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スケート
しおりを挟む「イサ、明日あたしとスケートに行かない」
ミカンをむきながらジュンちゃんが言った。二つ上の遠い親戚の女子。冬休み、テルおばちゃんちで何日かいっしょになる。
「行かない」
「どうして」
「ユウたちと行くから」
「あたしが誘ってあげてんだぞ」
「だって」
「なに」俺の顔をのぞきこむ。「男の約束とか」
「そうじゃないけど」
「いいわ。もう二度と誘ってやんない。こんな美人に誘ってもらえるチャンスなんてもう一生来ないかもね」
と言えるくらいの美人だ。美人で明るい。好きなタイプだ。たぶん頭もいい。だけど時々いじわるを言う。がきんちょ扱いも気に入らない。
俺もこたつの上からみかんを取った。
「どうしたの。ケンカでもしてんのかい」
テルおばちゃんがふかし芋を持ってきた。おれはミカンを半分口に入れた。半分ずつ食うのが俺のやり方だ。
「あたしとはスケート行きたくないんだって」
「からむなよ」
「からんでないでしょ。せっかく誘ってやったのに。これおいしい!」
「イサもたべな」
「うん」
ミャオミャオいいながら猫のサンタが帰ってきた。ジュンちゃんに鼻面をなでてもらって、こたつにもぐりこんだ。
「いっしょに行けばいいのに」
「ユウくんたちと行くんだって」
「ふうん」と言いながらおばちゃんは芋をかじった。
ジュンちゃんがいるとき俺はシゲおじちゃんと寝る。いびきがうるさいけど、しょうがない。おばちゃんとジュンちゃんは元こども部屋で寝る。
布団に入ってウトウトしていると、おじちゃんが来た。
「イサ、起きてるか」
「うん」
「ジュンにデートに誘われて、断ったんだって」
おもしろがってる。
「デートなんかじゃないよ」
「うれしかっただろ。中学生っつったってあんな美人なかなかいねえかんな」
「だから、デートじゃないって」
俺は寝返りをうっておじちゃんに背を向けた。
「イサ、おまえはこっちに友だちがいるな」
おじちゃんが少しまじめな声になって続けた。
「うん」
「でも、ジュンにはいねえだろ」
たしかに。
「ここには年に何日もいねえし、ああいうハッキリした子はこのあたりの子には、なんつうんだ……」
俺はおじちゃんのほうに向きなおった。
「俺の言いたいことはわかるな」
「うん」
なんとなく。
「あした、おまえから誘ってやれ」
「俺から?」
「そうだ。おまえからだ」
「でも、おじちゃん、俺」
女の子を誘ったことなんてないし。
「なんて言ったらいいかわかんないよ」
「それは自分で考えろ」
「おじちゃん、俺まだ小学生だよ」
「何事も練習だ練習。朝まで考えればなんか浮かんでくるだろ」
と言うとシゲおじちゃんは布団に入って爆音をたてはじめた。
「おはよう」
台所に行くとヒデおばちゃんとジュンちゃんがいた。朝飯の用意をしていた。
「おはよう、イサ」おばちゃんがこっちを向く。「あれ、目が赤いんじゃないか。眠れなかったんか」
「だいじょうぶ、ねたよ」
俺は自分の茶碗にご飯をよそった。ご飯をよそうのと茶碗を洗うのは自分でやることになってる。
「おじちゃんのいびきかい」
それもあるけど、そうだとは言えない。そのくらいは俺にもわかる。
「ちがうよ」と言う口からあくびがでた。
ジュンちゃんはにこりともしないでトーストにジャムを塗ってる。朝こんな感じなのはいつものことだけど、俺がいつもとちがう。
ああ、おじちゃん、なんであんな宿題だすんだよ。
「イサ、朝から変だよ。おなかでもこわした?」
こたつでテレビを見ているとジュンちゃんがココアを持ってやってきた。いい匂いだ。
「飲む?」
俺は首を振った。
「ねえ、ほんとに変だよ。朝からぜんぜんしゃべんないし。いつもココアほしがるでしょ」
「なんでもないよ」
ジュンちゃんは俺の顔をのぞきこんだ。やめろよそのクセ。
「もしかして、昨日のことウジウジ考えてんの」
「ちがうよ!」
「やっぱりそうなんだ」
「ちがうってば」
「あたしは気にしてないからね」
「俺だって」
なにか言う、と思ったジュンちゃんがだまった。ココアをすすって、カタンとカップを置いてそのまま。
テレビでは年末特番の手品をやっていた。これが終わるとお昼になる。昼ごはんを食べたらスケートに出かける。一時に待ち合わせだ。
「あのさ」
「ん?」
「……」
あれっ、次なんていうはずだったっけ。考えたセリフが全部消えていた。耳が熱い。まずい。
「いいよ」
「……」
「あたしを誘ってんでしょ」
スケート場は製材所の川を渡った先の山の陰にある。田んぼに水をまいてつくる天然のリンクだ。
ユウたちは大喜びだった。それはそうだ。美人のお姉ちゃんがいっしょにすべりにきてくれたんだから。
トシは興奮して自己紹介してるし、ユウとトモは「よければ僕たちがコーチします」とか言ってる。
「ありがとう」
にっこり笑って、ジュンちゃんがすべりだした。シューッと音を立ててまっすぐ。行ったと思ったらクルッと回って、ぐんぐんスピードを上げる。おどろきだ。ユウたちはポカンと口あけて見とれている。ジュンちゃんにコーチはいらなかった。
コーチがいるのは俺だった。スケートなんて去年とおととしここで何回かやっただけだ。立ってるのがやっと。足を出しては転ぶのくり返しだ。
「イサ」
ジュンちゃんがザッと氷をけずって止まった。
「手を引いて教えてあげようか」
すんごい嬉しそうだ。
だから誘いたくなかったんだ。
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