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Part1

* А.а 始まり *

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「いいかっ、セシルっ!お前は根暗で、華やかさに欠け、目立つところも何一つない。そんな地味な女に、侯爵家の妻が務まるはずなどないっ。今日ここで、お前に婚約破棄を言い渡してやるっ!」

 なんて、バカ臭い。
 アホ丸出し。
 能無しがよく言うわ――

 それが、一番最初の印象で、呆れを通り越して、かける言葉も見つからない。

 派手に仁王立ちして、ビシッ――という効果音が聞こえてきそうなほど腕を高く上げ、セシルに向かって指を指している本人は、悪名高き、ホルメン侯爵家嫡男ちゃくなん、ジョーランである。

 その腕にぶら下がるようにいる小柄な少女。ふわふわとした柔らかで、清楚な容姿が可愛く、くりくりとした瞳をセシルに向け、その顔は怯えをみせているが、その瞳の奥に光っている意地の悪さは隠せていない。

 周囲にいる生徒達が、一体、なにが起こっているのか――とザワつきだして、この派手なパフォーマンスもどきの一大事を見守っている。

 今日は、ノーウッド王国王立学園卒業式。
 王都に唯一ある学園で、ほぼ、王都にある全貴族の子息・子女が通うといっても過言ではない学園である。

 元々、上位貴族や高位貴族の子息などは、幼い時から家督を継ぐべく家庭教師がついて、帝王学から、なにやら、剣技までも英才教育を受けているものだから、集団で通う学校や学園に通学する必要なない。

 貴族の子女と言えば、上流階級での婦女子、淑女のたしなみと礼儀を教育され、物静かで、嫋(たお)やかなレディーを作り上げていくことに余念がない。学園に通わなくても、早婚で婚約、結婚を望む子女はたくさんいる。

 それでも、王都に設置されている唯一の王立学園の卒業証明書は、将来の貴族として重要とされているものだった。ただ単に、自分たちが教育を受けてきたことを、公でも証明してもらいたいだけなのだろうが。

 16歳になる年に、全貴族の子息・子女が学園に入学し、二年間学園に通い、そして、卒業できるという仕組である。

 現代の日本のように、学校、企業関係の始まりが四月ではあるが、ノーウッド王国の新年は、一月から全機能が始まる。
 それ故に、王都唯一の王立学園の卒業式は、十二月、年の終わりに行われる。

 学園内にある、大きな晩餐会ばんさんかい用のホールに卒業生が全員集い、卒業式の運営、手伝いなどで呼ばれている下級生達も、かなり揃っている。

 フォーマルなイブニングコートを着用した貴族の子息達。華やかなドレスをまとった子女達。学園の制服を着た少年・少女。

 そして、王立学園の教師陣と共に、卒業式の挨拶をするノーウッド国王陛下。
 今日は、王太子殿下も付き添っているようで、その二人の護衛をしている、王宮騎士団の騎士達がその後ろにズラリと並んでいた。

「俺は知っているぞっ! お前っ、リナエと仲良くなった俺に嫉妬し、リナエにひどいイジメをしたそうだな。なんて下賤げせんな有様だ。令嬢の端くれにも置けない行為ではないか」
「ジョーランさま……」

 過剰に熱血していくバカ侯爵息子、ジョーランの側で、怯えたように震えている小柄な少女が、ギュッと、ジョーランの腕をもっと強く握りしめていく。

「リナエ、心配するな。こんな心もないような女など、俺が成敗してくれる」
「本当……ですか?」

「ああ、そうだ。罪もない令嬢を痛めつけるなど、そんな行為が許されるはずもない。伯爵家など、断罪にしてくれるわ」

 随分、偉そうに吠えてくれるものである。

 お家断絶、家名断絶――など、一介の貴族の子息が簡単に決めれるような決断でもない。
 まして、侯爵家嫡男だろうと、証拠もなしに伯爵家を貶めるような行為も発言も、上流貴族としては許されない行動だ。

「婚約破棄に関しては、全く異論はありません。婚約破棄を承諾いたします」

 今まで一切口を開きはしなかったセシルが突然口を出したことで、その場で、一気に全員の視線がセシルに集中した。

 セシルは微かにうつむき加減で、伸びた前髪に隠れて、その表情が見取ることはできなかった。
 着ているドレスはシンプルで、薄い紺地のドレスを着込み、襟元が隠れ、長袖にもフリルやレースがあるのでもなく、ドレスのスカートだって、一応、ふわりとはしていても、それだけだ。

 シンプル――と形容はできるが、地味で、魅力の欠けるドレス――とも言えない簡素なドレスだった。

 静かにたたずんでいるその様子は細身で、濃い焦げ茶色の髪の毛を緩く後ろで結んでいて、髪飾りや他のアクセサリーも身に着けてはいなく、長く伸びた前髪が額を覆っていて、全体の印象からしても――地味な女、だった。

「婚約破棄だ。当然だろうが」
「ええ、わかりました。婚約破棄の件は承諾いたします。幸い、今は、国王陛下の御前ごぜんでもございますし、このまま、国王陛下に婚約解消の許可をしていただきましょう」
「おっ、おう……。それがいい」

 スラスラと、全く声音も変わらず、態度も変わらず、勢い込んでいたジョーランも、なんだか足並み崩されて、セシルにただ頷いてしまっただけだ。

「その他の中傷、または証拠なきの虚偽きょぎ、その告訴行為、公での伯爵家の名誉棄損などの件は、後々、清算しなければならないでしょうが」

「名誉棄損? ふんっ、ふざけたことを。お前がリナエを痛めつけ、いじめた証拠は上がってるんだぞっ。しらばっくれようが無駄なあがきだ!」

「それは、後々にきちんと判明することですので――まずは、婚約破棄、そして、婚約解消の件について、早急に解決すべきでしょう」

 あまりに大ごととなるスキャンダル、伯爵家の汚名もどき事実――なのか事実でないのか。おまけに卒業式、それも、国王陛下が臨席しているその場での婚約破棄宣言。

 さすがに、唖然としている周囲の生徒達も、そこに集っている教師陣も、王家から騎士達に至るまで、に――などと強調されたその一語を簡単に見逃してしまっていた。

「婚約破棄の理由如何はそれほど問題にすることではございませんが――本当に、婚約破棄を宣言されますか?」
「当然だ。リナエを痛めつけ、いじめをするような下賤な女など、こっちからもらい下げだ」

「侯爵さまの許可はどうなさいますか?」
「父上には俺から後で話をつけておく。それで、俺はリナエを新たな婚約者と、ここに宣言する。今日は国王陛下がいらっしゃっているんだ。ちょうどよく、俺の新たな婚約者の承認を得られるであろう」

「そうですか。では、少し確認させていただきますが――そちらにいらっしゃる、クロッグ男爵令嬢とは、どのような関係でいらっしゃるのですか?」
「俺の大切な恋人だっ!」

 どうだ、参ったかっ! ――とでも言いたげな様子で宣言し、断言したジョーランは大威張りである。

 だが、周囲にいた生徒達の間で、ザワっと、微かな動揺とざわめきが上がっていた。
 そんな周囲の状況も気にせず、ジョーランはまたも威張り散らした態度で続けていく。

「お前のような根暗な女を相手にする男がどこにいる? 男一人もよろこばせられないような女など、どんな貴族の子息だろうが、相手にするものか」

「恋人――という関係は、ご自身の想像でいらっしゃいますか?それとも、周知の事実で?」
「もちろん、全員知っているに決まっているだろう。なあ、リナエ?」

 なにを馬鹿なことを――とでも言いたげにセシルを馬鹿にするジョーランが、腕にぶら下がっている小柄の少女の肩を強く抱きしめる。

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