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Part1
А.в ヘルバート伯爵領コトレア - 03
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* * *
「姉上」
王都のタウンハウスである屋敷に戻ってくると、前回と同じように、シリルが玄関先でセシルの元に駆けよって来た。
そんなに心配しなくても、大丈夫なのですけれどね。
「どうでしたか?」
「全く問題ありませんでしたわ。国王陛下の名を以て、慰謝料の請求をしてくださるそうですから」
「そうですか……」
それは良かったです……と、まだ年若い弟が安堵の表情をみせる。
シリルはそろそろ声変わりもし始め出し、子供のような可愛らしさが少年っぽく変わっていき、身長だってスクスクと伸び始めている。
昔からセシルと一緒にいることが多かったシリルは、それはもう、お人形さんのように可愛い容姿だった。
まだぽっちゃりとした子供らしい丸い頬がつるつるで、クリクリとした大きな藍の瞳が可愛らしくて、それで、サラサラと癖のない髪の毛が、走り回っている時に、そよ風と一緒になって軽く揺れていたのだ。
ああ、今でもあの光景を思い出す度に、セシルもほんわかと顔が緩んでしまう。
「どうしたのですか、姉上?」
「いいえ、大したことではありませんの。ただ、シリルの昔の時を思い出していたのですよ。もう、こんなに大きくなったんですもの」
「なにをおっしゃっているんですか、姉上ったら」
突然おかしなことを口に出したセシルに、はは、とシリルも笑っている。
「これからだって、もっと成長して、姉上の身長だって、すぐに追い越しますよ」
「ええ、そうですね。子供の時は、私の膝の上で抱っこして、可愛かったのですよ」
「いやだなぁ、そんな昔の話」
それでも、シリルは左程気にしていないのか、可笑しそうに笑っている。
「父上と母上が、パーラーで姉上のことをお待ちしています」
「あら? 皆、そのように心配しなくても大丈夫なのですけれど」
セシルは――毎回、いつも、そうやって、自信ありげに断言してくれる。
それでも、心配は消えないものなのだ。
「では、フィロ、今日はもう、ゆっくり休んでね。明日は出立ですから」
「わかりました。では失礼します、マスター、ヤングマスター」
丁寧に頭を下げて、フィロが静かにその場を去っていく。
その後ろ姿を少しだけ見送っていたシリルが、チラッと、セシルに視線を向ける。
「明日――お戻りになられるのですか?」
「ええ、そうですね。無事、卒業式も終えましたので、もう、王都には用はありませんもの」
昔から――大切な大好きな姉であるセシルは、一年の大半以上を、南方にあるヘルバート伯爵領の一つである領地で過ごしている。
その領地を、コトレアと言う。
そして、セシルは――もうずっと以前より、そのコトレアの領地の――「領主名代」 として、領地を治めている一人だった。
まだ若すぎるほどの令嬢がなぜ? ――という理由は、もう、当の昔に、誰一人質問しなくなった。
伯爵令嬢のくせに領主名代? ――という賛成しない声も、難色を示す態度も、もう、当の昔に消え去った。
できるわけがない! ――という否定も反対も、もう、当の昔に、セシルがその腕一つで、体一つで、その持ち合わせる能力全てで、全部、証明してみせたものだ。
王都に戻って来たのだって、貴族の子息や子女が絶対に通わなければならない王立学園に通い、卒業証明書をもらう為だ。
無駄な時間を費やして、学園生活を送らなければならなかったのは、長年耐え忍んだ、あの侯爵家のバカ息子との婚約解消を実現させる為だ。
それ以外なら、セシルは領地の統治と運営に多忙で、王都など見向きもしない。
だから、今までだって、セシルはほとんどの時を南方のコトレアで過ごしていた。
学園に通っていた二年間。シリルも、王都にあるタウンハウスである屋敷に戻って来ていた。それで、大好きな姉のセシルとは、毎日、顔を合わせることができた。
シリルがまだ小さかった時のように、毎日、大好きな姉と一緒に過ごせることができた。
だが、もう――その時間も終わってしまった……。
「シリル、永遠の別れではありませんよ。いつでも、すぐに会えますもの」
ほんの微細なシリルの表情の変化だったが、セシルはそんな微細な表情の揺れだって見逃しはしない。
それで、シリルはちょっとだけ困ったような顔をしてみせ、
「わかっております……。ただ、この二年間、姉上とずっと一緒にいられたものですから……」
「そうですね。私も久しぶりにシリルと一緒にいられる時間があって、とても嬉しかったですわ。シリルだって、このまま一緒にコトレアにやって来ても良いのですよ」
「それ――は、考えておきます。父上は、姉上がコトレアに発たれた後、伯爵領に戻るとおっしゃられていましたから」
ヘルバート伯爵家のメインの領地は、王都から北西寄りに位置していて、馬車で二日ほどかかる距離にある。そこではブドウの生産が盛んで、ワインの生成を盛んにしている領地だ。
昔からのヘルバート伯爵家の伯爵領である。
もう社交シーズンも終え、冬籠りで新年を迎えるにあたり、大抵、王都にやってきていた貴族達も、自領に戻っていくのが多い。
ヘルバート伯爵家も同じだった。
ただ、今年はセシルが王都の王立学園に通う最後の年でもあり――ヘルバート伯爵家にとっても、正に“運命を決める年”だった為、リチャードソンは何度か自領に戻っていたが、残りの全員は、セシルと一緒に王都に残っていたのだ。
大抵、初夏が始まる頃から社交界シーズンが始まり、ゴソッと、領地に戻っていた貴族達が王都に戻ってきて、パーティーやら、社交界、お茶会やら、そういった華やかな集まりが頻繁に開かれる。
伯爵家の当主であるリチャードソンも、そういった催しや集まりにも招待されるし、自分でも晩餐会などを開いたりする。もちろん、妻のレイナも例外ではない。
シリルは、特別、王都に興味があるのでもなかったが、伯爵領に一人残っていてもつまらないので、大抵、両親と一緒に王都に戻って来る。
「姉上」
王都のタウンハウスである屋敷に戻ってくると、前回と同じように、シリルが玄関先でセシルの元に駆けよって来た。
そんなに心配しなくても、大丈夫なのですけれどね。
「どうでしたか?」
「全く問題ありませんでしたわ。国王陛下の名を以て、慰謝料の請求をしてくださるそうですから」
「そうですか……」
それは良かったです……と、まだ年若い弟が安堵の表情をみせる。
シリルはそろそろ声変わりもし始め出し、子供のような可愛らしさが少年っぽく変わっていき、身長だってスクスクと伸び始めている。
昔からセシルと一緒にいることが多かったシリルは、それはもう、お人形さんのように可愛い容姿だった。
まだぽっちゃりとした子供らしい丸い頬がつるつるで、クリクリとした大きな藍の瞳が可愛らしくて、それで、サラサラと癖のない髪の毛が、走り回っている時に、そよ風と一緒になって軽く揺れていたのだ。
ああ、今でもあの光景を思い出す度に、セシルもほんわかと顔が緩んでしまう。
「どうしたのですか、姉上?」
「いいえ、大したことではありませんの。ただ、シリルの昔の時を思い出していたのですよ。もう、こんなに大きくなったんですもの」
「なにをおっしゃっているんですか、姉上ったら」
突然おかしなことを口に出したセシルに、はは、とシリルも笑っている。
「これからだって、もっと成長して、姉上の身長だって、すぐに追い越しますよ」
「ええ、そうですね。子供の時は、私の膝の上で抱っこして、可愛かったのですよ」
「いやだなぁ、そんな昔の話」
それでも、シリルは左程気にしていないのか、可笑しそうに笑っている。
「父上と母上が、パーラーで姉上のことをお待ちしています」
「あら? 皆、そのように心配しなくても大丈夫なのですけれど」
セシルは――毎回、いつも、そうやって、自信ありげに断言してくれる。
それでも、心配は消えないものなのだ。
「では、フィロ、今日はもう、ゆっくり休んでね。明日は出立ですから」
「わかりました。では失礼します、マスター、ヤングマスター」
丁寧に頭を下げて、フィロが静かにその場を去っていく。
その後ろ姿を少しだけ見送っていたシリルが、チラッと、セシルに視線を向ける。
「明日――お戻りになられるのですか?」
「ええ、そうですね。無事、卒業式も終えましたので、もう、王都には用はありませんもの」
昔から――大切な大好きな姉であるセシルは、一年の大半以上を、南方にあるヘルバート伯爵領の一つである領地で過ごしている。
その領地を、コトレアと言う。
そして、セシルは――もうずっと以前より、そのコトレアの領地の――「領主名代」 として、領地を治めている一人だった。
まだ若すぎるほどの令嬢がなぜ? ――という理由は、もう、当の昔に、誰一人質問しなくなった。
伯爵令嬢のくせに領主名代? ――という賛成しない声も、難色を示す態度も、もう、当の昔に消え去った。
できるわけがない! ――という否定も反対も、もう、当の昔に、セシルがその腕一つで、体一つで、その持ち合わせる能力全てで、全部、証明してみせたものだ。
王都に戻って来たのだって、貴族の子息や子女が絶対に通わなければならない王立学園に通い、卒業証明書をもらう為だ。
無駄な時間を費やして、学園生活を送らなければならなかったのは、長年耐え忍んだ、あの侯爵家のバカ息子との婚約解消を実現させる為だ。
それ以外なら、セシルは領地の統治と運営に多忙で、王都など見向きもしない。
だから、今までだって、セシルはほとんどの時を南方のコトレアで過ごしていた。
学園に通っていた二年間。シリルも、王都にあるタウンハウスである屋敷に戻って来ていた。それで、大好きな姉のセシルとは、毎日、顔を合わせることができた。
シリルがまだ小さかった時のように、毎日、大好きな姉と一緒に過ごせることができた。
だが、もう――その時間も終わってしまった……。
「シリル、永遠の別れではありませんよ。いつでも、すぐに会えますもの」
ほんの微細なシリルの表情の変化だったが、セシルはそんな微細な表情の揺れだって見逃しはしない。
それで、シリルはちょっとだけ困ったような顔をしてみせ、
「わかっております……。ただ、この二年間、姉上とずっと一緒にいられたものですから……」
「そうですね。私も久しぶりにシリルと一緒にいられる時間があって、とても嬉しかったですわ。シリルだって、このまま一緒にコトレアにやって来ても良いのですよ」
「それ――は、考えておきます。父上は、姉上がコトレアに発たれた後、伯爵領に戻るとおっしゃられていましたから」
ヘルバート伯爵家のメインの領地は、王都から北西寄りに位置していて、馬車で二日ほどかかる距離にある。そこではブドウの生産が盛んで、ワインの生成を盛んにしている領地だ。
昔からのヘルバート伯爵家の伯爵領である。
もう社交シーズンも終え、冬籠りで新年を迎えるにあたり、大抵、王都にやってきていた貴族達も、自領に戻っていくのが多い。
ヘルバート伯爵家も同じだった。
ただ、今年はセシルが王都の王立学園に通う最後の年でもあり――ヘルバート伯爵家にとっても、正に“運命を決める年”だった為、リチャードソンは何度か自領に戻っていたが、残りの全員は、セシルと一緒に王都に残っていたのだ。
大抵、初夏が始まる頃から社交界シーズンが始まり、ゴソッと、領地に戻っていた貴族達が王都に戻ってきて、パーティーやら、社交界、お茶会やら、そういった華やかな集まりが頻繁に開かれる。
伯爵家の当主であるリチャードソンも、そういった催しや集まりにも招待されるし、自分でも晩餐会などを開いたりする。もちろん、妻のレイナも例外ではない。
シリルは、特別、王都に興味があるのでもなかったが、伯爵領に一人残っていてもつまらないので、大抵、両親と一緒に王都に戻って来る。
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