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クイン

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二章

小説を書こう3-2

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 原稿を持つ青山の手が震えている。
「これ……すごくいいですね!」
 青山が目を見開き、机を乗り出す勢いで絶賛する。
「まさかここまでの話を書いてくるとは思わなかったです。息子さんよほど勉強されたんでしょうね」
「ええ、ほんと私もびっくりしました。本当に健司が書いたのかって疑うぐらいよ……」
 青山と美晴は目が合う。お互いに、この作品は別の人が書いたもので、それを盗作したのではないかと思ってしまっていた。
「ま、まさかねー」
「そ、そうですよ。いくらなんでも息子さんに失礼すぎますね」
 しかし青山の顔も引きつっている。
「と、とにかく一つ完成させたんですし、その上、ストーリーも素敵です。何本か書かせてみたらどうでしょう?」
「書いてくれるかしら」
 不安げな様子を見せる美晴に青山は
「大丈夫ですよ。意外と味をしめたんじゃないでしょうか。誰しも手作りの物を褒められて嬉しくないわけがないですし、それにこの作品がどういった経緯で創られたのか気になりますね」
 健司が素直に話してくれるのか、わからないが何かが動けばいい――美晴はそう言った想いであった。
「うーん、賞に送るのもありかもですね」
「今なんと?」
 美晴は青山に聞き返す。
「賞ですよ。こういったショートストーリーの賞もあるんです」
「そんなものもあるのかい?」
「はい、意外と多いですよ。短い話での賞レース。ショートストーリーで有名な星新一の名前を冠した星新一賞を初め、ぼっちゃん文学賞だったりと、さまざまなショートストーリーの賞があります」
「それを獲得すれば。作家になれるのですか?」
「作家になれる……作家っていう線引きはどこからなのかわかりませんが、商業デビューとして本屋さんに何かの形で並ぶかと思います」
 美晴の胸の奥が高鳴る。
「それは本当にすごいです」
 もし健司の小説が書店に並ぶことになったらと美晴は考える。それはまるで海底に溜まったガスが噴き出すかのように、美晴のあらゆる感情をゆさぶり、目から大洪水を引き起こすだろう。そんなことを想像するだけで美晴の涙腺は揺らぐのであった。
「美晴さん」
 急に黙った美晴を心配そうに眺める青山。
「ごめんなさいね。ちょっと想像してしまったの、健司の小説が書店に並ぶことを……やだ、年齢ねー」
 美晴は微笑んだ。その笑みはとても優しかった。この時、美晴のどこか投げやりで、冷たく張りつめた氷のような雰囲気が、暖かい春の陽気に当てられ、ほんの少し融けたようなそんな気が、青山には感じとれた。実際問題、入賞し作家としてデビューするなど、砂漠の砂を爪に乗せたぐらいの確率であろう。それを伝えることを青山はしなかった。美晴に現実を突きつけたくなかったのだ。
 この笑顔を前にして美晴がどれくらい我が子を愛し、現状を耐え、世知辛い世間の辛酸をなめたのかが、何も知らない青山にも分かった。そして同じくらい息子のだらしなさに嫌悪感を抱いた。
青山 咲の両親は放任主義であり、親が子どもを気にかけることなどしなかった。必要な学費なり生活費などは与えてくれたが、家族の思い出というものは何一つとして彼女に与えなかった。唯一祖母の雪江だけは青山に愛情を与えてくれたのだった。
「息子さんがうらやましいですね」
 皮肉にきこえたかもしれないが、かまわないと青山は思った。
「どうしようもない子よ」
 嘆息し苦笑いする美晴に対し、青山は会ってもいない息子の健司にちょっぴり嫉妬した。



 青山と別れ、買い物を済ませた美晴は、意気揚々と我が家に向かっていた。あの角を曲がると海山家が見える。健司がお腹を空かせて機嫌を悪くしているかもしれない。でも今日はそれでもいい――美晴はなんだか重い鎖が外されたようなそんな心地であった。
 通いなれた道の先――眼前に海山家、その入り口の前に男が立っている。
 スーツ姿のその男は美晴を見るなり、お辞儀をした。
「どうも、役所経由で依頼を受けてきました。私、引きこもり更生センターの者です。ご子息の海山 健司さんのお母様でいらっしゃいますか?」
 落ちていく夕日を隠すように雲が空を覆いはじめた。
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