、貴族の令嬢が姦淫罪かんいんざい――などと、あまりの恥で顔など出すこともできないのではないのかな? ヘルバート伯爵家が、そんなふしだらな娘がいる男爵家を許すとは思えないが。きっと、今頃、徹底して、クロッグ男爵令嬢の粗探あらさがしでもしているかもしれないとは、考えないのか?」

 面倒で厄介事をヘルバート伯爵家に押し付けるなんて、なんて卑怯な宰相か。
 これなら、伯爵家と男爵家を引き合わせて、互いに戦い合えばいいだろう、などとけしかけているも同然だ。

 宰相自身が男爵など扱いたくないものだからと、先に裏でけしかけるなんて、卑怯じゃないか。

 うぬぬぬぬぬぬぬ、と男爵の顔が更に険しくしかめられ、唸り声が上がる。

「もし……もし、娘が侯爵家の息子と――もしも、恋人関係に親しい間柄だったとしても、姦罪ではないだろう? それなら、きっと、一時の気の迷いだったはずだ。若い時は誰でもあるじゃないか? それなのに、刑罰を与えるなど、なんと非情な行いだ……。宰相、慈悲というものはないのか?若い娘なのだ、せめて、慈悲くらいみせてくれてもいいじゃないか……」

 その懇願は無視して、宰相は表情も変わらず口を開く。

「まだ、今自分の立場を理解していないのか?」
「だから、わしは、宰相に懇願しているのだ……。娘はまだ若い。間違いだっておこすものだ……。せめてもの慈悲くらい、いいじゃないか……」

「第二に、ホルメン侯爵家はお家お取り潰し、家名断絶の刑罰を受け、逮捕されている」
「逮捕? なぜ?」

「国家反逆罪で」
「国家……反逆罪? ――えええぇ?! なぜだ」

「理由はクロッグ男爵が知る必要はない。だが、侯爵家令息が男爵家令嬢と親しい仲にあったのなら、当然のこと、悪事の裏で、クロッグ男爵家を疑うのが定石の捜査方針ではないのか?」

「な、なにを……。まさか、わしを疑っているのか? わしは何もしておらん」
「その証明は?」
「証明? ――わしは何もしておらんっ」

 そこで、発狂したように、クロッグ男爵が大声で叫んでいた。

「うるさいな。一々、わめき散らさないように。次はつまみ出すが?」
「だが――わしは、なにもしておらん。なんで、知りもしない罪で、ホルメン侯爵家の悪事など、押し付けられなければならんのだ? 宰相、そんな陰謀で、わしをおとしめるつもりなのか?」

 三度目の警告は無視された。

 ここで、ちょっと、余談を。

 小さな子供のしつけは、三度繰り返しても言うことを聞かなかったら、“Time-out(反省)”場に送るという方法もある。

 だが、児童心理学者によると、三度ではないそうな。
 二度だけである。

 一度目に注意する内容をきちんと説明し、次に同じことを繰り返したら、即、“反省場”に、ということらしい。それで、二度目に注意する時は、さっきちゃんと説明したのに無視をしたから反省してきなさい――ということになるらしい。

 でも、宰相は――ものすごく面倒だが、仕方なくの猶予を与えてやったではないか。

「クロッグ男爵家に捜査が入り、自らのボロでも出さぬよう、証拠隠滅でもしておくべきでは?」

 そうでなければ、クロッグ男爵家だって、国家反逆罪で捕縛・逮捕されてしまうだろうに――なんて?

「そんな……!?」

 やっと、宰相の示唆する意味を理解したようで、サーっと、一気にクロッグ男爵の顔が青ざめていた。

「最後に、貴様こそ、一体、何様のつもりだ?」

 もう、感情の機微もなく、声色もあまりに平らなまま変わらず、それを一語、一語、まるで頭の悪い子供に言い聞かせるかのように、区切りまでつけて、クロッグ男爵に叩きつけられた。

「男爵の分際で、先程から、随分と私を侮辱してくれたものだ」
「いや――それは、違う……。そんなつもりはない……!」

 宰相は侯爵である。国のトップを務める宰相で、侯爵家でも上位貴族。
 一男爵ごとき、気軽に話しかけられるような立場ではないのだ。

「無実無根の誹謗、非難をしてきたのは、一体、誰だと思っているんだ? 誰が、一体、理不尽な行い、ひどい対応、差別、非道、ヒトデナシ、慈悲もない、陰謀、おとしめる――などという行為をしたと言っている?」

 そして、わざとに、その指をゆっくりと折って数えて見せる。

「数々の愚弄、誹謗、非難。全て無実無根のものばかり。不敬罪、侮辱罪で、即刻、捕縛されないだけ有難く思え」
「なっ――それは、誤解だ……」

 宰相は片眉をきれいに上げただけだ。

 ひっ……と、クロッグ男爵は息を呑み、
「いや――そうじゃない……。済まなかった……。わしも、娘が心配で興奮していただけなのだ。悪気はなかったのだ……。だから、今日の所は、見逃してくれ……」

「二度と私の前にその姿を出さないように。あの薄汚い娘同様、貴族籍剥奪――などという事態におちいりたくなければ」
「ひっ……」

 ものすごい動揺のしかたで、その小柄な身体が後ろにひっくり返るほどの勢いで、男爵が飛び上がっていた。

「いや――悪かった……。本当に、悪かった……!」

 そして、脱兎のごとく、挨拶も済ませず、クロッグ男爵が執務室から逃げ去っていった。

 おいおい?

 の娘の釈放要求はどうしたんだ?
 宰相に意見してきて、文句をブーブー垂れていた間抜けな父親はどうしたんだ?

 ええ、ええ。

 もちろん、宰相ですもの。
 うるさいハエが飛び回ろうが、ハエ叩きで一発、パシンッ――と叩き落すことくらい、朝飯前ですよ。

 やーっと、静かな執務室に戻り、宰相の仕事ができるというものだ。

 なにも、宰相の時間は、あのだけの為にあるのではない。そして、間抜けなロクデナシの父親に費やすものでもない。

 やーっと、通常の仕事に取り掛かれるようで、本当に、うるさいハエだった。


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