上 下
8 / 9
3話

3

しおりを挟む
 おますの目が点になった。その様子がホタルはおかしくて笑った。

「おますよ、何という顔をしているんじゃ。他の写真が見たかったら、おそらく仏間にあると思うから好きに見てれ。それよりも今日の晩飯はなんじゃ? せっかく先生からの贈り物の炊飯器がある。そうだ、白米と焼肉なんてどうじゃ!」

 意気揚々と話すホタルに、おますは首を横に振る。

「ダメです。病み上がりなんですから、今日はお粥です」

「えー、病み上がりだから精がつくものが食べたいのじゃあ」

 今日はとってもダダっ子なホタルの言葉を無視して、台所に向かったおます。今日は卵粥にしようと決め、おますはたまごを手元に置いた。緑色の古い炊飯器にスイッチを押し、ご飯を炊く。待っている間にお供になる梅干しなどを用意する。後は炊き終わるまで待つだけ、その間何をしていようかと考え、すぐに決まった。先程の写真のことが気になり、おますは仏間に向かった。

 仏間にある本棚には色々な書物があった。澁澤龍彦、宮沢賢治。伊勢物語・雨月物語・遠野物語。その他、読んだことあるものや、ないものがある。下の段に白い表紙のアルバムをおますは三冊見つけた。おますはそれを取り出し、中身を見る。すべてのアルバムを閲覧するも坂下 ホタルが写っているものは一つもみつからなかった。

「おますよ……」

 急に自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、振り向くとホタルがいた。

「えっと、あの……ごめんなさい」

「何をあやまることがあるんじゃ。許可したのは俺じゃぞ」

 怖い……なんだか、ホタルの声が怖い。いつもの声のトーンでやんわりとしたホタルの声が今はとても不気味に感じる――おますはホタルの顔が見れなかった。

 黒と白――

 この部屋を支配しているのはこの二色であった。お天道様からの光は白、それ以外は皆黒く、ホタルの手すらも黒い……。――私は何色なのだ……おますの意識がだんだんと上にいくような浮遊感に襲われ、おますは慌てて口元に手を当てる。

「おますよ!」

 ホタルの声でおますの意識がはっきりとした。

「大丈夫か? 気持ち悪いのか? 洗面器を持ってこようか」

 ホタルのやせ細った明るい顔を見ることができた。

「心配してくれてありがとうございます。それから、今日はお粥にしてよかった」

 ホタルは一息おいて、

「そうだな」

 と言った。

 卵粥をおますとホタルは食べている。部屋の中は無音であった。

 ホタルは咳ばらいをし、口火を切った。

「おますよ」

 とおますに話しかけた。

「写真がみつからなかったこと、すごく驚いていると思う。あれはじゃな、何と説明しよう。そう仕来り、この家の仕来りなのじゃ」

 おますは箸を置く。

「俺もよくはわからないんだ。民間伝承で写真を撮ると魂が取られるとか言うのがあるじゃろ、そうゆう感じじゃ。今もそうじゃが、俺は病弱だろ? 小さい頃からこの家の神事の行事でよく祀られたりしたんじゃ。俺は長男じゃし、無病息災をかねてな。弟が大きくなるに連れて、そういうのも減っていって、ある時からぱったりとやらなくなった。写真は相変わらず撮らないがな」

 嘆息するホタル。

「そうだったんですね」

 宗教上の問題みたいなものかと、おますは少し安心した。

「ま、だからおますが気味を悪くするのもわかるがあまり気にしないでくれ。それよりこの卵粥は美味いのう」

――ありがとうございますとおますは述べる。

「これは裏の鶏小屋から取ってきたものか?」

「え、どこですって……」

「ほら、おますの部屋の裏の馬小屋と一緒になってる」

「なんの話をしているんですか? あそこにはバイクを置いているでしょ」

 ホタルとの話が嚙み合わない。なんだかもやもやする――おますはまたも、不穏な物を感じる。

「バイク……あーそうじゃった。なんだか記憶がこんがらがっているみたいじゃ」

 ホタルの様子があまりにも変であった。そういえば――おますは思い出す。仏間にあったアルバムの古い写真に鶏が写っているのがあった。しかしそれは白黒写真でホタルの幼少期のようなものではなさそうなのであった。

「俺はまだ調子が悪いみたいじゃな。医者でも呼ぶか」

 ホタルの発言に対し、おますは返答に困った。医者などどうやって連れてこればいいのか……。

「おますよ、今日は何月何日じゃ?」

「えっと」

 おますは考える、日付くらいなら大丈夫かと――。

「八月十二日です」

「おお、そうかならちょうどよい明日は定期健診の日じゃ」

「聞いていませんが」

 おますは初耳であった。この状態のホタルを理解している者、それはおそらくハーリーと何かしらの関わりを持つ者。

「何、そうなのか……まあ、おそらく昼過ぎ頃にくると思うわい。変な酔っ払いっぽいじーさんとべっぴんな看護婦さんじゃ」

 機嫌よく言うホタルの言葉の意味をおますは読み取ると、べっぴんな看護師さんに会えるのが楽しみだと言いたいのだ。

 なんだか、今日一日変な気苦労ばかりしてる気がすると、おますは頭を抑えるのであった。



 翌日――

 戸を叩く音。

「はーい、今いきます」

 おますは玄関に走り、引き戸を開く。

「こんにちは、坂下 ホタルさんの定期健診に参りました」

 そこに立っていたのは、

「看護師の墓下 涙です」

 不穏な夏は終わらない……。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

遊女の私が水揚げ直前に、お狐様に貰われた話

新条 カイ
キャラ文芸
子供の頃に売られた私は、今晩、遊女として通過儀礼の水揚げをされる。男の人が苦手で、嫌で仕方なかった。子供の頃から神社へお参りしている私は、今日もいつもの様にお参りをした。そして、心の中で逃げたいとも言った。そうしたら…何故かお狐様へ嫁入りしていたようで!?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

迷惑仙台萩

音喜多子平
キャラ文芸
宮城県仙台市には「化獣(ばけもの)」と呼ばれる妖怪たちが人知れずに暮らしている。 中でも特に恐れられていたのが「こりてんみょう」と呼ばれる化獣たちだった。 その内の一匹、八木山萩太郎は術の才能に恵まれたお陰で周囲から天才と持て囃され、すっかりのぼせ上がっていた。 ひょんなことから家を出て、掟にも家訓にも縛られない自由気ままで面白おかしい毎日を過ごしていた。 そんな中、萩太郎は仙台の大学に通う一人の大学生と知り合う。 屋根付きの部屋に上げてくれるばかりか、タダ飯とタダ酒を出してくれる彼をすっかり気に入り、萩太郎はその部屋に入り浸るようになっていたのだが。。。

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

僕のイシはどこにある?!

阿都
キャラ文芸
「石の声が聞こえる……って言ったら、信じてくれる?」 高校に入学した黄塚陽介(きづかようすけ)は、以前から夢だった地学研究会に入会するべく、地学準備室の扉を叩く。 しかし、そこは彼が思っていた部活ではなかった。 おもいがけず『PS(パワーストーン)倶楽部』に入ることになってしまった陽介は、倶楽部の女の子たちに振り回されることになる。 悪戦苦闘の毎日に、恋だ愛だなど考えすら及ばない。 しかも彼女たちには何やら秘密があるらしく……? 黄塚陽介の波乱に満ちた高校生活が始まった。 ※この作品は『のべぷろ!』に掲載していたものを、あらためてプロットを見直し、加筆修正して投稿しております。 <https://www.novepro.jp/index.html>

カフェひなたぼっこ

松田 詩依
キャラ文芸
 関東圏にある小さな町「日和町」  駅を降りると皆、大河川に架かる橋を渡り我が家へと帰ってゆく。そしてそんな彼らが必ず通るのが「ひより商店街」である。   日和町にデパートなくとも、ひより商店街で揃わぬ物はなし。とまで言わしめる程、多種多様な店舗が立ち並び、昼夜問わず人々で賑わっている昔ながらの商店街。  その中に、ひっそりと佇む十坪にも満たない小さな小さなカフェ「ひなたぼっこ」  店内は六つのカウンター席のみ。狭い店内には日中その名を表すように、ぽかぽかとした心地よい陽気が差し込む。  店先に置かれた小さな座布団の近くには「看板猫 虎次郎」と書かれた手作り感溢れる看板が置かれている。だが、その者が仕事を勤めているかはその日の気分次第。  「おまかせランチ」と「おまかせスイーツ」のたった二つのメニューを下げたその店を一人で営むのは--泣く子も黙る、般若のような強面を下げた男、瀬野弘太郎である。 ※2020.4.12 新装開店致しました 不定期更新※

処理中です...