奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

Anastasia

文字の大きさ
上 下
22 / 531
Part1

А.в ヘルバート伯爵領コトレア - 05

しおりを挟む
 だから、セシルが心配するほど、リチャードソンもレイナも、残りの貴族達の反応など、つゆにも問題にいれていない。

「それならいいんですけれど……」
「ええ、そうですわ。ですから、そのようなことは、些末なことですわ」

「わかりました。でも、何かあったら、すぐに知らせてくださいね」
「もちろんですわ。そんなに心配なさらなくても、大丈夫ですわよ」

 そのセリフは、いつも、セシルが皆に言い聞かせてきたセリフだ。
 今は、母のレイナが。セシルに言い聞かせる台詞に変わってしまった。

 それが可笑しくて、ふふと、セシルもちょっと笑ってしまった。
 こんな家族の団欒も。しばらくの間、お別れだ。

「セシルさん、領地に戻られても、仕事のし過ぎはいけませんわよ」
「わかっております」
「本当ですの?」

 じとぉーっ、とも言えなくはない鷹のような鋭い眼差しを向けられて、セシルもにこやかなまま、その表情を――固まらせたままだ。

「母上、そのようなことを言っても、絶対に無理ですよ。姉上が多忙でない時など、今まで一度だってありませんでした」
「そうですわね。ですが、今はまだ若さで頑張っていらっしゃるようですけれど、無理ばかりしていては、体を壊してしまいますわよ」

「無理は、しておりませんので」
「本当ですの?」

 そして、第二弾の、じとぉーっと、圧のある眼差しがセシルに向けられる。

「オルガからいつも聞いていますよ。セシルさんは、食事も抜いてしまうことが頻繁だ、などと」

 おや?

 オルガは、セシル付きの侍女である。昔からセシルの世話をしてくれている侍女だ。
 それがどうしたことか――母のレイナにである。

 コトレアの領地にある邸でも、セシルが仕事で多忙な時は、面倒くさがって、すぐに食事を忘れてしまいがちな傾向にあるのを、傍で仕えている使用人達は、あまり賛成していない。

 若い領主サマの手腕は見事なものだが、それでも、仕事のし過ぎで倒れないだろうか……、体調を崩さないだろうか……と、いつも、ものすごーく心配しているのだ。

 それで、伯爵家の女主であるレイナから、「セシルの近況報告をしてくださいね」 と頼まれた時も、オルガはありのままの事実をきちんと説明したのだ。

 これは誓って言うが、決して、セシルに対しての裏切り行為では断じてない!

 もちろん、、でもない!

 コトレアの領地の邸の使用人は――結局は、全員、セシルに甘々なので、最後の最後では、セシルの言うことを聞いてしまうのだ……。

 そうなると、残された手段は、母親のレイナからの説得(説教) だけである。

「もう、オルガったら」
「セシルさん、仕事のし過ぎで体を壊して、大変なことになってしまいますわ」
「……はい、わかっておりますわ、お母様。十分に気を付けていますので」

 やはり、母親の前ではセシルも――無理押しはできないのだった。




「では、行ってまいります」

 朝早くだと言うのに、タウンハウスの屋敷の前には、家族全員の見送りだけではなく、使用人全員まで、ズラリと立ち並んでいた。

 セシルは領地に戻る準備も終え、今日は旅立ちの日である。

 セシルの出で立ちは、普段、着ていたドレスでもなんでもなく、動きやすいようピッタリとしたズボンに長いブーツ、その上はボタンのついたシャツにベスト。

 この時代では――貴族の子女なら、ほぼ、絶対に有り得ない“男装”ということになるのかしらね?

 でも、セシルは動きやすい洋服が一番だと思っている。
 なにしろ、これから南方の領地コトレアに向けて馬を走らせるのだから。

 そして、洋服の上には、マント――と言っても、クロークと同様で――袖がなく、体をスッポリくるむ長い外套を羽織っている。頭には(日焼け止め用に、ものすごく仕方なく) ツバの大きな帽子を。

 貴族の令嬢ともなると、日焼けすると、外で働く平民と同等の扱いをされ、嘲笑や小馬鹿にされる対象になってしまう。
 その為、昔から外で動き回ることが多いセシルは、暑い日差しの下、蒸し蒸しと頭から湯気が上がっていっても、ものすごーく仕方なく、ツバの大きなロングケープハットを被っている。

 日焼けをするわけにはいかないので……。

 屋敷の入り口前で馬の支度をしたり、荷馬車の準備をしている騎士達も、揃って同じようなマントを被っていた。

 騎士達は、伯爵家の私営騎士達ではなく、コトレア領からセシルを迎えにやってきた騎士達である。
 立襟がある黒地の長いマントがスッポリと全身を隠し、そして、全員が全員、頭に同じ黒地のケープハットを被っていた。

 現代のキャップに、後頭部と首をしっかりと隠すような垂れ布がついているハットだ。

 全員が揃うと――そこら一体が真っ黒に染まったかのようで、(ノーウッド王国にはいない) からすの集団がその場に集まったかのようでもある。

 一見したら――かなり異様な光景、とも見えなくはない。

 だが、この黒地のマントは、セシルが練りに練って領地で開発した、“異世界初”リバーシブルマントなのだ!

 そして、立襟のボタンを外すと、そこで頭をすっぽり隠せるフードを取り付けることができる。

 今の所、四色の違ったマントのカラーが用意できて、それぞれの色を裏返しにしたり、ボタンを付け替えて組み替えたりして、超お役立ちグッズである。

 これを領地で開発し、セシルが雇っているお針子達に作ってもらった試作品を見て、


「おおぉ……っ――!!」


と領地の騎士達も感動しているようだった。

 そもそも、この世界では、同じ洋服を全く違う用途で使用したり、同じものを違う洋服に変えたりという概念がない。

 セシルのグッドジョブだ!

 それで、今ではコトレア領の騎士達は、全員、このマントを身に着けている。

 じゃあ、「袖がないなら、クロークじゃない?」 って、言われてしまうかも。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

新婚早々、愛人紹介って何事ですか?

ネコ
恋愛
貴方の妻は私なのに、初夜の場で見知らぬ美女を伴い「彼女も大事な人だ」と堂々宣言する夫。 家名のため黙って耐えてきたけれど、嘲笑う彼らを見て気がついた。 「結婚を続ける価値、どこにもないわ」 一瞬にしてすべてがどうでもよくなる。 はいはい、どうぞご自由に。私は出て行きますから。 けれど捨てられたはずの私が、誰よりも高い地位の殿方たちから注目を集めることになるなんて。 笑顔で見返してあげますわ、卑劣な夫も愛人も、私を踏みつけたすべての者たちを。

三年待ったのに愛は帰らず、出奔したら何故か追いかけられています

ネコ
恋愛
リーゼルは三年間、婚約者セドリックの冷淡な態度に耐え続けてきたが、ついに愛を感じられなくなり、婚約解消を告げて領地を後にする。ところが、なぜかセドリックは彼女を追って執拗に行方を探り始める。

[完結連載]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@大人の女性向け
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

ある公爵令嬢の生涯

ユウ
恋愛
伯爵令嬢のエステルには妹がいた。 妖精姫と呼ばれ両親からも愛され周りからも無条件に愛される。 婚約者までも妹に奪われ婚約者を譲るように言われてしまう。 そして最後には妹を陥れようとした罪で断罪されてしまうが… 気づくとエステルに転生していた。 再び前世繰り返すことになると思いきや。 エステルは家族を見限り自立を決意するのだが… *** タイトルを変更しました!

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

虚偽の罪で婚約破棄をされそうになったので、真正面から潰す

千葉シュウ
恋愛
王立学院の卒業式にて、突如第一王子ローラス・フェルグラントから婚約破棄を受けたティアラ・ローゼンブルグ。彼女は国家の存亡に関わるレベルの悪事を働いたとして、弾劾されそうになる。 しかし彼女はなぜだか妙に強気な態度で……? 貴族の令嬢にも関わらず次々と王子の私兵を薙ぎ倒していく彼女の正体とは一体。 ショートショートなのですぐ完結します。

処理中です...