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二章
小説を書こう2-2
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美晴が個人的に掲げた目標。
「健司の作品で完成された物はないの? その短いのでいいから……」
健司は背中を搔きながら、小声で
「ないけど……」
「そう、残念だわ。あったらすぐに読みたかったのに」
青山レクチャーによると、作家志望の方はとにかく作品への期待を告げるだけでやる気が出ますので! と言っていたのを美晴は思い出し実践した。
「お、おう、その内な」
健司の上ずる声。効果は覿面である。
「ねえ、次回作はどんな内容か決めているの?」
「ん、まあなんとなく」
とぼけたような声を出す健司に、美晴はまだ決まっていないのだなと確信する。
「またライトノベルのハーレムものかい?」
「え、え!?」
健司は驚天動地といわんばかりの表情をした。美晴は青山にある程度の予備知識を蓄えてもらっているのでこれくらいのことは予習済みである。
さすがに実の母親にそれも八十近い高齢者にハーレム物を執筆するのかと真顔で聞かれては動揺しかしない。健司は無造作で薄くなった髪の毛をわしゃわしゃとかき乱す。
「ババア。意味わかってんのか?」
「当たり前でしょ。『大奥』は私もだいぶ観てたわよ」
「そういうのじゃねーよ!」
やはりまだ正確に理解はしていないのだと健司は思った。
「書かねーよ。そういった物は」
「やっぱり経験がないから書けないの?」
「バカ! 経験ぐらいあるは!」
なんということだ。息子がアラブの石油王みたいなことをしたことがあるというのだ――美晴が驚天動地のような顔をしていると健司が、
「なんでババアがそんな顔してるんだよ!」
と吠えるのだった。
「だったら短編なんてどう?」
健司は怪訝な面持ちで美晴見据える。
「書いてみてよ。読んでみたいわ、健司の短編。希望を感じられるような内容で、物語って自分の経験を活かしていくみたいだから」
「だからそのうちって言ってるじゃねえか! しつこいな」
健司の口元がへの字になり、キッチンから出て行った。
「失敗かな~」
と弱々しくつぶやく美晴だった。
それから三日が経ち、リビングで美晴がテレビを見ていると健司が入ってきた。
「おはよう。ご飯用意しようか」
健司は頷く。健司はお昼を過ぎたくらいにいつも起床する。昨日の残り物のにくじゃがの鍋に火をつける。卵があったので、玉郷焼きもついでに美晴はつくった。健司は卵焼きをつくるところ必死に見ているのだった。
「今日は買い物にいくけど何か買ってきてほしい物はあるかい?」
美晴が尋ねるも健司は何も答えなかった。
二人分の食事の支度を終え、テーブルに向かい合わせで座る。腰痛が響き、美晴は接骨院に通うことを考えながら、黙々と食事が進んでいった。
「それじゃあ、ここを片づけたらお買い物に行ってくるね」
健司は黙っている。
「どうしたの?」
美晴が聞くと、健司はため息をついて、「これ」と言って紙を差し出した。
「これって……」
「思いついたから書いた。ショートストーリーってやつだよ」
「ありがとうじっくりゆっくり読ませてもらうね」
「バカ、ゆっくりも何もすぐに終わる。ショートストーリーなんだから」
美晴それを大事に受け取る。健司は照れ臭くなったのか、二階の自室に戻っていった。
美晴は青山に
『息子がショートストーリーを書きました。』
とメールした。美晴は一度、折られた紙を開く、これぐらいの分量なら行きのバスで読めると目算する。
美晴はバス停の横にある、時刻表を確認する。
「10分あるわね」
待合所の椅子に座り美晴は原稿を読んだ。
バスの運転手がクラクションを鳴らし、美晴はバスが到着していることに気付いた。駆け込むようにバスに飛び込み席に座った。スマートフォンと老眼鏡を取り出し、美晴はすぐに青山にメールを送った。
「健司の作品で完成された物はないの? その短いのでいいから……」
健司は背中を搔きながら、小声で
「ないけど……」
「そう、残念だわ。あったらすぐに読みたかったのに」
青山レクチャーによると、作家志望の方はとにかく作品への期待を告げるだけでやる気が出ますので! と言っていたのを美晴は思い出し実践した。
「お、おう、その内な」
健司の上ずる声。効果は覿面である。
「ねえ、次回作はどんな内容か決めているの?」
「ん、まあなんとなく」
とぼけたような声を出す健司に、美晴はまだ決まっていないのだなと確信する。
「またライトノベルのハーレムものかい?」
「え、え!?」
健司は驚天動地といわんばかりの表情をした。美晴は青山にある程度の予備知識を蓄えてもらっているのでこれくらいのことは予習済みである。
さすがに実の母親にそれも八十近い高齢者にハーレム物を執筆するのかと真顔で聞かれては動揺しかしない。健司は無造作で薄くなった髪の毛をわしゃわしゃとかき乱す。
「ババア。意味わかってんのか?」
「当たり前でしょ。『大奥』は私もだいぶ観てたわよ」
「そういうのじゃねーよ!」
やはりまだ正確に理解はしていないのだと健司は思った。
「書かねーよ。そういった物は」
「やっぱり経験がないから書けないの?」
「バカ! 経験ぐらいあるは!」
なんということだ。息子がアラブの石油王みたいなことをしたことがあるというのだ――美晴が驚天動地のような顔をしていると健司が、
「なんでババアがそんな顔してるんだよ!」
と吠えるのだった。
「だったら短編なんてどう?」
健司は怪訝な面持ちで美晴見据える。
「書いてみてよ。読んでみたいわ、健司の短編。希望を感じられるような内容で、物語って自分の経験を活かしていくみたいだから」
「だからそのうちって言ってるじゃねえか! しつこいな」
健司の口元がへの字になり、キッチンから出て行った。
「失敗かな~」
と弱々しくつぶやく美晴だった。
それから三日が経ち、リビングで美晴がテレビを見ていると健司が入ってきた。
「おはよう。ご飯用意しようか」
健司は頷く。健司はお昼を過ぎたくらいにいつも起床する。昨日の残り物のにくじゃがの鍋に火をつける。卵があったので、玉郷焼きもついでに美晴はつくった。健司は卵焼きをつくるところ必死に見ているのだった。
「今日は買い物にいくけど何か買ってきてほしい物はあるかい?」
美晴が尋ねるも健司は何も答えなかった。
二人分の食事の支度を終え、テーブルに向かい合わせで座る。腰痛が響き、美晴は接骨院に通うことを考えながら、黙々と食事が進んでいった。
「それじゃあ、ここを片づけたらお買い物に行ってくるね」
健司は黙っている。
「どうしたの?」
美晴が聞くと、健司はため息をついて、「これ」と言って紙を差し出した。
「これって……」
「思いついたから書いた。ショートストーリーってやつだよ」
「ありがとうじっくりゆっくり読ませてもらうね」
「バカ、ゆっくりも何もすぐに終わる。ショートストーリーなんだから」
美晴それを大事に受け取る。健司は照れ臭くなったのか、二階の自室に戻っていった。
美晴は青山に
『息子がショートストーリーを書きました。』
とメールした。美晴は一度、折られた紙を開く、これぐらいの分量なら行きのバスで読めると目算する。
美晴はバス停の横にある、時刻表を確認する。
「10分あるわね」
待合所の椅子に座り美晴は原稿を読んだ。
バスの運転手がクラクションを鳴らし、美晴はバスが到着していることに気付いた。駆け込むようにバスに飛び込み席に座った。スマートフォンと老眼鏡を取り出し、美晴はすぐに青山にメールを送った。
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