魔法使いの弟子とお手伝いさん

クイン

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3話

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 ホタルが倒れて一週間経った。ずっと寝たきりでピクリとも動かない。死んでいるのではないか……いや、もう死んでいるーーおますはそんなことを考えては、を繰り返していた。

 一人になると、つくづく、この家の広さが身に染みてわかる。廊下の拭き掃除を終え、今日のお昼は何にしようかとおますは悩んでいた。

 そういえば、ホタルが倒れて以来、ちゃんとした物を食べていない。心配の方が先行して、おますは食欲がわかないでいた。まるで、旦那の心配……いや、子どもの心配をする母親のようである。おますは想像するとおかしかった。

 そんな想像をしていたら、

「おーい、おますや~」

 と呼ぶ声が、聞こえてきた。おますはすぐに声の主の部屋にいく。ホタルの部屋の中に入ると古い玩具や懐かしいおもちゃがすぐ目に入る。すべてが〝静〟の中で動くのはベッドにいるホタルのみ。面接の時は色々な意味での緊張のあまり、ホタルしか見えていなかったが、共に生活をする中で慣れたため、よく二人で部屋に置いてある玩具で遊んだ。

 ホタルはベッドの上で座っていた。

「心配かけたな」

 苦笑いをするホタルの姿をみて、おますは胸を撫で下ろす。

「まったく、その通りですよ。すごく心配しました」

 何故か、目が潤みかかったので必死に堪えた。理解しがたい感情が、おますの心を押し上げている。まったく母性とは恐ろしいものだと、おますは無理矢理、感情の原因を名付けた。

「眠りすぎた……お腹もすいた。うん。ゼリーが食べたいな。みかんのゼリーが」

「ぶりっ子の女の子みたいなこと言いますね」

「な、な、なんじゃと!? どの辺がじゃ言うてみー」

 心外だったのか、ショックな表情が如実に顔に出ていたホタル。男性にそういうのは禁句なのだろうか……ところでぶりっ子という言葉は、80年代の方にも通じるのか、不安がよぎったが、ホタルの反応からして、通じるのであろうとおますは安堵した。

「それじゃあ、みかんのゼリー買ってきますね」

 頭を悩ますホタルを他所に、ご機嫌なおますは、出かける支度を始めるのだった。白のTシャツとニッカポッカのようなジーンズパンツに着替えて、おますは屋敷の外に出た。

 なだらかな林道の斜面をしばらく歩いて下り、公道のアスファルトが見えた。太陽は煌々と射し、逃げ水を張っている。おますは額の汗をぬぐい、最寄りのバス停へと目指す。おますはふと、来た道を振り返る。

――私が来た時となんだか道が変わっている気がする。

 この不思議な感覚を言葉で表すなら……『違和感』としか言い表わすことしかできなかった。この現象の問いをあの男にぶつけようと、おますはスマホを取り出した。

 おますがスマホを持っているのは、あの屋敷で働く前に、連絡手段として支給されたものであった。屋敷内での使用は原則禁止であり、電源は常に落としている状態。現代人のおますにとってもどかしい時は多々あった。使用する時は、こういった外出の時くらいであった。食料や生活用品は、支給されたスマホの電子マネーで決算している。

 おますはスマホの電源をONにする。色々なお知らせの通知が届いているが、肝心な内容のものは一つもなかった。

 仕方ない――返信の来ないメールにホタルが倒れたことなどの詳細や疑問をおますは打ち込む。

 ハーリーからの返信はほぼこない。たまに返ってきても〝がんばって〟とふざけた内容であった。だからなのかこの間の電話は驚いた。とりあえず送信ボタンを押し、歩みを進めた。

 利用者が普段から少ないバス停に着くと、二人の若い男が女性に声をかけていた。おますは嫌な感覚に襲われた。ついこの間、やっかいなトラブルが舞い込んで大変な目に合った。それの所為でおますは少し男性恐怖症になっている。

「よかったら、俺のバイクの後ろにでも」

「いや、俺の方でどうですか? バスもまだまだ来なさそうですし」

 いやらしい笑顔の二人の男。女性の方は声をかけてきた男性二人に興味津々といった顔であった。

「こんな時代になっても肉食系の男が生息しているなんて、今の時代も捨てたもんじゃないねえ、お姉さん嬉しい」

 と感激していた。おますは女性を改めてみると、こんな田舎ではとても目立ついで立ちであった。まず目に行くのは、ボーイッシュな髪型で、髪の一部を白に染め、黒と白のコントラストを際立たせている。それはまるで斎場でよく見かける鯨幕くじらまくを彷彿させた。

 服装は白のワイシャツに黒のベスト、蝶ネクタイ。どこかのバーテンダーみたいであった。ボディラインはくっきり、はっきりしていて、身長高めと、どこかの芸能事務所に所属しているモデルのようである。この見た目なら男が声をかけないわけないか――とおますは納得してしまった。

 女のまんざらでもないといった反応に、脈ありだと思った男達の心は踊っていた。

「どうだろう、この出会いに、記念として私から君たちに、プレゼントを送りたい。受け取ってもらえるだろうか?」

 そう言って女はビニール袋を二人の内の一人に手渡した。男はその場で中身を確認すると、驚きというよりも悲鳴に近い叫び声をあげ、女から受け取った袋を落とした。

「な、なんてものを……」

 声にならない、怒りと恐怖が男二人から女に向けて注がれた。

「おい、何をするんだ。せっかくきれいなカラスの死骸を二羽も見つけたのに」

 と言って男二人に詰め寄った。男二人もどうして自分たちが怒られないといけないのかと思うのと同時に、関わらない方が身のためだと悟ったため、すぐに自分達のバイクに乗って、この場を去っていった。

 排気音が遠ざかっていく……。女はおますの方を向いた。

「すまないね、騒いでしまって。年甲斐もなく若い男性に声をかけられてはしゃいでしまった」

 そう言って男たちが落とした袋を拾っていた。

墓下 涙はかした るいだ。よろしく」

 唐突な自己紹介。おますは戸惑った。

「えっと、増 けい子です」

 とりあえず、おますも名乗って軽く会釈をした。墓下 涙は友好の証にと思って

「一羽いるかい?」

 とビニール袋をおますに差し出した。

「けっこうです」

 おますは丁重に断った。

「そうか……」

 とても残念な顔をしている墓下 涙。――おばちゃんが、おかきいるかい? といった軽いノリで言われても誰がカラスの死骸を喜んで受け取るのか。

「あのう、差し出がましいことを申し上げますが、一般の人がそんな物をもらっても気味が悪いだけですよ」

「気味が悪いか……生物はみな死を迎える。それはあらゆる生物の共通点であり、等しく訪れる現象だ。だから死を遠ざけようと思うのは、私にはわからない」

 真面目な顔で持論を述べる墓下 涙。おますは正直な気持ちややこしそうな人だと思った。

「だからといって、その死骸をもらったとして、どうすればいいんですか?」

「剥製にすればいい」

 墓下 涙は即答する。

「私は剥製を作っているんだ。自分でいうのもなんだが、なかなか上手でな。SNSでアップしたら、注文が殺到したのだよ。趣味が実益になって楽しい」

 自慢気な墓下 涙。おますはあきれ口調で

「それじゃあ、さっきのは営業だったんですか?」

「いやいや、けい子ちゃん。それは違う」

 けいこちゃん! ――おますは墓下 涙のなれなれしさに驚いた。いや、違う……おますはホタル以外で親しく自身を呼ばれたことがない。それはこの体質ともとれる悲しい境遇のせいともいえる。他人が自分に親しく近づいてくることに免疫がないため過剰に反応してしまのだと、おますは解釈した。

「ん? 少しなれなれしかったかい? すまないね。四十を超えると若い子はみんな子どもに見えてしまって、かわいく感じてしまうんだ。老いかな?」

 微笑を浮かべる墓下 涙。おますは落ち着きを取り戻し、言葉を返そうとして、気が付き、またしても驚いた。

「四十超えているんですか?」

 とおますは叫んだ。

「ははは、あまり女性の年齢を大きな声で言わないでおくれ。少し恥ずかしい」

 どう見繕っても二十代後半の見た目である――開いた口が塞がらないおます。

「どうやら私をとても若く見積もってくれたみたいだね。うれしいよ、ありがとう」

 墓下 涙は礼を述べ、ポケットをあさる。――あ、そうだった……と言って舌打ちをした。

「どうしたんですか?」

「いや、何……たばこを切らしていた事を思い出してね。今から買いに行くところだったんだ」

「だからバス停にいたんですね」

「そうなんだよ、けい子ちゃん。この辺スーパーやコンビニもないだろ? 駅近くの町まで行かないと、買い物もできやしない」

「この辺に住んでいるのですか?」

 墓下 涙は首を横にふる。

「いや、住んでいない。仕事の都合上でよくくるんだ」

 おますはカラスの死骸が入った袋に目をやる。

「なるほど、そうなんですね」

 バスがちょうど到着し、おますと墓下 涙は一緒に搭乗した。席も隣同士で座り談笑を楽しんだ。バスの中はおますと墓下以外、誰も乗車していなく遠慮することがなかった。

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