Mr.Smile

のぼライズ

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Mr.Smile編

第二話

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とある裏路地にひっそりと佇むBar【Violet】
店内はカウンター6席しかなく、40代後半のマスターと童顔の14歳の少年の2人で切り盛りしている。

「マスター、…あれ、マスター!」
入り口近くのカウンター席で水滴の付いた空のグラスを握りしめた客人がマスターを呼ぶ。
「ここにいますよ?…お会計ですね。」
洗い物をしていた手を止め、シッシッを手を払う。
「何でそそくさと帰らす!?」
「いや、お会計かと思ったもので…」
「違うよ!?…この空のグラスを見て分かんないか!マスター!」
客人は握りしめた空のグラスをマスターに突きつけた。するとマスターは少しニヤリと口角を上げ、
「ヴァンさん、飲み過ぎですよ」
と突きつけられたグラスを引き取り、代わりに客人のヴァンにお冷やを差し出した。
「…今日は何だか、飲み足りなく感じてね。」
ヴァンはしみじみとお冷やの水面を眺めて呟いた。
「何かあったのかい、ヴァンさん?」
優しくグラスを磨きながら問いかけた。そこへ奥から少年が顔を出し、そっとヴァンの傍におしぼりを置いた。
「ありがとう…あれ?この子は…?」
ヴァンは一瞬、少年と目を合わせ、目を細めた。
「この子はガバラスだ。…って言っても、ヴァンさんは毎度毎度泥酔していたから、この流れも何回目かになるかな」
ガバラスは浅くお辞儀をし、隣席のテーブルを拭き始めた。
「あ…あれ…?よく覚えてないや…」
マスターは「でしょうね」とニヤけながら呟いた。
ヴァンは手首にはめていたブレスレットを外し、
「子ども1人すら覚えられていないおじさんが悪い!…このブレスレット、あげちゃう!」
とガバラスにブレスレットを突きつけた。ガバラスはどうしようもない顔でマスターの方を見て助けを求めた。
「ちょっとヴァンさん、さすがにその高そうなブレスレットは頂けないよ」
ヴァンは「そ…そうか…」とこぼし、ブレスレットをテーブルに置き、ポケットから財布を取り出した。
「ヴァ…ヴァンさん?それはもっと頂けないよ!?」
マスターは身振り手振りで止めるも、ヴァンは何枚か取り出し、ガバラスのポケットに入れた。
「…いつもこの子にくれるのは有り難いんだけど、破綻するんじゃないの?」
マスターがそう言うとヴァンは人差し指を立て、その指を口の前に持ってきた。
「女房には…内緒だぞ?」
「誰に内緒、だって?」
ふとマスターとガバラスがヴァンの背後に目を追った瞬間、2人の口から「あっ」と零れた。
ヴァンも恐る恐る後ろを向いた瞬間、ゾッと顔が白くなった。
「あなた?」
「マ…マスター…」
弱々しい声でマスターに助けを求めた。
「もうこんな時間か…ガバラス、表の看板さげておいで」
「マ…マスター…?」
手首を掴まれ、外へ引きずられていく。
「ほら、さっさと歩きな」
ヴァンの妻であるシュービアを先頭にヴァンがどんどんと外へ引きずられて行った。
「み…見捨てないでぇ…」
ヴァンが必死で求めるが、マスターは手に顔を覆い呆れていた。
「ここにいちゃ、ダメな大人の手本しかいないな…」
ガバラスにそう言うと、
「でも、楽しい…」
と返ってきた。
マスターは「そうか」と微笑み、テーブルの上に置いてあったお冷やのグラスを片付ける。
と、マスターが何かを見つけた。
「あの人、ブレスレット忘れちゃって…」
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