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おますの目が点になった。その様子がホタルはおかしくて笑った。
「おますよ、何という顔をしているんじゃ。他の写真が見たかったら、おそらく仏間にあると思うから好きに見てれ。それよりも今日の晩飯はなんじゃ? せっかく先生からの贈り物の炊飯器がある。そうだ、白米と焼肉なんてどうじゃ!」
意気揚々と話すホタルに、おますは首を横に振る。
「ダメです。病み上がりなんですから、今日はお粥です」
「えー、病み上がりだから精がつくものが食べたいのじゃあ」
今日はとってもダダっ子なホタルの言葉を無視して、台所に向かったおます。今日は卵粥にしようと決め、おますはたまごを手元に置いた。緑色の古い炊飯器にスイッチを押し、ご飯を炊く。待っている間にお供になる梅干しなどを用意する。後は炊き終わるまで待つだけ、その間何をしていようかと考え、すぐに決まった。先程の写真のことが気になり、おますは仏間に向かった。
仏間にある本棚には色々な書物があった。澁澤龍彦、宮沢賢治。伊勢物語・雨月物語・遠野物語。その他、読んだことあるものや、ないものがある。下の段に白い表紙のアルバムをおますは三冊見つけた。おますはそれを取り出し、中身を見る。すべてのアルバムを閲覧するも坂下 ホタルが写っているものは一つもみつからなかった。
「おますよ……」
急に自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、振り向くとホタルがいた。
「えっと、あの……ごめんなさい」
「何をあやまることがあるんじゃ。許可したのは俺じゃぞ」
怖い……なんだか、ホタルの声が怖い。いつもの声のトーンでやんわりとしたホタルの声が今はとても不気味に感じる――おますはホタルの顔が見れなかった。
黒と白――
この部屋を支配しているのはこの二色であった。お天道様からの光は白、それ以外は皆黒く、ホタルの手すらも黒い……。――私は何色なのだ……おますの意識がだんだんと上にいくような浮遊感に襲われ、おますは慌てて口元に手を当てる。
「おますよ!」
ホタルの声でおますの意識がはっきりとした。
「大丈夫か? 気持ち悪いのか? 洗面器を持ってこようか」
ホタルのやせ細った明るい顔を見ることができた。
「心配してくれてありがとうございます。それから、今日はお粥にしてよかった」
ホタルは一息おいて、
「そうだな」
と言った。
卵粥をおますとホタルは食べている。部屋の中は無音であった。
ホタルは咳ばらいをし、口火を切った。
「おますよ」
とおますに話しかけた。
「写真がみつからなかったこと、すごく驚いていると思う。あれはじゃな、何と説明しよう。そう仕来り、この家の仕来りなのじゃ」
おますは箸を置く。
「俺もよくはわからないんだ。民間伝承で写真を撮ると魂が取られるとか言うのがあるじゃろ、そうゆう感じじゃ。今もそうじゃが、俺は病弱だろ? 小さい頃からこの家の神事の行事でよく祀られたりしたんじゃ。俺は長男じゃし、無病息災をかねてな。弟が大きくなるに連れて、そういうのも減っていって、ある時からぱったりとやらなくなった。写真は相変わらず撮らないがな」
嘆息するホタル。
「そうだったんですね」
宗教上の問題みたいなものかと、おますは少し安心した。
「ま、だからおますが気味を悪くするのもわかるがあまり気にしないでくれ。それよりこの卵粥は美味いのう」
――ありがとうございますとおますは述べる。
「これは裏の鶏小屋から取ってきたものか?」
「え、どこですって……」
「ほら、おますの部屋の裏の馬小屋と一緒になってる」
「なんの話をしているんですか? あそこにはバイクを置いているでしょ」
ホタルとの話が嚙み合わない。なんだかもやもやする――おますはまたも、不穏な物を感じる。
「バイク……あーそうじゃった。なんだか記憶がこんがらがっているみたいじゃ」
ホタルの様子があまりにも変であった。そういえば――おますは思い出す。仏間にあったアルバムの古い写真に鶏が写っているのがあった。しかしそれは白黒写真でホタルの幼少期のようなものではなさそうなのであった。
「俺はまだ調子が悪いみたいじゃな。医者でも呼ぶか」
ホタルの発言に対し、おますは返答に困った。医者などどうやって連れてこればいいのか……。
「おますよ、今日は何月何日じゃ?」
「えっと」
おますは考える、日付くらいなら大丈夫かと――。
「八月十二日です」
「おお、そうかならちょうどよい明日は定期健診の日じゃ」
「聞いていませんが」
おますは初耳であった。この状態のホタルを理解している者、それはおそらくハーリーと何かしらの関わりを持つ者。
「何、そうなのか……まあ、おそらく昼過ぎ頃にくると思うわい。変な酔っ払いっぽいじーさんとべっぴんな看護婦さんじゃ」
機嫌よく言うホタルの言葉の意味をおますは読み取ると、べっぴんな看護師さんに会えるのが楽しみだと言いたいのだ。
なんだか、今日一日変な気苦労ばかりしてる気がすると、おますは頭を抑えるのであった。
翌日――
戸を叩く音。
「はーい、今いきます」
おますは玄関に走り、引き戸を開く。
「こんにちは、坂下 ホタルさんの定期健診に参りました」
そこに立っていたのは、
「看護師の墓下 涙です」
不穏な夏は終わらない……。
「おますよ、何という顔をしているんじゃ。他の写真が見たかったら、おそらく仏間にあると思うから好きに見てれ。それよりも今日の晩飯はなんじゃ? せっかく先生からの贈り物の炊飯器がある。そうだ、白米と焼肉なんてどうじゃ!」
意気揚々と話すホタルに、おますは首を横に振る。
「ダメです。病み上がりなんですから、今日はお粥です」
「えー、病み上がりだから精がつくものが食べたいのじゃあ」
今日はとってもダダっ子なホタルの言葉を無視して、台所に向かったおます。今日は卵粥にしようと決め、おますはたまごを手元に置いた。緑色の古い炊飯器にスイッチを押し、ご飯を炊く。待っている間にお供になる梅干しなどを用意する。後は炊き終わるまで待つだけ、その間何をしていようかと考え、すぐに決まった。先程の写真のことが気になり、おますは仏間に向かった。
仏間にある本棚には色々な書物があった。澁澤龍彦、宮沢賢治。伊勢物語・雨月物語・遠野物語。その他、読んだことあるものや、ないものがある。下の段に白い表紙のアルバムをおますは三冊見つけた。おますはそれを取り出し、中身を見る。すべてのアルバムを閲覧するも坂下 ホタルが写っているものは一つもみつからなかった。
「おますよ……」
急に自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、振り向くとホタルがいた。
「えっと、あの……ごめんなさい」
「何をあやまることがあるんじゃ。許可したのは俺じゃぞ」
怖い……なんだか、ホタルの声が怖い。いつもの声のトーンでやんわりとしたホタルの声が今はとても不気味に感じる――おますはホタルの顔が見れなかった。
黒と白――
この部屋を支配しているのはこの二色であった。お天道様からの光は白、それ以外は皆黒く、ホタルの手すらも黒い……。――私は何色なのだ……おますの意識がだんだんと上にいくような浮遊感に襲われ、おますは慌てて口元に手を当てる。
「おますよ!」
ホタルの声でおますの意識がはっきりとした。
「大丈夫か? 気持ち悪いのか? 洗面器を持ってこようか」
ホタルのやせ細った明るい顔を見ることができた。
「心配してくれてありがとうございます。それから、今日はお粥にしてよかった」
ホタルは一息おいて、
「そうだな」
と言った。
卵粥をおますとホタルは食べている。部屋の中は無音であった。
ホタルは咳ばらいをし、口火を切った。
「おますよ」
とおますに話しかけた。
「写真がみつからなかったこと、すごく驚いていると思う。あれはじゃな、何と説明しよう。そう仕来り、この家の仕来りなのじゃ」
おますは箸を置く。
「俺もよくはわからないんだ。民間伝承で写真を撮ると魂が取られるとか言うのがあるじゃろ、そうゆう感じじゃ。今もそうじゃが、俺は病弱だろ? 小さい頃からこの家の神事の行事でよく祀られたりしたんじゃ。俺は長男じゃし、無病息災をかねてな。弟が大きくなるに連れて、そういうのも減っていって、ある時からぱったりとやらなくなった。写真は相変わらず撮らないがな」
嘆息するホタル。
「そうだったんですね」
宗教上の問題みたいなものかと、おますは少し安心した。
「ま、だからおますが気味を悪くするのもわかるがあまり気にしないでくれ。それよりこの卵粥は美味いのう」
――ありがとうございますとおますは述べる。
「これは裏の鶏小屋から取ってきたものか?」
「え、どこですって……」
「ほら、おますの部屋の裏の馬小屋と一緒になってる」
「なんの話をしているんですか? あそこにはバイクを置いているでしょ」
ホタルとの話が嚙み合わない。なんだかもやもやする――おますはまたも、不穏な物を感じる。
「バイク……あーそうじゃった。なんだか記憶がこんがらがっているみたいじゃ」
ホタルの様子があまりにも変であった。そういえば――おますは思い出す。仏間にあったアルバムの古い写真に鶏が写っているのがあった。しかしそれは白黒写真でホタルの幼少期のようなものではなさそうなのであった。
「俺はまだ調子が悪いみたいじゃな。医者でも呼ぶか」
ホタルの発言に対し、おますは返答に困った。医者などどうやって連れてこればいいのか……。
「おますよ、今日は何月何日じゃ?」
「えっと」
おますは考える、日付くらいなら大丈夫かと――。
「八月十二日です」
「おお、そうかならちょうどよい明日は定期健診の日じゃ」
「聞いていませんが」
おますは初耳であった。この状態のホタルを理解している者、それはおそらくハーリーと何かしらの関わりを持つ者。
「何、そうなのか……まあ、おそらく昼過ぎ頃にくると思うわい。変な酔っ払いっぽいじーさんとべっぴんな看護婦さんじゃ」
機嫌よく言うホタルの言葉の意味をおますは読み取ると、べっぴんな看護師さんに会えるのが楽しみだと言いたいのだ。
なんだか、今日一日変な気苦労ばかりしてる気がすると、おますは頭を抑えるのであった。
翌日――
戸を叩く音。
「はーい、今いきます」
おますは玄関に走り、引き戸を開く。
「こんにちは、坂下 ホタルさんの定期健診に参りました」
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不穏な夏は終わらない……。
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