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12【弟、お兄ちゃんと婚約会見を開く】

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 ユーリ・ホワイトハート子爵(旧名・羽白ゆう)、十八歳。

 このたび、二つ年下の義弟で伯爵のカイ・ウィングフィールド氏(旧名・羽白奏)と、婚約します。


「いやですわあああああああお兄さまああああああああ!!!!」

「レジーナ、落ち着け。あくまで『仮』会見だから」


 青を基調としたザ・貴族みたいな衣装を着せられた俺は、涙を流してすがりついてくる妹に苦笑を浮かべた。

 一昨夜の暗殺未遂事件から三日後の今日、ホワイトハート邸の庭で婚約会見が開かれることになった。
 庭には特設のパーティ会場が設置され、青空の下に白い長テーブル、その上に豪勢な料理やアフタヌーンティーが置かれている。
 急な招待にもかかわらずあちこちからお客さんが押し寄せてきて、会場は人々の笑い声で溢れていた。

 そんな中で、悲壮な顔をしたレジーナが涙ぐむ。

「また『仮』ですの!!? 嫌ですわ! 認めませんわ!
 こうして外堀から埋めていくつもりなのですわその露出狂男はあああ~~!!!」

 “愛しのカイ様”から“露出狂”に格下げされた当の本人は、勝ち誇った笑みを浮かべて俺の隣に立っていた。悠長に首元のスカーフなんかを正している。

 ……その横顔を見ていると、先日の件を思い出してしまう。


 “次は抱くから”。


「…………っ」


 あのときの奏の声を思い出して、心臓の動きが速くなる。
 俺は服の上から胸を掴み、唇を引き結んだ。

 よく平然としてられるよな。
 ――こっちは気が気じゃないってのに。

 格好つけやがって、と面白くない気持ちになるものの、その立ち姿はやっぱり様になっていた。
 羽織っているのは、俺の着ているものより数段階濃い青のコート。
 これでもかというほど意匠をこらされた金刺繍や、きらびやかな純白のシャツにも奏の顔は負けていなかった。

 栗色の髪は日本にいたころと同じハーフアップにまとめられていて、イケメンぶりに拍車がかかっている。それ以上突っ走ったら事故るぞお前!

 という感じで、日本の現実社会的な感覚で言えば奏は非の打ち所のない美男子だったが、レジーナはしょっぱい顔をしていた。

「だいたいなんですの、そのだらしのない髪は!」
「これが一番しっくりくるんだもん」

 レジーナに牙を剥かれてもどこ吹く風だ。
 同じ日本人のくせに……と男としてやっかみまじりの視線を送っていると、美貌の伯爵はぱっとこちらを向いて貴公子スマイルを輝かせた。

「兄ちゃん、その服似合ってるね♡ さすが俺の旦那さま♡」

 旦那さま♡ じゃねーんだよ。

「おい、奏!」
「いでで」

 締まりのない笑顔を浮かべる奏の耳を掴んで、強引に引き寄せる。
 レジーナや周りの人に聞こえないように、その耳元に囁きかけた。


「お前、これで本当に暗殺者の正体なんて分かるのか!?」


 ――――そう、これはただの婚約発表会ではない。


 一昨日のカナリア暗殺未遂事件が起きてから、俺は奏やユマ、エドワードたちと対策を練った。

 そして紆余曲折あって、結局最初に奏が言っていた『盛大な婚約パーティを開く』という突拍子もないアイデアが採用され、今日に至る。

 奏いわく、お祝いパーティというイベントは要人を暗殺したい人間にとって格好の舞台らしい。
 たしかに暗殺者にとって、人が雑多に入り乱れる会場は身を隠すのに都合がいいかもしれない。

 だからこの婚約会見の目的は、あえて派手な催しを開き、暗殺者をこっちのテリトリーにおびき寄せることだ。

 理にかなっていて悪くない案だとは思うけど、


「大丈夫。俺に任せといて」

「なんかノリが軽いんだよなお前、――――っ!?」


 奏の顔が急にこっちを向いて、ぐっと近付く。
 避けきれず、ほんの一瞬奏の唇が俺のそれをかすめて去っていった。


「おまえなあ!!!!」

「顔近かったからしちゃった」


 エヘッと笑う奏に顔から火を吹きそうになっていると、後ろからパーティの参加客のおじさんに声をかけられた。

「ホワイトハート子爵。ホワイトハートさん」
「はっはい!!!」

 い、今の見られてなかったよな!?

 心臓をドキドキさせながら振り向くと、白髪で恰幅のいいタキシードのおじさんがニコニコと俺たちを見つめていた。

「ホワイトハートさん、ウィングフィールド卿。
 この度はご婚約おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」

 おじさんは持っていたシャンパングラスを揺らしながら、あたたかい笑みを浮かべて言う。

「男性同士で結婚なさると聞いたときはたまげましたが、お二人のご決断に胸を打たれました」

 手を差し出され、握手の合図だと察した俺は自分の右手を出す。
 それをふっくらした手に固く握られ、何度か揺らされた後で二の腕を叩かれた。

「社会の波は、ときに弱い立場の人々に牙を剥く。
 けれども、くれぐれも負けてはなりませんぞ!!」
「えっ」

 硬直する俺に代わって、奏が満面の笑みで応える。

「はい、もちろん! ユーリ子爵と私とで手に手をとって頑張りますよ!」
「おお、子爵の婚約者殿はじつに頼もしいお人だ!」

 おじさんのつぶらな瞳が感動に潤んでいる。
 ……これ、後から『僕たちの婚約は仮のものでした! 結婚はしません!』って言えなくね?

 おじさんは今度は奏の手を両手で握り締めて、ありったけのエールを込めるように揺さぶった。

「ウィングフィールド卿は、今後の議会で同性結婚の審議を申し立てなさるとか。がんばってくださいね!」
「ええ! 私とユーリ子爵は性別など越えた絆で固く結ばれていますからね! かならずこの愛で世界を変えてみせますよ!」
「ああ、素晴らしい! 世界は愛に満ちている!」
「はい、愛で溢れてますよ世界は! 私と子爵の未来をどうぞ応援よろしく!」

 やたら熱のこもったやりとりに周辺にいた客たちも集まってきて、拍手喝采、口笛の嵐になった。

「ウィングフィールド伯爵、頑張れー!」
「ホワイトハート子爵、我々もついておりますぞ!」
「愛し合う二人に結婚の自由を!」
「二人の未来に幸あれ!」

「ありがとうございます!」

 奏に右手を繋がれ、上に上げさせられる。
 やんややんやと盛り上がっていく群衆を呆然と見つめていると、脳裏にレジーナの言葉がちらついた。


 ……俺、もしかして嵌められた?

 外堀から埋められちゃってない? コレ?


「か、奏」
「兄ちゃん、凄いね! 皆が俺たちのこと応援してくれてる!」
「おう……?」


 ――お前、まさかこのためにこんな会見開いたんじゃないだろうな!?!?


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