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Part1
А.в ヘルバート伯爵領コトレア - 05
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だから、セシルが心配するほど、リチャードソンもレイナも、残りの貴族達の反応など、露にも問題にいれていない。
「それならいいんですけれど……」
「ええ、そうですわ。ですから、そのようなことは、些末なことですわ」
「わかりました。でも、何かあったら、すぐに知らせてくださいね」
「もちろんですわ。そんなに心配なさらなくても、大丈夫ですわよ」
そのセリフは、いつも、セシルが皆に言い聞かせてきたセリフだ。
今は、母のレイナが。セシルに言い聞かせる台詞に変わってしまった。
それが可笑しくて、ふふと、セシルもちょっと笑ってしまった。
こんな家族の団欒も。しばらくの間、お別れだ。
「セシルさん、領地に戻られても、仕事のし過ぎはいけませんわよ」
「わかっております」
「本当ですの?」
じとぉーっ、とも言えなくはない鷹のような鋭い眼差しを向けられて、セシルもにこやかなまま、その表情を――固まらせたままだ。
「母上、そのようなことを言っても、絶対に無理ですよ。姉上が多忙でない時など、今まで一度だってありませんでした」
「そうですわね。ですが、今はまだ若さで頑張っていらっしゃるようですけれど、無理ばかりしていては、体を壊してしまいますわよ」
「無理は、しておりませんので」
「本当ですの?」
そして、第二弾の、じとぉーっと、圧のある眼差しがセシルに向けられる。
「オルガからいつも聞いていますよ。セシルさんは、食事も抜いてしまうことが頻繁だ、などと」
おや?
オルガは、セシル付きの侍女である。昔からセシルの世話をしてくれている侍女だ。
それがどうしたことか――母のレイナに告げ口である。
コトレアの領地にある邸でも、セシルが仕事で多忙な時は、面倒くさがって、すぐに食事を忘れてしまいがちな傾向にあるのを、傍で仕えている使用人達は、あまり賛成していない。
若い領主サマの手腕は見事なものだが、それでも、仕事のし過ぎで倒れないだろうか……、体調を崩さないだろうか……と、いつも、ものすごーく心配しているのだ。
それで、伯爵家の女主であるレイナから、「セシルの近況報告をしてくださいね」 と頼まれた時も、オルガはありのままの事実をきちんと説明したのだ。
これは誓って言うが、決して、セシルに対しての裏切り行為では断じてない!
もちろん、告げ口、でもない!
コトレアの領地の邸の使用人は――結局は、全員、セシルに甘々なので、最後の最後では、セシルの言うことを聞いてしまうのだ……。
そうなると、残された手段は、母親のレイナからの説得(説教) だけである。
「もう、オルガったら」
「セシルさん、仕事のし過ぎで体を壊して、大変なことになってしまいますわ」
「……はい、わかっておりますわ、お母様。十分に気を付けていますので」
やはり、母親の前ではセシルも――無理押しはできないのだった。
「では、行ってまいります」
朝早くだと言うのに、タウンハウスの屋敷の前には、家族全員の見送りだけではなく、使用人全員まで、ズラリと立ち並んでいた。
セシルは領地に戻る準備も終え、今日は旅立ちの日である。
セシルの出で立ちは、普段、着ていたドレスでもなんでもなく、動きやすいようピッタリとしたズボンに長いブーツ、その上はボタンのついたシャツにベスト。
この時代では――貴族の子女なら、ほぼ、絶対に有り得ない“男装”ということになるのかしらね?
でも、セシルは動きやすい洋服が一番だと思っている。
なにしろ、これから南方の領地コトレアに向けて馬を走らせるのだから。
そして、洋服の上には、マント――と言っても、クロークと同様で――袖がなく、体をスッポリくるむ長い外套を羽織っている。頭には(日焼け止め用に、ものすごく仕方なく) ツバの大きな帽子を。
貴族の令嬢ともなると、日焼けすると、外で働く平民と同等の扱いをされ、嘲笑や小馬鹿にされる対象になってしまう。
その為、昔から外で動き回ることが多いセシルは、暑い日差しの下、蒸し蒸しと頭から湯気が上がっていっても、ものすごーく仕方なく、ツバの大きなロングケープハットを被っている。
日焼けをするわけにはいかないので……。
屋敷の入り口前で馬の支度をしたり、荷馬車の準備をしている騎士達も、揃って同じようなマントを被っていた。
騎士達は、伯爵家の私営騎士達ではなく、コトレア領からセシルを迎えにやってきた騎士達である。
立襟がある黒地の長いマントがスッポリと全身を隠し、そして、全員が全員、頭に同じ黒地のケープハットを被っていた。
現代のキャップに、後頭部と首をしっかりと隠すような垂れ布がついているハットだ。
全員が揃うと――そこら一体が真っ黒に染まったかのようで、(ノーウッド王国にはいない) 烏の集団がその場に集まったかのようでもある。
一見したら――かなり異様な光景、とも見えなくはない。
だが、この黒地のマントは、セシルが練りに練って領地で開発した、“異世界初”リバーシブルマントなのだ!
そして、立襟のボタンを外すと、そこで頭をすっぽり隠せるフードを取り付けることができる。
今の所、四色の違ったマントのカラーが用意できて、それぞれの色を裏返しにしたり、ボタンを付け替えて組み替えたりして、超お役立ちグッズである。
これを領地で開発し、セシルが雇っているお針子達に作ってもらった試作品を見て、
「おおぉ……っ――!!」
と領地の騎士達も感動しているようだった。
そもそも、この世界では、同じ洋服を全く違う用途で使用したり、同じものを違う洋服に変えたりという概念がない。
セシルのグッドジョブだ!
それで、今ではコトレア領の騎士達は、全員、このマントを身に着けている。
じゃあ、「袖がないなら、クロークじゃない?」 って、言われてしまうかも。
「それならいいんですけれど……」
「ええ、そうですわ。ですから、そのようなことは、些末なことですわ」
「わかりました。でも、何かあったら、すぐに知らせてくださいね」
「もちろんですわ。そんなに心配なさらなくても、大丈夫ですわよ」
そのセリフは、いつも、セシルが皆に言い聞かせてきたセリフだ。
今は、母のレイナが。セシルに言い聞かせる台詞に変わってしまった。
それが可笑しくて、ふふと、セシルもちょっと笑ってしまった。
こんな家族の団欒も。しばらくの間、お別れだ。
「セシルさん、領地に戻られても、仕事のし過ぎはいけませんわよ」
「わかっております」
「本当ですの?」
じとぉーっ、とも言えなくはない鷹のような鋭い眼差しを向けられて、セシルもにこやかなまま、その表情を――固まらせたままだ。
「母上、そのようなことを言っても、絶対に無理ですよ。姉上が多忙でない時など、今まで一度だってありませんでした」
「そうですわね。ですが、今はまだ若さで頑張っていらっしゃるようですけれど、無理ばかりしていては、体を壊してしまいますわよ」
「無理は、しておりませんので」
「本当ですの?」
そして、第二弾の、じとぉーっと、圧のある眼差しがセシルに向けられる。
「オルガからいつも聞いていますよ。セシルさんは、食事も抜いてしまうことが頻繁だ、などと」
おや?
オルガは、セシル付きの侍女である。昔からセシルの世話をしてくれている侍女だ。
それがどうしたことか――母のレイナに告げ口である。
コトレアの領地にある邸でも、セシルが仕事で多忙な時は、面倒くさがって、すぐに食事を忘れてしまいがちな傾向にあるのを、傍で仕えている使用人達は、あまり賛成していない。
若い領主サマの手腕は見事なものだが、それでも、仕事のし過ぎで倒れないだろうか……、体調を崩さないだろうか……と、いつも、ものすごーく心配しているのだ。
それで、伯爵家の女主であるレイナから、「セシルの近況報告をしてくださいね」 と頼まれた時も、オルガはありのままの事実をきちんと説明したのだ。
これは誓って言うが、決して、セシルに対しての裏切り行為では断じてない!
もちろん、告げ口、でもない!
コトレアの領地の邸の使用人は――結局は、全員、セシルに甘々なので、最後の最後では、セシルの言うことを聞いてしまうのだ……。
そうなると、残された手段は、母親のレイナからの説得(説教) だけである。
「もう、オルガったら」
「セシルさん、仕事のし過ぎで体を壊して、大変なことになってしまいますわ」
「……はい、わかっておりますわ、お母様。十分に気を付けていますので」
やはり、母親の前ではセシルも――無理押しはできないのだった。
「では、行ってまいります」
朝早くだと言うのに、タウンハウスの屋敷の前には、家族全員の見送りだけではなく、使用人全員まで、ズラリと立ち並んでいた。
セシルは領地に戻る準備も終え、今日は旅立ちの日である。
セシルの出で立ちは、普段、着ていたドレスでもなんでもなく、動きやすいようピッタリとしたズボンに長いブーツ、その上はボタンのついたシャツにベスト。
この時代では――貴族の子女なら、ほぼ、絶対に有り得ない“男装”ということになるのかしらね?
でも、セシルは動きやすい洋服が一番だと思っている。
なにしろ、これから南方の領地コトレアに向けて馬を走らせるのだから。
そして、洋服の上には、マント――と言っても、クロークと同様で――袖がなく、体をスッポリくるむ長い外套を羽織っている。頭には(日焼け止め用に、ものすごく仕方なく) ツバの大きな帽子を。
貴族の令嬢ともなると、日焼けすると、外で働く平民と同等の扱いをされ、嘲笑や小馬鹿にされる対象になってしまう。
その為、昔から外で動き回ることが多いセシルは、暑い日差しの下、蒸し蒸しと頭から湯気が上がっていっても、ものすごーく仕方なく、ツバの大きなロングケープハットを被っている。
日焼けをするわけにはいかないので……。
屋敷の入り口前で馬の支度をしたり、荷馬車の準備をしている騎士達も、揃って同じようなマントを被っていた。
騎士達は、伯爵家の私営騎士達ではなく、コトレア領からセシルを迎えにやってきた騎士達である。
立襟がある黒地の長いマントがスッポリと全身を隠し、そして、全員が全員、頭に同じ黒地のケープハットを被っていた。
現代のキャップに、後頭部と首をしっかりと隠すような垂れ布がついているハットだ。
全員が揃うと――そこら一体が真っ黒に染まったかのようで、(ノーウッド王国にはいない) 烏の集団がその場に集まったかのようでもある。
一見したら――かなり異様な光景、とも見えなくはない。
だが、この黒地のマントは、セシルが練りに練って領地で開発した、“異世界初”リバーシブルマントなのだ!
そして、立襟のボタンを外すと、そこで頭をすっぽり隠せるフードを取り付けることができる。
今の所、四色の違ったマントのカラーが用意できて、それぞれの色を裏返しにしたり、ボタンを付け替えて組み替えたりして、超お役立ちグッズである。
これを領地で開発し、セシルが雇っているお針子達に作ってもらった試作品を見て、
「おおぉ……っ――!!」
と領地の騎士達も感動しているようだった。
そもそも、この世界では、同じ洋服を全く違う用途で使用したり、同じものを違う洋服に変えたりという概念がない。
セシルのグッドジョブだ!
それで、今ではコトレア領の騎士達は、全員、このマントを身に着けている。
じゃあ、「袖がないなら、クロークじゃない?」 って、言われてしまうかも。
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