Mr.Smile

のぼライズ

文字の大きさ

大中小

4 / 14

Mr.Smile編

第四話

しおりを挟む

「シュービアは…今日来ないよ」
ヴァンがボソッと呟き、握っていたグラスを静かに置いた。
「こ…来ないって、どういう事だよ…」
マスターが眉間にシワを寄せてヴァンに問いかけた。その横でガバラスは首を傾げた。
「…シュービアさんが来ないとなれば、代わりに…誰が家まで送り届けるんでしょう…」
ガバラスがマスターにそう言った時、マスターの頬に汗が滴り落ちるのを目にした。それを見て察したかの様に、ガバラスは店の奥へ退いた。
「…実は今朝、喧嘩しちゃったんだよ」
グラスに入っているお酒の水面に映る自分の顔を見るかの様に項垂うなだれながら、ヴァンは第一声をボソボソと発した。
「聞いてあげようか…」
腰に身に付けていたソムリエエプロンを解き、畳んでカウンターへ置いた。
ヴァンは「ありがとう」と一言残し、その後に続けた。
「シュービアに外での呑みと煙草を辞めろと急に言われてな、何か…俺の好きな事を奪われている気がして、つい俺もカッとなって互いに口論してそのまま仕事に行ったんだ。今日はそのせいもあって無性に呑みたくなっててな、あいつの言い分を無視して呑み来ちゃった訳よ」
マスターが相槌を打ち、話が終わったと思われた時に口を挟んだ。
「まぁ互いに気持ちは分かるよ、ヴァンさんの好きな事を奪われる気持ち。でも、シュービアさんからしてみればどうだろうか？」
マスターが腕を組みながらヴァンに問いかけた。ヴァンは少し首を傾げた。
「分からないか、まぁいいさ。シュービアさん自身も多少言い方に棘とげがあったかもしれない。でもそれが、「ヴァンさん自身の身体からだ」を心配している意味を含んでいるものだとしたら、どう思う？」
マスターがそう問いかけた後、少し間が空いてヴァンがまた項垂うなだれた。
「最愛の人と喧嘩できるなんて良いじゃねぇか…」
マスターがふと口を零こぼした時、ヴァンはマスターへ顔を向け悲しそうな顔で「えっ？」と言った。
「気にするな、ただの愚痴だ。それよりもう閉店の時間だぞ、今回のお代は結構だ。」
マスターがそうとヴァンは少し嬉しそうに「なんで？」と聞き返した。
「その代わりに何かシュービアさんに買って仲直りしな、まったく。」
マスターは少し照れ臭そうに言い、ヴァンに背を向けた。
「マスター…分かった、帰りに何か買ってシュービアと仲直りしてくるよ。そんで、あの小僧に伝えてくれ。やっぱあのブレスレットは返してくれって。あれシュービアから貰った最初のプレゼントだったからさ」
ヴァンは続けて「メルシーごちそうさん」と言い、店を出た。
「…ヴァンさん、仲直りできると良いですね」
ガバラスが盗み聞きしていたかのように奥から出てきた。
マスターは「あぁ」と浮かない表情でそう答えた。
「どこか胸騒ぎがするな…」
ガバラスはそれを聞き、すかさず「えっ？」と聞き直した。
「…いや、気のせいだろう。閉店準備を進めてくれ」
マスターはガバラスにそう指示し、表の看板を退さげた。

しおりを挟む