奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

Anastasia

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Part1

А.в ヘルバート伯爵領コトレア - 02

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 だが、現実的で合理的なセシル――現世の転生をしてしまった自分――には、さほどの興味のわかない状況ばかりだった。

 現代っ子で、小説も読む。ゲームもする。乙女ゲームも楽しんだ。文句はない。
 現代版の洋服だって、文句はない。海外生活が長かったから、ドレスを着るようなパーティーにも参加したことはある。

 それでも、ひらひらや、ふりふりの宮殿スタイルドレスなど、考えたこともなかった。
 現世――前世の自分は、すっきりとしたシンプルなデザインが好きだった。それで、しっとりとした女らしさを見せるところがポイントだったり。

 食事も現代の食事に全く問題はない。スイーツも大好きである。
 自動車、列車、飛行機、移動手段、交通手段だって現代っ子である。乗馬はしたことがあっても、それはただの趣味程度。

 携帯電話無しでは生きられない世界なのに、電話一つもない異世界で、一体、どうやってコミュニケーションを保てるというのだろうか。




 セシルは、ずっと昔、ここは、パラパラとめくって、早読みしたことのある小説の世界なんじゃないのか……!? ――と、キチガイじみた考えが頭によぎって、一気に目を覚ました、あの運命の一瞬を今でもはっきりと覚えている。

 大ショックではあった。

 でも、顔をつねっても、腕を叩いても、その痛みは変わらない。だから、ペーパーナイフで指を切ってみた。血は止まらなかった。

 指を流れ落ちていく血を見ながら、


(赤い色だ…………)


 なぜか、そこで、ものすごい安堵してしまっていたことを覚えている。

 異世界に飛ばされて――転生? させられて――も、異星人、ではなかったのだ。

 これが、緑色の血でも出ていたのなら、「きゃあぁ」 などと叫び声をあげて、あの場で失神していたかもしれない。


(小説の中に――異世界転生しても――人間なのねぇ……)


 それで、あまりにショックを受けていたにも関わらず、冷静に、その状況を分析していた自分がいたのを覚えている。

 ある意味、ショックで感覚が麻痺していただけに、冷静な状況分析は、悲鳴を上げて泣き叫ぶより、遥かに効率的、生産的な行動だったといえよう。

 異世界転生者。

 まさか自分自身がそんな――――状況に引きずり込まれるなど、一体、誰が考えようか。

 それに、セシルは――現世での自分が死んだ記憶を全く覚えていない。いつ、どこで亡くなったのかさえも知らないほどだ。

 典型的な異世界物語では、トラックや車にかれて――というパターンが多い。お風呂場で溺死もあった。

 だが、そのどちらの死亡パターンでもない。

 それを考えていって、
  • 攻略者対象4人:✖
  • 王子、または皇子の出現:✖
  • ほわほわの“可愛らしい”“清楚”なヒロイン:〇 (まあ、そういうことにしておいてやろう)
  • 悪役令嬢:✖
  • 公爵家令嬢:✖
  • 学園、学校に通う:〇
  • 魔法、魔術、魔物:✖ (ファンタジーの王道ではないらしい)
  • 王子の婚約者:✖
  • お家断絶:?
  • 断罪で処刑:? (だが、ノーウッド王国にはギロチンの死刑はない)
  • 攻略対象の心変わり、浮気:〇
  • 攻略対象への執拗な愛情:✖ (全くなし)
  • 転生者の前の記憶:〇
  • 前世の記憶:〇
  • 死亡した際の記憶:✖
  • 家庭内の不仲:✖ (家庭内はいたって家族円満である)
  • 高慢で、我儘きわまりない身勝手な令嬢:✖
  • モブ?:✖
  • ヒロインのファンクラブ、または追っかけ:✖
  • 喪女:✖
  • ヒーローの暗い過去:✖

 色々リストを組み立ててみたが、その結果を見ても、〇があるアイテムは、特別、セシルに害がでるような問題があるものでもない。

 それよりも、はっきり言って“王道”を行く異世界転生者の典型的なストーリー構成が、自分にはほとんど当てはまっていなかったのだ。

 ヒロインでもない。悪役令嬢でもない。付き人でもない。モブでもない。追っかけでもない。

 では、一体、セシルは、物語での役割は、一体、なんなんだろうか?

 大きな疑問にぶつかったものだった。

 だが、その程度の問題だったのなら、いちいち、ストーリー通りだとか、強制力が入るだとか、そんなことを気にして、ビクビク暮らしていく生活は、セシルの性に合っていなかった。

 ここで、一番の問題で、必ずといっていい物語の共通点は――転生者は、現世には戻れない。
 その事実だけは、すぐに理解していた。

 それなら、全く見知りもしない異世界だろうと、生きている以上、その空間が、セシルの“現実”となってしまったのだ。




「マスター、どうなさいました?」
「ううん、なんでもないわ。さあ、帰りましょう」
「はい」

 セシルは王宮の長い廊下を進み外に出ていくと、もう、二度と来ることはない王城を少しだけ振り返っていた。

 その豪奢で壮大なお城を見ても、全く何の感情も上がってこない。未練もない。

 ふっと、セシルは小さく笑って、フィロと共に王城を後にしていた。


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