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Part1

А.г せめてもの慈悲を… - 02

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* * *


「ホルメン侯爵家嫡男ジョーランは、貴族籍剥奪はくだつ。ヘルバート伯爵家より告発された罪状により、名誉棄損めいよきそん罪、侮辱罪、偽証罪、虚偽告訴等罪きょぎこくそとうざい姦淫罪かんいんざい、そして不敬罪で投獄の刑罰を。クロッグ男爵リナエ嬢も、共に同等の罪状により貴族籍剥奪はくだつ。修道院送りの刑罰で」

「そうか」

 ノーウッド王国宰相が第一王太子殿下の執務室にやってきて、宰相の方の取り調べの報告を済ませている。

 第一王太子殿下はホルメン侯爵家の悪事の調査と取り調べを。宰相は、あの卒業式を派手にぶち壊した問題事件の調査と取り調べを行っていた。

 年が明け、宰相にはこれからの年間プランやら、去年の年末決済やらなんやらと多忙な時であるのに、余計な問題を作ってくれたあの侯爵家のバカ息子には、本当に腹が立つものだ。

 ノーウッド王国では、大抵、宰相を始めとした官僚や政官が書類を書き留め、それを国王陛下に提出してサインしてもらう、というまつりごとがされていた。

 だから、今回だって、実際に調査をしているのは宰相やらその部下達で、王太子殿下にも執務官をつけたが、その報告書をまとめ、国王に提出しなければならない。

 それで、今日この頃では、二人の取り調べの進行具合や進展などの確認の為、報告会が頻繁に行われていた。

「ホルメン侯爵を逮捕させた。国家反逆罪で」
「国家反逆罪?」

 その罪状を聞いて、宰相が片眉だけを微かに上げていた。

「違法行為の数々。私営騎士団の増加。それだけでも王家に反する行いだ」

 だから、罪状などどうでもいいだろう、とでも聞こえそうな投げやりな口調だ。

 それを聞いて、宰相も、ふむ、と考える。

 今まで挙がって来た罪状だろうと、悪事の数々。非道に違法行為。それを考えたら、どんな罪状をつけようが、大して変わりはしないか――などという結論に達する。

「そうですか。では、ホルメン侯爵家のお家お取り潰し。家名断絶。一族郎党の貴族籍剥奪はくだつ。ホルメン侯爵領の没収――それでよろしいですか?」

 それで、あっさりと、簡単に――ものすごい刑罰を与えてくる宰相も宰相だ。

「ああ、構わない」
「わかりました。そのように指示しておきましょう」

 本当に、ノーウッド王国はしっかり働く家臣が揃っているおかげで、あの(役立たずの) 国王陛下が統治していても、一応、王国として成り立っている国ですねえ……。

 上に立つ者が役に立たないと、下々の者達がしっかり頑張って働きだす――という事例の一つだろう。もう一つの例なら、上に立つ者が役に立たないと、そのまま家臣も役立たずで国が腐敗する、というケースなのだろうが。

 ノーウッド王国が前者のケースで本当に良かったものである。

「ヘルバート伯爵令嬢からの返答はどうなさったのですか?」

 その名前が出て来て、第一王太子殿下の顔がなんだか嫌そうにしかめられた。

「なにか?」
「いや……。あれ以上の説明は期待できないだろう」
「そうですか」

 今の所、宰相は建前上、あの衝撃的な卒業式を遂げたヘルバート伯爵令嬢の調査を続けている形になっている。
 だが、その調査だって――国王陛下の手前、建て前でしているようなものである。

 最初の調査報告以来、ほとんど全く何も上がらない令嬢に、いつまでも時間を割いているほど宰相も暇ではない。
 それで、去年のうちに、その調査はすでに打ち切っているほどだ。

 どこを調べても、


「さあ……。ほとんど話したことはなかったので……」
「――たぶん、大人しい方だと? ――親しくありませんでしたので……」


 そればかりである。
 王立学園の生徒達からの調査が不可能であったのなら、教師陣からも、「真面目な生徒でした」 などと、あまりに簡潔な報告だけだ。

 そして、成績が飛び抜けていいかと言えば、成績だって普通。
 特別、頭が良い生徒だとは言われていない。覚えられていない。

 宰相自身だって、ヘルバート伯爵令嬢のデビュタントを覚えていないほどなのだから、学園の教師陣が影の薄い生徒を覚えているはずもない。

 それだけで、宰相は無駄な時間を費やすことはせず、さっさと、ヘルバート伯爵令嬢の調査を打ち切っていた。

 第一王太子殿下がヘルバート伯爵令嬢に連絡をつけたという話だが、提供された証拠品以上の返答が返って来るとは――宰相は端から思ってもいなかった。

 宰相自身だって、あの書類を、一から全部確認した。見落としがあっては、宰相の首だって危ないからだ。
 そのおかげで、年末は(かなり) 残業をさせられる羽目になったほどだ。

 あれだけ詳細で、綿密で、見落とす点がないほどの正確さで証拠を集めたのだ。今更、それ以上の証拠品など挙がるはずもないだろうと、すでに宰相自身が確信していたことだ。

 なぜ、第一王太子殿下が、わざわざヘルバート伯爵令嬢に連絡を取ったのかは知らないが、大したその成果を期待していなかった宰相だった。

 まったく、とんでもない令嬢が現れてくれたものである――

 信じられないことだが……その独白は、自分の胸の内にしまわれる。

「クロッグ男爵が今日も王宮に来ていた、と耳にしているが?」
「そうなのですか?」

 あの事件があって以来、自分の可愛い娘が牢屋に繋がれたと聞いて、ものすごい勢いで王宮に乗り込んで来たクロッグ男爵は、娘の面会を申し出ていた。

 もちろん、今は調査中で面会謝絶だ、と宰相から簡単に追い払われている。

 だが、新年が明けてからも()王宮に顔を出して、宰相に面会を求めているのだ。

 国王陛下に面会を求めるのなら、宰相を通さなければならない。それ以外のケースでは――王宮に親密なコネがあるか(特例で)。

 あの男爵程度の男が、王宮にコネがあるはずもなし。
 それで、() 宰相に娘の解放を要求してきているのだ。

 今ではあまりにうるさい男爵に辟易して、宰相の執務室に来る前に、男爵は完全に門前払いだ。

 ここ数日、(やーっと) 静かに自分の仕事ができるだろう、と考えていた宰相の考えが甘かったようである。

 本当にしつこい男だ。

 国王陛下が揃う場であれだけの醜態しゅうたいを見せ、偽証罪、名誉棄損めいよきそん、その他諸々の罪で伯爵家をおとしめようとした愚鈍な娘。親が親なら、子も同じだ――と言うが、あの男爵家の場合、あの娘が娘なら、親も親だ、と言い返したいものだ。

 自分の娘の醜態スキャンダルを認めず、娘が無実だ、などとよくあの口が言えたものである。

「会っていないのか?」
「今日は会っていませんが」
「父上が、うるさい、とおっしゃっていた」

 だから、どうにかしろ、と暗黙で命令されているのだ。

 はあ……と、宰相も聞こえぬ溜息をこぼし、
「わかりました。対処しましょう」

「ああ、そうしてくれ」

 全く、やっかいな仕事ばかりを押し付けてきて、宰相だって、もっと優先しなければならない仕事が山積みなのだ。

 王国の国政は、なにも、あの侯爵家のバカ息子と男爵家のバカ娘ばかり相手にしているのではないのに(怒)――




 姿勢を崩さず、声がかかるまで丁寧に頭を下げているままだ。

「顔を上げよ」

 ああ、やっと、その言葉が出された。

 ヘルバート伯爵家当主リチャードソンはゆっくりと顔を上げた。

 今日、ヘルバート伯爵家当主リチャードソンは王宮に呼び出されていた。去年、セシルがこの同じ場に立っていたように、国王陛下の執務室で、リチャードソンの前に国王陛下。その机を囲むようにして、右に第一王太子殿下、左に宰相が揃っていた。

「国王陛下におかれましては、ご壮健のこととお見受けいたします」
「ああ、変わりない」

 社交辞令の挨拶はすまし、リチャードソンはただ静かにその場に控えている。

 次の国王陛下からのお言葉が出てくるまで、家臣であるリチャードソンは、その場に静かに控えていなければならない。
 今日、リチャードソンが王宮に召集された議題だって、大抵、国王陛下自身が口に出してくるのではない。お付きの者がする仕事だ。

 リチャードソンは、今回、自領のヘルバート伯爵領からわざわざ王都に上がって来ていた。

 王都のタウンハウスである屋敷に執務官が訪れた後、王都には(全く) 用がない伯爵家は、全員でさっさと自領に戻っていたのだ。

 新年が明け、ホルメン侯爵家嫡男ジョーランの処罰や処遇が決定して、その為に、また王宮からの遣いがヘルバート伯爵家のタウンハウスに送られたが、


「旦那様は伯爵領にお戻りになられました」


と簡潔な執事の説明で、全くの徒労に終わってしまった。

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