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Part1
А.б 慰謝料、もちろん請求します - 06
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「元々、コトレア領は、セシルがたった一人で発展させたのだからね。セシルが継ぐのが道理だろう」
「そうなるといいですわね」
「たぶん、今の状況なら、問題ないだろうね」
そして、密かにその画策をしている父を前に、セシルがリチャードソンに抱きついた。
「ありがとうございます、お父様」
「長かったからね。それくらいは褒美としてあげられないのなら、私も、父としての立つ瀬がないよ」
「まあっ、お父様ったら」
そして、リチャードソンの方も、大事な、大事な、可愛い一人娘を抱きしめていく。
「またすぐにコトレアに戻るのかい、セシル?」
「そうですけれど、たぶん――王宮から召集がかかるでしょうから、それまでは、一応、王都にいますわ」
それを聞いて、少し腕を離したリチャードソンが、心配げな顔を浮かべる。
「大丈夫ですわよ、お父様。そのように心配なさらないでくださいませ。きっと、事後確認程度ですもの。あれだけの書類を確認して、罪人の扱いにどうするのか、それで、卒業式になんてことをしてくれたんだ――程度のお小言を聞かされるのでしょうから」
「そうか……」
「ふふ。大丈夫ですわよ、お父様。私は、全く心配しておりませんから」
そうやって自信満々で、全く心配している様子もないセシルは今に始まったことではない。
なんだか見えない先を予見できているのか、それとも、状況を予測できているのか、リチャードソンだって、そのどちらなのか、たまに判断しかねる時がある。
父親の表情を見取って、セシルが口元を微かに上げる。
「これは、そのどちらでもありませんわ」
リチャードソンの瞳が微かに上がった。
それから、くしゃ、と顔を崩し、
「そんな風に、私の考えも読まないで欲しいね、セシル……」
「読んでいませんわ。ただ、顔に出ていましたの」
「そうか……。――本当に、そのどちらでもない?」
「ええ、そうですわね。ただ――そういう状況になるのではないかな、という勘です」
「勘……」
うむ……と、そこから次の言葉がでてこない。
可愛い、可愛い、一人娘なのだが――時たま、その底知れぬ能力が一体なんなのか、リチャードソンも、そこまで深く理解していないのだ。
父親であるリチャードソンだけは――セシルの秘密を明かした一人だ。
あの時、これから起こり得る婚約解消の事件で、影響を受けてしまうことになるのは、紛れもない伯爵家だ。
それで、一人で動き回る為には、そのセシルの行動を説得しなければならない。だから、この屋敷では、父のリチャードソンだけは、セシルの秘密を知っている。
きっと途方もなく――むしろ、狂ってしまったと思われても仕方ない、あまりに奇天烈な話を聞かされて心から驚いていたはずなのに、セシルの強い意思に動かされて、今までずっと文句も言わず、セシルの言うことを聞いてくれた優しい父である。
いつも、セシルの好きなことをさせてくれた父だった。
「お父様、私はお父様の娘に生まれて、本当に嬉しく思っております。お父様のサポートがなければ、今まで、私は何もすることもできませんでしたもの。本当に感謝しております」
「そんなことはないよ。セシルが、全て一人でやり遂げて来たことだ。それでも、そう言ってくれて嬉しいよ。セシル、君は私の可愛い娘だ」
「ありがとうございます、お父様」
「さあ、行こうか。レイナもシリルも待っているよ」
「はい、お父様」
気取って腕を差し出した父に笑いかけ、セシルがその父の腕に手を置いた。
* * *
あの――あまりに例もない前代未聞の卒業式を終えて数日、セシルは王宮の一画で、深く頭を下げていた。
王宮からの呼び出しがかかり、セシルはノーウッド王国の王宮にやって来ていたのだ。
国王陛下の執務室に呼び出されたようで、真正面の机の向こうには、国王陛下が座っている。
そして、その机の両脇を囲うように、国王陛下の右手に第一王太子殿下、左手に宰相が揃っている。
セシルは机の前まで進んできて、静々と、深く頭を下げるようにお辞儀をする。
こう、小説でも、漫画でも、西洋の宮廷・宮殿物語では、大抵、貴族の貴婦人は、お辞儀をする場面がでてくる。
ドレスの裾を摘み、静々と頭を下げながらお辞儀するやつだ。
そう言った場面を想像したり、漫画で見ている分には、とても美しい礼儀作法に見える。おしとやかなレディーを、正に映しているような姿勢である。
だが、実際問題、お辞儀をしている本人は、ものすごい脚力が必要なのだ。
お辞儀をする際に足を屈め、その足がプルプルと震えないように静止できる筋肉。それから、膝を折っている時間が長くても、後で筋肉痛にならない忍耐。
お辞儀をしていても背筋は、ピシッと真っ直ぐに。
その姿勢を保ったまま。立ち上がる時も、ゆっくりと、形を崩さず、姿勢を崩さず、ものすごい労力と努力の結晶を見せなければならないのである。
「顔を上げよ」 と言われるまで、一体、どのくらいの時間、同じ姿勢で我慢しなくてはいけないのか、貴族社会というものは、華やかで煌びやかなことばかりではない。
地味な努力と忍耐の繰り返しで、この完璧なほどのお辞儀ができるのだ……。
そして、お辞儀をしている相手の気分次第で、いつまで経っても顔を上げられない場合だってある。
今回だってそうだ。
だが、長い前髪に隠れて、セシルの表情は見えない。
「顔を上げよ」
来ました。
定番のセリフ!
それで、静々とセシルが姿勢を正し、そっと、手前で手を重ねるようにして起立した。
だが、微かにうつむき加減で、国王陛下の顔を真っすぐ見ることはない。視線を合わせることもない。
「今日、この場に呼ばれた理由はわかっているだろう?」
まず、国王陛下が口に出した。
セシルからの返答はない。
許可なく、臣下が口を開くことは許されていないからだ。
「まったく、誉ある王立学園の卒業式だというのに、あのような醜態をさらけ出し、一体、どういうことだ? 貴族としてあるまじき行為ではないか」
問題を起こしたのも、醜態をさらけだしたのも、もちろん、セシルではない。
あの侯爵家のバカ息子だ。
だが、セシルからの返答は一切ない。
「そうなるといいですわね」
「たぶん、今の状況なら、問題ないだろうね」
そして、密かにその画策をしている父を前に、セシルがリチャードソンに抱きついた。
「ありがとうございます、お父様」
「長かったからね。それくらいは褒美としてあげられないのなら、私も、父としての立つ瀬がないよ」
「まあっ、お父様ったら」
そして、リチャードソンの方も、大事な、大事な、可愛い一人娘を抱きしめていく。
「またすぐにコトレアに戻るのかい、セシル?」
「そうですけれど、たぶん――王宮から召集がかかるでしょうから、それまでは、一応、王都にいますわ」
それを聞いて、少し腕を離したリチャードソンが、心配げな顔を浮かべる。
「大丈夫ですわよ、お父様。そのように心配なさらないでくださいませ。きっと、事後確認程度ですもの。あれだけの書類を確認して、罪人の扱いにどうするのか、それで、卒業式になんてことをしてくれたんだ――程度のお小言を聞かされるのでしょうから」
「そうか……」
「ふふ。大丈夫ですわよ、お父様。私は、全く心配しておりませんから」
そうやって自信満々で、全く心配している様子もないセシルは今に始まったことではない。
なんだか見えない先を予見できているのか、それとも、状況を予測できているのか、リチャードソンだって、そのどちらなのか、たまに判断しかねる時がある。
父親の表情を見取って、セシルが口元を微かに上げる。
「これは、そのどちらでもありませんわ」
リチャードソンの瞳が微かに上がった。
それから、くしゃ、と顔を崩し、
「そんな風に、私の考えも読まないで欲しいね、セシル……」
「読んでいませんわ。ただ、顔に出ていましたの」
「そうか……。――本当に、そのどちらでもない?」
「ええ、そうですわね。ただ――そういう状況になるのではないかな、という勘です」
「勘……」
うむ……と、そこから次の言葉がでてこない。
可愛い、可愛い、一人娘なのだが――時たま、その底知れぬ能力が一体なんなのか、リチャードソンも、そこまで深く理解していないのだ。
父親であるリチャードソンだけは――セシルの秘密を明かした一人だ。
あの時、これから起こり得る婚約解消の事件で、影響を受けてしまうことになるのは、紛れもない伯爵家だ。
それで、一人で動き回る為には、そのセシルの行動を説得しなければならない。だから、この屋敷では、父のリチャードソンだけは、セシルの秘密を知っている。
きっと途方もなく――むしろ、狂ってしまったと思われても仕方ない、あまりに奇天烈な話を聞かされて心から驚いていたはずなのに、セシルの強い意思に動かされて、今までずっと文句も言わず、セシルの言うことを聞いてくれた優しい父である。
いつも、セシルの好きなことをさせてくれた父だった。
「お父様、私はお父様の娘に生まれて、本当に嬉しく思っております。お父様のサポートがなければ、今まで、私は何もすることもできませんでしたもの。本当に感謝しております」
「そんなことはないよ。セシルが、全て一人でやり遂げて来たことだ。それでも、そう言ってくれて嬉しいよ。セシル、君は私の可愛い娘だ」
「ありがとうございます、お父様」
「さあ、行こうか。レイナもシリルも待っているよ」
「はい、お父様」
気取って腕を差し出した父に笑いかけ、セシルがその父の腕に手を置いた。
* * *
あの――あまりに例もない前代未聞の卒業式を終えて数日、セシルは王宮の一画で、深く頭を下げていた。
王宮からの呼び出しがかかり、セシルはノーウッド王国の王宮にやって来ていたのだ。
国王陛下の執務室に呼び出されたようで、真正面の机の向こうには、国王陛下が座っている。
そして、その机の両脇を囲うように、国王陛下の右手に第一王太子殿下、左手に宰相が揃っている。
セシルは机の前まで進んできて、静々と、深く頭を下げるようにお辞儀をする。
こう、小説でも、漫画でも、西洋の宮廷・宮殿物語では、大抵、貴族の貴婦人は、お辞儀をする場面がでてくる。
ドレスの裾を摘み、静々と頭を下げながらお辞儀するやつだ。
そう言った場面を想像したり、漫画で見ている分には、とても美しい礼儀作法に見える。おしとやかなレディーを、正に映しているような姿勢である。
だが、実際問題、お辞儀をしている本人は、ものすごい脚力が必要なのだ。
お辞儀をする際に足を屈め、その足がプルプルと震えないように静止できる筋肉。それから、膝を折っている時間が長くても、後で筋肉痛にならない忍耐。
お辞儀をしていても背筋は、ピシッと真っ直ぐに。
その姿勢を保ったまま。立ち上がる時も、ゆっくりと、形を崩さず、姿勢を崩さず、ものすごい労力と努力の結晶を見せなければならないのである。
「顔を上げよ」 と言われるまで、一体、どのくらいの時間、同じ姿勢で我慢しなくてはいけないのか、貴族社会というものは、華やかで煌びやかなことばかりではない。
地味な努力と忍耐の繰り返しで、この完璧なほどのお辞儀ができるのだ……。
そして、お辞儀をしている相手の気分次第で、いつまで経っても顔を上げられない場合だってある。
今回だってそうだ。
だが、長い前髪に隠れて、セシルの表情は見えない。
「顔を上げよ」
来ました。
定番のセリフ!
それで、静々とセシルが姿勢を正し、そっと、手前で手を重ねるようにして起立した。
だが、微かにうつむき加減で、国王陛下の顔を真っすぐ見ることはない。視線を合わせることもない。
「今日、この場に呼ばれた理由はわかっているだろう?」
まず、国王陛下が口に出した。
セシルからの返答はない。
許可なく、臣下が口を開くことは許されていないからだ。
「まったく、誉ある王立学園の卒業式だというのに、あのような醜態をさらけ出し、一体、どういうことだ? 貴族としてあるまじき行為ではないか」
問題を起こしたのも、醜態をさらけだしたのも、もちろん、セシルではない。
あの侯爵家のバカ息子だ。
だが、セシルからの返答は一切ない。
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