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第39話 琢磨の新たな力

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 シエラは倒れ込んでくる琢磨を支えるとその場にしゃがみ込んだ。レッドドラゴンの咆哮《ほうこう》による痺れはもうない。効果は一時的だったようだ。
 シエラは琢磨の様子を見る。どうやら意識がないようだ。体のあちこちがひどく焼けている。あの破壊力でこれで済んだのはある意味、僥倖《ぎょうこう》だ。琢磨が咄嗟にファイヤーウォールを展開したことで、多少なりとも威力を相殺したようだ。そうしてなければ今頃、琢磨諸共、消し炭になり跡形もなかっただろう。
 シエラはあらゆる系統の魔法を使えるが回復系魔法だけは使えない。どんな傷も自然治癒し、おまけに死ぬこともないのなら覚える必要がなかったからだ。だが、瀕死の琢磨を見た時、どうして、覚えておかなかったんだろうと後悔した。シエラは急いで琢磨の懐から神聖水を取り出す。この間、シエラは無防備だったがレッドドラゴンは手を出す素振りがない。もはや助からないと思っているんだろう。だが、シエラは諦めない。やっとともに歩ける人と出会ったばかりなのにこんなところで終わってたまるかという思いに突き動かされていた。
 神聖水が入っている試験管の蓋《ふた》を開けると琢磨のやけどしている部分に振りかけた。そして、もう一本取りだすと、意識のない琢磨に代わって、口移しで飲ませる。しかし、傷は癒えたと思うと違う個所の傷口が開いた。まるで、今まで受けたことのある傷が開いてるようだ。神聖水の効果は表れてるようだが、回復が追い付かない。

「なんで!?」

 シエラは半《なか》ばパニックになりながら、手持ちの神聖水を使うが、効果が薄い。その様子をレッドドラゴンはほくそ笑んだ様子で見ている。
 実はレッドドラゴンの吹き出す炎には受けた者の古傷を一斉に開くという付属効果がある。それでも、大抵の傷なら神聖水で治るはずだった。しかし、琢磨はこの異世界に来てから魔物を喰らい続け、強烈な痛みに耐えながら、体を作り替え、今に至っているのだ。その時の痛みが全部同時に琢磨の体を駆けずり回っている。幸い意識がないため暴れる様子がないが本来なら発狂しててもおかしくないほどの痛みが襲っている。あまりの痛みで意識が覚醒してもおかしくないが、戻らないということは死ぬ寸前だ。その証拠に・・・・・・。

「あ! 主従契約の証が!?」

 琢磨の右手の甲に刻まれてる主従契約の印が点滅して消えかかっている。

『無駄なことはやめよ、吸血鬼の少女よ。その人間はもう助からん。我の炎をくらっては天使どもですら消し炭になるだろう』
「・・・・・・うるさい!! だまれ~っ!!!」

 レッドドラゴンの物言いにシエラは恫喝する。その目は金色に輝き、体の周りで電気が放電している。シエラの怒りに魔力が呼応して溢れている。

「・・・・・・死なせない! タクマは私が助ける!」

 そう決意したシエラは自分の唇を噛みきり、そのまま自分の血を飲ますように口づけした。シエラの体はどんな傷もすぐに自動回復して完治してしまうことを利用して自分の血を飲ますことに賭けた。シエラ自身今回が初めてでどうなるかはわからない。だけど、このままじゃ琢磨の死を待つだけしかなかった。普通の人間がシエラの血を飲んだら体が耐えきれなくてすぐに崩壊するだろう。だが、琢磨は多くの魔物を喰らいその能力を自分のものにしてきた。・・・・・・故に賭けたのだ。琢磨なら自分の血を飲んでも克服してくれると・・・・・・
 結果は――

「うぐっ」
 琢磨がうえくと金色の光に包まれて体が治癒されていく。そして、消えかかっていた主従契約の印も元の輝きを取り戻していた。

「タクマ・・・・・・タクマ!」

 シエラの呼びかけに応えるように琢磨の瞼《まぶた》が開いていく。

「よ、おはよう・・・・・・」

 シエラは琢磨の意識が戻ると琢磨の胸に飛び込んだ。

「泣くなよ。シエラのおかげで助かったんだからな」

 琢磨は飛び込んできたシエラを優しく抱いている。

『バカな・・・・・・あんな瀕死の状態から復活するなんてありえない。貴様、本当に人間か!?』

 レッドドラゴンは倒したと思っていた琢磨の復活にたじろいでいる様子だ。
 そんなレッドドラゴンを意に返さず、シエラの頭を琢磨は泣き止めよという感じで左手でポンポンしている。失ったはずの左手で――

「タクマ、その腕!?」
「ああ、どうやら再生したらしいな。もしかしたらシエラの回復能力は欠損部分も治るのかもな」

 琢磨は再生した左手の機能を確かめるようにグーパーと手を開いたり閉じたりしている。

「シエラ、下がってろ。後は俺がやる」
「タクマ!?」
「安心しろ。俺は負けない。それにさっきから俺の中から溢れそうな力を感じるからな」

 琢磨はレッドドラゴンを睥睨《へいげい》する。

『貴様、性懲りもなくまた我に挑むか。せっかく助かった命を無駄にしたら吸血鬼の健診が無駄になるぞ』
「お前には負ける気がしないな」
『クックックッ、バカもここまで行くと呆れて笑えてくれるわ。先ほど死にかけたことを忘れたというならもう一度思い出させてくれるわ』

 レッドドラゴンは魔力を口に集約すると、炎のブレスを吐き出した。
 吐き出された炎に対して琢磨は左手を前に掲げた。その直後、琢磨に直撃した。
 激しい爆風と共にレッドドラゴンの勝ち誇った声が聞こえる。

『今度こそ終わりだ。あの世で後悔するがいいわ』

「・・・・・・何だ、この程度か?」

 爆風でできた煙が晴れていくと、無傷の琢磨の姿があった。

『バ、バカな!?・・・・・・』

 琢磨の周りの床は高熱で溶けている。だが、琢磨が立つ場所から後ろの床が全然解けていなかった。そのことから何かしらの方法で防いだことが窺《うかが》える。
 レッドドラゴンは琢磨の左手が発光しているのを見逃さなかった。

『キサマッ! 我の魔法を相殺するとはやるではないか。どんな強力な魔法を使った』
「んっ、こいつはただのファイヤーボールだ」
「・・・・・・な・ん・だ・と!! 我を愚弄するか。たかが我の外皮にも傷つけられないファイヤーボールごときで我の炎が防げるわけなかろうが!!』
「本当のことなんだけどな」
『どこまでも我を愚弄するか! 今度は我の全力の魔法を見せてくれるわ!」

 琢磨は気づいていなかった。シエラの血を体内に取り入れたことで身体能力が何倍も増加していることを。初級魔法であるはずの【ファイヤーボール】が究極魔法に匹敵するほどの威力があることを。
 そうとは知らずレッドドラゴンは究極魔法を唱えていた。
 レッドドラゴンの左右に巨大な魔法陣が浮かび上がり、そこから赤い魔力の糸が伸びていきレッドドラゴンの口の前に出来た赤黒い球体に注がれている。その球体は魔力を蓄えるたびどんどん大きくなっていく。

 一方、レッドドラゴンが魔力を蓄えてるとき、琢磨の体も異変が起きていた。
 ドクンッ、ドクンッと心臓のあたりで脈打つスピードが小刻みになっていく。

(なんだ、俺の中にある力が今にも吹き上がりそうなほどのパワーを感じる)

 琢磨は自分の中に感じる尋常じゃないパワーが左腕の再生といい、シエラの血を飲んだことで一時的にステータスがブーストしたのか定かじゃないが、レッドドラゴンを倒せることに比べれば些細なことだった。

『待たせたな。これが我の究極魔法だ。仮にさっきのが本当にファイヤーボールだとしてもこれは何十倍にも膨れ上がった黒い炎の塊だ。かすっただけでも人間には耐えられない高熱が襲い、跡形もなく塵となって消えるだろう。そうなっては、そこの吸血鬼がいかな存在であろうと復活させることはできまい。なにせ存在事消し去るからな。では、サラバだ!!!』

 黒い球体に収束された力が一気に解放され、赤黒い炎が辺りを融解させながら琢磨の背後にいるシエラごと焼き尽くそうと琢磨に迫る。
 琢磨は、脈打つ鼓動を抑えるように心臓辺りに手を当てると、心地よいエネルギーを感じ取り、心の思うまま右手で引き抜くと、そのまま迫りくる赤黒い炎を斬り裂いた。
 そのまま斬撃はレッドドラゴンの体を斜めに斬った。

『ぐはぁぁあああっ!!! な、なんだと!?』

 レッドドラゴンは斬られたところを抑えながら、二、三歩後ずさる。

『我の究極魔法を切り裂くとは・・・・・・グフッ・・・・・・キサマァ、なにをした?』

 レッドドラゴンは琢磨を見ると琢磨の右手に金色に光輝く物が握られていた。それは刀だった。先端に向かうにつれ沿《そ》っている。そして、取っ手の部分には竜が象られており、目が紅く輝いている。やがて、光が無くなると刀身は銀色になり、象られている竜の目の輝きもなくなった。刀を使うときに力を発揮するんだろう。今のこの状態は待機状態なのかもしれない

『・・・・・・そうか、そんななまくらで斬ったというのか。人間だと舐め腐った結果がこれか』

 ぱりん、

「なんだ?」
「たぶん魔王様の結界破壊した。・・・・・・そんだけの威力、タクマの攻撃に備わっていた」

 結界が崩壊すると広い空間だった。周りにごつい岩などがあることからダンジョン内に間違いないだろう。
 レッドドラゴンは上昇すると、

『我の体にこれだけの傷をつけるとは・・・・・・人間。たしかタクマといったな。この礼は傷が癒えたらたっぷりしてくれる。そのときに我の体に傷をつけた事を後悔しても遅いからな! その時を楽しみにしておけ!』

 そう言うと、レッドドラゴンは上空に空いてる穴から飛び立ってしまった。結構な高さに穴があり、その中心に満月が見える。どうやら、あそこから外に出られるようだ。だが、空を飛べないとどうしようもない高さだ。他の手段を探すしかない。緊張の糸が切れたように琢磨は後ろにぶっ倒れた。

「タクマ!」

 シエラが慌てて琢磨の元に行くが――

「流石に・・・・・・疲れた。・・・・・・ちょっと寝る・・・・・・」

 シエラは寝息を立て始めた琢磨の頭をそっと膝の上に置き、膝枕すると労《いた》わるように琢磨の頭を撫《な》で続けていた。
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