マカフシギ

酒蔵

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猫呪い篇

一話 不思議な出会い

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『マカフシギ』…それは常識と言う領域から外れた超常現象及び人・団体・組織…etc、とこんな感じ。
早い話『ありえない話』だ。僕が『口裂け女に追われた』と言えば信じるかな?
多分信じない。うん、わかる。それが普通だと思う。僕も話には付き合うが信じてはと思う。で、信じるって言った人はからかってるか、逆張りしてる人か、か、ってとこかな。
さて、僕はと言うとマカフシギを信じている。これはからかってるとか逆張りとかではない。
残念ながら人間だから。



「やぁ、灰田界(はいだ かい)氏。こんにちはー!」


「…どもっす」

大学内のこじんまりとしたラウンジで座っていると女性に声をかけられた。自販機で買った熱い缶コーヒーを握りしめ…てはいないがゆったりまったりと講義まで時間をつぶしていた僕を見つけた知り合い…では断じてない。
知らない人、全くの他人、今日初めて会った人に名前を呼ばれた。

「元気ー?」

「まぁ…はい」

黒髪ポニーテールで小さくて丸い顔にぱっちり二重、ぷっくり唇、細くて小さな鼻、等出来過ぎた顔のパーツが完璧な位置に配置された清楚な女性…だが子供のような無邪気さとのギャップがまたいい、というのが第一印象。要はとても美人で性格もよさそうな人。

「失礼するねー」

僕の対面に座った。小さなガラスの机を挟んで美人と向かい合ってるこの構図。
ただ、すごく気になることがある。

「個性的な、ファッションですね」

「あ、これ?いや着れたらなんでもいいかなーって」

濃いモスグリーン色で胸辺りに『PC』と白の明朝体がプリントされた謎のパーカーと、空色のさらさらとした膝丈くらいのスカートというこの組み合わせ。僕はコンビニに行く時は上下スウェットでも出かけられるくらい疎い人間なのであまりとやかく言わないが、これだけはない、と断言できる。
しかし悲しいかな、顔がいいとこれも奇抜な最先端ファッションに見えなくもない。僕が着れば職務質問される自信しかない。

「まぁまぁ、それは置いといてさ。キミは最近を見たりー、に巻き込まれたりしたかなぁ?」

…なにこれ、マルチの勧誘?まぁ大学生とかよく騙されてるってよく聞くから気弱そうで、一人でいる僕は格好の標的ターゲットだな、と客観的に考える。
女性はなにやら難しい顔をする僕を見て反応を待っている。すごい屈託のない笑顔でじっと、僕を見ている。

「例えば例えば!妖怪を見たとかお化けを見たとか!」

マルチじゃん。すっごいマルチじゃん。お手本のようなマルチ、マルチの教科書じゃん。これ水とか水晶とか壺買わされるタイプの奴だ。はぁ、そりゃそうだよな…こんな美人様が私等に自ら話しかけてくる用なんてこれくらいしかないよなぁ…と納得しながらちょっと残念がる。
0.000…1%くらいのシャボン玉より儚い期待なんて、こんなもんよ。期待するだけバカ、宝くじ買った方がマシ。

「もしもーし?聞いてる?ねー、教えてよー」

こうなったら無視してもいいけど…聞くだけなら金なんてとられないし。人の純情を弄んだこの美人さんをちょっと懲らしめてやるか。

「見たことあるって、言ったらどうする?」

「あー、やっぱりそうだ!そうだよね!!良かった~。最近からね~」

あれ、何この反応。確認がとれてそちらが勝手に安心したような、僕が腑に落ちない感じ。
見たことあるって言ったら如何わしい商品がポケットから出てくるんじゃないのか?

「おおっと、自己紹介が遅れたね!私、依木命(よりき めい)!人文研究科一年よろしくー!」

依木…命、僕が言うのもなんだが珍しい名前…と一年生か。僕は二年生なので一応先輩になるが上下関係については失礼がなければ無礼講、スタイルなので特に問題としない。で、人文研究科、えっと人類文化研究科だっけな、聞いたことはあるが人は少ないからあまり詳しくは知らない。
さて、自己紹介されたわけだしこちらも返すとしよう。一応形だけでも。

「日本文学科2年、灰田界です。よろしくです」

「うん、知ってる」

うん、。出会った瞬間には名前呼ばれてたし、そんな気はしていた。

「なんで知ってるのかな?」

「調べたから」

「なんで?」

「だって興味があるから。変な人だしね」

依木さんは親指を立ててグッド!そっか、そっか。
…うーむ、変な人だから興味があるって喜んでいいものか。と言うかなぜ僕が変な人なんだ。
奇抜な組み合わせの美人であるそっちこそ変な人じゃないのかな。量販店のグレーの長袖にジーパン、高校の時から履いている赤と白のよくあるスニーカーの僕なんてThe量産型大学生である。勝負にならない、5回コールドである。
あぁ、異性として興味があるって思ってしまった僕の儚い期待は数秒ではじけ飛んだ。夢を見る時間もなかった。
喜ぶ瞬間もなかった。せめて変な人なんて言わなかったら…楽しい時間を少し、過ごせたのに。

「何考えてるの?カイくん」

下の名前で呼ばないでよ…今の僕にはとても残酷な一言なんだよ、依木さん。思わず机に突っ伏す。

「もしもーし」

「はい…」

「あ、生きてる。じゃ話し戻すけどさ…カイくんは何モノなの?」

「な、何者と言いますと?」

「普通の人間じゃない、とか?もしくは他人と違うモノを持って、とか?」

思わず顔を上げた。。すると無邪気な笑顔だった依木さんの表情は確信を突いたと不敵な笑みを浮かべた。同じ笑顔なのに、こうも雰囲気ががらりと変わるなんて。

「ん、どうしたの?何か引っかかった…?」

「あ…いや、別に」

「そっかー…キミは何か持ってしまったんだね」

その不敵な笑みもかわいい…けどそう簡単に話せる程軽い話じゃない。話す相手を選ばないと大変な目に遭うかもしれない…という直感だけが根拠だけど。まだ依木さんを信頼してる訳じゃないし、話す相手を選ぶ権利だってある。

「何のことですか?」

そもそも『なぜ僕にその質問をする』…いや、『なぜ僕にその質問ができる』んだ。勿論、僕がであるとほぼ確信を持っていたからできたってことに違いない。じゃあなんで『僕にその質問ができた』んだ?
僕の中で膨らむ懐疑心、それが一層依木に対する態度を硬化させた。

「あははー、警戒されてるね。でも嘘は良くないんじゃないかな?ほら、お姉さんに正直に話してご覧」

「何をですか?昨日の晩ごはんですか?」

「料理できなさそうな顔してるし、どうせ簡単なインスタントとかでしょ。カレーとか?あ、そっちじゃなくて…キミ自身のこと!」

何故バレたんだ。エスパーかこの子。そして真面目に答えてくれんだ。優しいなこの子。こんなシチュエーションじゃなければ和やかな談笑で済んだのにな。

「どうしても話してくれない?」

「話す話さない以前に、僕には何のことやら…」

「私がここまで言うのは嘘をついている確証があるからって考えなかった?」

「確証ですか…ならそれを教えてもらいましょうか」

「おーきーどーけー。まず人は嘘をつく時に、と言うか後ろめたいことをするときは何かしら体に無自覚なサインが出るの。それはちょっとしたことだけどさ、注意深く見てたら割と気付ける、かもしれないレベルのサインがね」

聞いたことはあるけど、それを実践する人を初めてみた。そんなミステリーの定番ネタをここで僕に試そうってことか?流石にその手には乗らない。

「カイくんの場合目線だね。嘘をつく時に一度下を見てから話す。さっきまでの会話で途中から一度視線を落としてから話すようになってさ。」

自分ではわからないし、そうなのかもしれない。注意深く見ていたら視線の動きには気がつくかもしれない。でもサインに気がついてもそれは疑惑でしかないし、まだ決定的な根拠にはなっていない。それに僕にサインのことを今得意げに話したせいで、僕からサインが消えるのは確実。これが彼女の言う確証なら薄っぺらいと言わざるを得ない。
ホームズになり損ねたワトソン君よ、ふふ、ツメが甘いね。逆に利用させてもらうよ。

「そうかなぁ…わからないな。」

じっと彼女を見ながら伝える。あまり人をじっと見るのは苦手だが、ここで怯んだら終わりだ。

「じゃ、改めて聞くけど君は何も知らない。存じないと。」

「はい」

互いに見つめ合う。依木さんは相変わらずニコニコしているが、その腹の裏で何を考えているか…読めない。
僕からサインが消えて困惑してるのかな、と考えたりしながら面白くないにらめっこを続けること数十秒。
突然依木さんが笑い出した。口元を隠して小さく体を震わせる笑い方に育ちの良さを感じる。

「いやーごめんね、嘘ついて。でもこんなに上手いこと引っ掛かってくれると思わず笑っちゃうよ」

美女を笑顔にできたのはうれしいが、僕はどうやらはめられたみたいだ。
依木探偵は僕の裏の裏を突いてきた…ってことか。

「本当は嘘をつくとき眉がちょっと上がるの、さっきの確認のときも上がってたよ。そして視線はずっと私だった。さっきまでじっと見てなかったのに、ね。」

…あぁ、これ一杯食わされたってことかぁ。そうだよな、よくよく考えれば僕の方が浅はかだった。サインなんて疑惑でしかないことなんて言い出した依木さんだって分かってたはず。だから疑惑を確信にするために、サインを使わせた…嘘をついていると体で自白させた、ということ。


「なるほど…やられた。依木さんは探偵かその類の方?」

「さぁ?どうでしょう」

「とっても気にまりますね」

「秘密」

美人でミステリアスで聡明であると。ダメだな、勝てる要素がない。
このまましらを切り続けても逃げ切れる自信がない。逆に彼女を嵌めて情報を聞き出そうと考えたが、こりゃ無理そうだ。素直に交換取引を持ち掛けるしかないか。彼女を信用したわけじゃないが、このままむざむざと引き出されるくらいならこっちも何かを得てやろう。

「さーてと、カイくんに話してもらおうかな」

「…わかりました。ただし条件があります」

「何かな?肉体関係?」

「そうじゃなくて依木命について教えてほしい。キミも僕と同じなんでしょ」

「うん同じ同じ。おーきーどーけー、キミが話したら私も話そう。」

何点か口をはさみたいところはあったが今はいい。あえて軽く流す。
ごほんと軽く咳払いし、数秒目を瞑って雰囲気を変えたところで、ゆっくり口を開いた。

「黒猫が夜自分の歩いている前を横切ったらどうなるか知ってる?」

「お、有名な都市伝説だ。あれだよね、不幸になるとかかんとか」

「そんなとこかな。じゃあ『化け猫が横切ったら』どうなると思う?」

依木さんはうーんと唸った後閃いたようで答えを出した。

「3日以内に全身から血を噴いて死ぬ」

「そんないい顔で恐ろしいこと言わない。

「えー間違いかぁ。じゃあを教えてほしいなぁ」

「正解は『呪われて猫になる』でした」

そう言いながら床に降ろしたリュックから取り出したのはアメリカンショートヘアーがプリントされたパッケージ。個包装タイプで、中はササミを一度ペースト状にしたものを味付けされたものだ。cmもやってるし誰もが見たことはある猫のおやつだ。
勿論周囲に猫などいないが、それを一つ取り出して封を切り、軽く押し出して少しだけササミを出すと迷わず口に入れた。そのままちゅるちゅると一気に吸い出して数回噛んでから飲み込んだ。それだけに飽き足らず350mlの保温ジャーも取り出して開ける。そこには温かいスープ…ではなく大豆ほどの大きさ茶色の固形物が詰められていて、どこからか取り出したスプーンですくって口の中へ。
ぼりぼりと子気味良い咀嚼音を鳴らしてから水筒を取り出して中の液体を固形物ごと胃に流し込んだ。

「猫のおやつ、キャットフード、牛乳…なるほど、まさに猫人間!!」

デパートの屋上のヒーローショーを楽しむ最前列の少年のようにすごいキラキラした目で言われた。こんなもの見れば少なからず嫌悪感はあると思うが、それを一切感じられない純粋な興味から来る目。やんわりとでも拒絶されたらどうしようかとちょっと心配だったけど無用だったみたいだ。

「じゃあさ!尻尾とか耳とか生えてるの!?」

「今は生えてないよ」

「いつ生えるの?」

「わからない。永久に生えてほしくはないけど」

生えてきたらもう外歩けないな。それに男が猫耳はやしても何の得にもならない。

「カイくん猫耳似合うと思うよ」

「依木さんの方が似合うよ」

「え~本当?じゃあ私も呪われてみよっかな」

「辞めといたほうがいいよ。依木さん可愛いし誰かの飼い猫にされちゃうよ」

「大丈夫、私は誰にも飼えないよ。もし仮に飼いたいなんて言ってきた奴いたら首に嚙みついて殺しちゃう」

なんて恐ろしい猫なんだ。化け猫よりタチが悪いぞこの猫娘。
つか、なんだこの会話。僕も流れに任せてらしくないこと言ってしまった。話を戻すか。


「まぁそんなわけでこれが僕の今最大の悩みで人に言えない秘密」

「いいね、興味出てきた。じゃさ、どこでどう呪われたとか、呪われてから今まで呪いがどう進行してきたとか、ほかに猫っぽくなって困ってるところとか聞きたいな」

ここまで言ったし、とことん話して楽になるか。牛乳を飲んで一息ついてから、話始める。
記憶を遡る必要もないあの日の話をする。きっと親の顔や自分の名前を忘れてもこの日だけは忘れない。今から半年前の1年の冬のあの日の事を‐‐‐。

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