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三章

賞に応募しよう1

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「私、飯島といいます」

 飯島と名乗る男が名刺を美晴に差し出した。

――飯島 信之

 と書かれた名刺からすぐに目を離し、美晴は飯島と面向かった。

「健司さんはご在宅でしょうか?」

 ぎこちない作り笑いを浮かべる飯島。

「どういったご用件かしら」

「健司さんは長らく引きこもり生活をされていると相談を受けまして」

 相談? 一体誰がそんなことを相談したのだ?――美晴は毅然とした態度で、

「それで?」

「健司さんの今後についてを一緒に考えていきたいと思いまして、来させてまいりました」

 今更? というのが美晴の正直な気持ちであった。もちろん話している内容に関してはとてもありがたい。だけどなぜ今なのか、今までなぜ動かなかったのか……そういった負の感情が美晴の中で浮かんでくる。その一旦はこの飯島という男の所為でもあった。話す内容と表情が一致していないからだ。彼は仕事としてきているそれは美晴も承知だが、その上でこの男の本質の部分が顔に出ている。

――早く帰りたい……

 という給与所得者の本音が浮き彫りに出ている。そう考えると青山 咲は素敵な女性だと改めて認識できる。年寄りの相談を嫌な顔せずに聞いてくれる。健司が社会人だったら嫁にでも……という考えが浮かび、美晴はより一層肩を落とした。

「あの……どうかされましたか?」

 勝手に落胆している美晴を見て、飯島は戸惑っている。

「いえ、すいません。どうぞ中へ。健司も呼んでみます」

 美晴は家に入るよう勧めると飯島は、首を振り、

「今日はほんのあいさつ程度で伺いました。健司さんもご在宅というのも確認取れましたし、また後日、訪問させていただきますので」

 とお辞儀をして去っていった。本当に何しにきたんだろうか、と美晴は毒づいた。

 

 

 健司の今後か……――美晴はため息をもらす。冷静になって考えて、健司が作家として生きていくことなど難しいことだ。こういった考えをしている人達はいくらでもいる。健司がそのような何か特別な生き方ができるとは到底思えない。美晴は自身が浮かれていたことに気付かされた。先ほどの飯島という男、いけ好かない人物であったが、健司とちがってまともに社会人をしている。

「おい」

と健司が呼びかけている声で美晴はハッとする。フライパンの上で焼いていたお肉が、黒い煙を吹いていた。

「あわわわわわ」

 パニックになっている母親を押しのけ、健司は慌てて火を止めた。

「何やってんだよ」

 いつの間にか健司が美晴の後ろに来ていた。

「ごめんなさい」

「しっかりしろよババア。あーあー肉をこんなに焦がしやがって」

 誰のせいだ誰の、と吐きそうになるのを美晴は飲み込み、黒焦げになったお肉を捨てた。

「健司……」

「んだよ」

 オカズが一品減ったため不機嫌な健司。美晴はさきほどの飯島のことを伝えた。

「なんだよ、それ……」

「そうは言ってもまた来るっていうし」

 下を向く健司。

「ねえ、話だけでも聞こうよ。お母さんも隣にいてあげるから」

 健司は勢いよく立ち上がり、ぶつぶつ言いながらお決まりのように二階の自分の部屋に行った。

 美晴は肉以外の残ったオカズを一口二口つまむと、後片づけを始めた。食欲が失せてしまったからだ。生ごみで捨てた肉を見て美晴は、焼かれたのだからまだマシだよ。焼きもされず腐っていく方がずっとたちが悪い。なんてことを思った。

「だめね~。私って本当に」

 腰をさすり、洗い物が終わったら次はお風呂掃除と美晴は気合を入れた。
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