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Part1

А.а 始まり - 03

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「話をそらさないでください。私は、そのひどい仕打ちを説明していただけないか、と至極簡単なお願いをしたのです? 質問に答えられないのですか? 話を、一々、逸らさないでいただけますか? 余計な混乱を生むだけですので」
「なっ……!」

 あまりに淡々と、静かで、穏やかな態度も口調も変わらず、それなのに、しっかりとした侮辱を受けて、少女の顔がカッと赤く染まった。

「証拠がないのですか?」
「ありますわっ!」

 セシルに(わざと) 促されたかのように、そう誘い込まれたとも知らず、全く無知な少女は、ここぞとばかりに胸を張るかのように逸らし、セシルを睨みつけた。

「ありますわよ。わたくしなど、廊下で突き飛ばされたのですわ。なにもしていないのに、いきなり、ドンッと、わたくしを、まるで、廊下から突き飛ばすほどの勢いで……。わたくしは、あまりの驚きでなにもすることもできず、目の前にいるあなたが、わたくしに怪我をさせたんですからっ!」

「どんな怪我ですか?」
「足首をひねったのよっ! なんて、ひどい……」

「その時の治療証明書はございますか?」
「そんなものあるわけないでしょう?」

「なぜです?」
「えっ――? なぜって――」

「足首をひねったのに、治療を受けなかったのですか?」
「わたくしは……あまりの驚きとショックで、そこで呆然としてしまったのですもの……」

「なるほど。では、足をひねったのは、どちらの足ですか?」
「右足ですわ」

「怪我が治るまでの日数は、どのくらいですか?」
「どのくらい? ――って、そんなの知りませんわ……。普通、そんなこと考えていないでしょう?」

「そうですか? 足をひねったのなら、しばらく動きが不自由で、歩くこともままならないでしょう。それなら、怪我をさせた張本人が腹立たしく、普通なら、足を捻った日数くらい、覚えているものではありませんか」

「1週間よ」
「覚えていらっしゃらなかったのではないのですか?」

「それくらいの日数に感じただけですもの。一々、覚えてなどいるものですか……。――あの時は、とてもショックで……」

「話を逸らさないでください。今は事実のみを確認していますので、男爵令嬢のお気持ちは、今は考慮しておりません」
「なっ――! なんてひどいっ……。――ジョーラン様、お聞きになりまして? わたくしの気持ちを無視するなんて……。なんて、ひどいっ……」

 それで、うわぁ……と、少女がジョーランの腕にしがみついた。
 ジョーランの顔が紅潮し、その怒りの眼差しを、キッとセシルに向ける。

「お前っ! いい加減にしろっ――」
「怒鳴らなくても聞こえています。話がややこしくなるので、少し黙っていてください」
「なにをっ――!」

 自分の言うことを聞かず、このジョーランに言いつけてくる女など初めてで、ジョーランの顔が更に紅潮していく。

 だが、セシルはそのジョーランを(完全に) 無視して、続ける。

「それだけですの? たった一つのみで、“ひどい仕打ち”というには、足りないように思えるのですが?」
「……もちろん、たった一つじゃないわ……」

 なんて、泣き真似が上手いのだろう。

 主演女優賞は(絶対に)もらえないが、それでも、瞳の周りにきらきらと浮いている涙は、賞賛ものである。
 目薬を隠しているように見えなかったのに。

 そうなると、本気でウソ泣きの涙を出せられるらしい。

 まあ、すごいこと――などと、セシルはあまりに冷めた目を向けて、感心している。

「では、他にはなんでしょう?」

「他には――そうっ! 制服を破られたのよっ。メチャメチャに切り刻まれて……。わたくしが一体なにをしたというのです……? ジョーラン様の婚約者だからと……あまりにひどい仕打ちですわ…。あの時のわたくしなど……制服が着られなくなり、肌も見せてしまい……もう……なんと、恥ずかしかったことか……」

「どのように破られていたのですか?」
「メチャクチャに切り刻まれていた、と言ったでしょうっ? 聞こえなかったの?」

「ちゃんと聞こえていましたよ。ですから、お聞きしているのです。どのように、切り刻まれていたのですか?」
「メチャクチャよっ!」

「なるほど。ご存じないかも知れませんが、制服でも、着ている洋服でも、滅茶滅茶になるほど切り刻むような芸当ができるのは、その制服を脱いで、たいらにした状態でなければ、非常に難しいものなのです」

 生きている人間が、それも、動き回って意識がある人間を押さえ込んで、それで、着ている洋服を切り刻むなど、たった一人の人間でできることではない。

 意識があるのなら、抵抗もするだろうし、暴れまくるだろうし、そんな中で、体に傷をつけずに洋服を切り刻むのは、ほぼ不可能だ。

「切り刻まれている間、どうやって大人しくなされていたのです? まさか、恐怖で体がすくんだ、などという戯言ざれごとをお吐きになるのではないのでしょう?」

 女性一人を押さえつけるには、セシル一人の力だけでは無理がある。
 せめて、抵抗する人間を押さえつける者が二人――いえ、三人だろう。

 両腕と、両足を押さえつけなければ、洋服を滅茶滅茶に切り刻むことなどできないから。

 理論的に、あまりに冷静に、的確に、セシルが指摘する。

「その三人は、どこにいるのですか?」

「そ……そんなの知るわけがないでしょう?」
「なぜです?」
「なぜ……って、それは……」

 未だに態度も変わらず、慌てることもないセシルに、鼻息荒く、少女が忌々し気に睨みつけてくる。

「では、他にはないのですか?」
「あるわよ。今度のは、証人だっているんですから」

 へえ、とセシルは全く興味もなさそうな相槌を返すだけだ。

「わたくしの私物がいつも盗まれて、物が消えてしまうのです。それも、あなたがやったんですわ! そして、それをわたくしに見つかり、口封じの為に、わたくしをド突いて、その反動で、わたくしなど、階段から落ちるところでしたのよ……。わたくしを殺す気だったのですわっ!」

 最後の一言を聞いて、兢々きょうきょうと二人のやり取りを見守っていた周囲の生徒達が、ざわめきだす。

 なんてひどいことを……と、ひそひそと囁き合って、いかにも、セシルが殺人犯のような態度で、会場にいた女生徒などは顔を逸らしている。

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