上 下
31 / 65

しおりを挟む



 一週間後。

 ユージーンは僕を連れて、ユスラ国首都・カイレンに旅立った。リベラ家の屋敷からは車で片道五時間ほどで、途中途中で休憩を挟みながら向かった。

 無事にカイレンに着いたのが、舞踏会前日の夜。
 パーティー会場がある街に宿をとって、僕とユージーンが二階の一部屋、同行したリベラ邸の使用人たちが一階の三部屋に滞在することになっていた。
 あんなに長い時間車に乗ったのは、奴隷館に売られて実家から運ばれたとき以来だったけど……あのときとは全然気分が違った。

 僕の手足には枷がはめられていないし、街に近付くにつれて窓の外には明るく笑う人の姿が増えていく。

 ユージーンは「寝ててもいいよ」と僕の肩を抱き寄せて、最終的には膝枕までしてくれていた。

「カナン。カナン、起きて」
「ん……っんぅ……」

 優しく髪を撫でられながら、そっと揺り起こされる。心地良いまどろみからのんびり現実に引き戻されると、外はすっかり暗くなっていた。

「着いたよ。カイレンだ」

 見てごらん、と体を抱き起こされて車を降りる。

「わ……」

 レンガで造られた二階建ての旅宿は、街のまんなかに軒をつらねていた。
 濃紺の夜空に、建物から零れる光や街灯がぽんぽんと浮かんで、街全体がぼんやり橙色に輝いている。

「カイレンは夜市が有名な街なんだ。遅い時間まで商店が開いているんだよ」
「本当だ」

 果物屋、雑貨屋に、何かのスープやデザートを売っている露店がずらりと道の左右に並んでいた。その真ん中をたくさんの人たちが行き交っていて、好きにお店を覗いている。子どもから大人、男性も女性も、関係なく笑って歩いていた。
 たまに首元を厳重に隠しているオメガらしき人もいたけど、彼らもジュースやジェラートを片手に好きに散策している。

「きれい……」

 ユスラ国は栄えていた。
 ものに溢れていて、それがどんな人にも平等に行き渡る。小突かれる奴隷や、偉そうな主人がいない街は美しい。
 信じられないくらい平和で幸福に満たされた、楽園。

 ――僕たちの夢は、ここにあったんだ。北斗……。

 思い出さないようにしていた存在に語りかけた。彼のことを思うと辛いから、ずっと考えないでいたのに。

「すっごく綺麗な世界だよ、北斗……」

 二人で見るはずだった景色を目の当たりにすると、勝手に涙があふれてきた。

「カナン……哀しい?」
「ユージーン」

 隣から腰を抱き寄せられて、囁かれる。
 素直に頷くと、「そっか」とだけ返ってきた。

「北斗と一緒に来たかった……」

 どうしてダチュラ国ではこの光景が見られなかったんだろう。
 なんで今、北斗が隣にいないんだろう?



 夜も遅かったので、その日は露店で適当なご飯を買って宿に戻った。

「少し落ち着いた?」
「はい。ごめんなさい、ユージーン」

 借りたのは宿で一番広い部屋で、窓際に小さなテーブルと椅子が二組置かれている。そこで豚肉のあぶり焼きとカップの野菜スープを食べながら、向かいにいるユージーンを見つめた。

「どうして謝るの?」
「せっかく僕のために街を見せてくれたのに、泣いてだいなしにしちゃったから」

 切り分けられたブロック肉をひときれフォークで刺して、そのまま止まる。

「困ったな……」

 責められているように聞こえて、びくりと肩が揺れた。
 だけど、次にかけられた言葉は――

「そんな顔されたら、いじめる気にもなれないじゃないか」

 想像していたような冷たく突き放す言葉じゃなくて、弱りきったものだった。

「怒ってないんですか……?」
「僕と出会う前に君を支えてくれていた人を、悪く言うわけにはいかないだろ」

 あー、と襟足を掻き回して、ユージーンはそっぽを向く。

「僕をそっちのけで他の男の話か、っていじけてやろうかと思ってたのに。くだらない嫉妬心を出してる場合じゃなくなったな」

 食事の手は止めないまま、ユージーンが訊ねてきた。

「まだちゃんと話を聞いたことはなかったね。君の大切な友達は、どんな人だったの?」
「北斗は――」

 ユージーンには「一緒に奴隷館を脱出して、国境で生き別れてしまった友達」とだけ話していた。死んでるかも、なんて口にしたくもなかったから、詳しいことは本当に何も語っていない。
 でも、温かい食事に固まっていた舌を溶かされたのか……僕は、ぽろぽろ零れるようにダチュラ国でのことを話していた。

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

イケメンがご乱心すぎてついていけません!

アキトワ(まなせ)
BL
「ねぇ、オレの事は悠って呼んで」  俺にだけ許された呼び名 「見つけたよ。お前がオレのΩだ」 普通にβとして過ごしてきた俺に告げられた言葉。 友達だと思って接してきたアイツに…性的な目で見られる戸惑い。 ■オメガバースの世界観を元にしたそんな二人の話  ゆるめ設定です。 ………………………………………………………………… イラスト:聖也様(@Wg3QO7dHrjLFH)

ある日、人気俳優の弟になりました。2

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。穏やかで真面目で王子様のような人……と噂の直柾は「俺の命は、君のものだよ」と蕩けるような笑顔で言い出し、大学の先輩である隆晴も優斗を好きだと言い出して……。 平凡に生きたい(のに無理だった)19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の、更に溺愛生活が始まる――。

番に囲われ逃げられない

ネコフク
BL
高校の入学と同時に入寮した部屋へ一歩踏み出したら目の前に笑顔の綺麗な同室人がいてあれよあれよという間にベッドへ押し倒され即挿入!俺Ωなのに同室人で学校の理事長の息子である颯人と一緒にα寮で生活する事に。「ヒートが来たら噛むから」と宣言され有言実行され番に。そんなヤベェ奴に捕まったΩとヤベェαのちょっとしたお話。 結局現状を受け入れている受けとどこまでも囲い込もうとする攻めです。オメガバース。

【完結】売れ残りのΩですが隠していた××をαの上司に見られてから妙に優しくされててつらい。

天城
BL
ディランは売れ残りのΩだ。貴族のΩは十代には嫁入り先が決まるが、儚さの欠片もない逞しい身体のせいか完全に婚期を逃していた。 しかもディランの身体には秘密がある。陥没乳首なのである。恥ずかしくて大浴場にもいけないディランは、結婚は諦めていた。 しかしαの上司である騎士団長のエリオットに事故で陥没乳首を見られてから、彼はとても優しく接してくれる。始めは気まずかったものの、穏やかで壮年の色気たっぷりのエリオットの声を聞いていると、落ち着かないようなむずがゆいような、不思議な感じがするのだった。 【攻】騎士団長のα・巨体でマッチョの美形(黒髪黒目の40代)×【受】売れ残りΩ副団長・細マッチョ(陥没乳首の30代・銀髪紫目・無自覚美形)色事に慣れない陥没乳首Ωを、あの手この手で囲い込み、執拗な乳首フェラで籠絡させる独占欲つよつよαによる捕獲作戦。全3話+番外2話

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

処理中です...