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◇
一週間後。
ユージーンは僕を連れて、ユスラ国首都・カイレンに旅立った。リベラ家の屋敷からは車で片道五時間ほどで、途中途中で休憩を挟みながら向かった。
無事にカイレンに着いたのが、舞踏会前日の夜。
パーティー会場がある街に宿をとって、僕とユージーンが二階の一部屋、同行したリベラ邸の使用人たちが一階の三部屋に滞在することになっていた。
あんなに長い時間車に乗ったのは、奴隷館に売られて実家から運ばれたとき以来だったけど……あのときとは全然気分が違った。
僕の手足には枷がはめられていないし、街に近付くにつれて窓の外には明るく笑う人の姿が増えていく。
ユージーンは「寝ててもいいよ」と僕の肩を抱き寄せて、最終的には膝枕までしてくれていた。
「カナン。カナン、起きて」
「ん……っんぅ……」
優しく髪を撫でられながら、そっと揺り起こされる。心地良いまどろみからのんびり現実に引き戻されると、外はすっかり暗くなっていた。
「着いたよ。カイレンだ」
見てごらん、と体を抱き起こされて車を降りる。
「わ……」
レンガで造られた二階建ての旅宿は、街のまんなかに軒をつらねていた。
濃紺の夜空に、建物から零れる光や街灯がぽんぽんと浮かんで、街全体がぼんやり橙色に輝いている。
「カイレンは夜市が有名な街なんだ。遅い時間まで商店が開いているんだよ」
「本当だ」
果物屋、雑貨屋に、何かのスープやデザートを売っている露店がずらりと道の左右に並んでいた。その真ん中をたくさんの人たちが行き交っていて、好きにお店を覗いている。子どもから大人、男性も女性も、関係なく笑って歩いていた。
たまに首元を厳重に隠しているオメガらしき人もいたけど、彼らもジュースやジェラートを片手に好きに散策している。
「きれい……」
ユスラ国は栄えていた。
ものに溢れていて、それがどんな人にも平等に行き渡る。小突かれる奴隷や、偉そうな主人がいない街は美しい。
信じられないくらい平和で幸福に満たされた、楽園。
――僕たちの夢は、ここにあったんだ。北斗……。
思い出さないようにしていた存在に語りかけた。彼のことを思うと辛いから、ずっと考えないでいたのに。
「すっごく綺麗な世界だよ、北斗……」
二人で見るはずだった景色を目の当たりにすると、勝手に涙があふれてきた。
「カナン……哀しい?」
「ユージーン」
隣から腰を抱き寄せられて、囁かれる。
素直に頷くと、「そっか」とだけ返ってきた。
「北斗と一緒に来たかった……」
どうしてダチュラ国ではこの光景が見られなかったんだろう。
なんで今、北斗が隣にいないんだろう?
◇
夜も遅かったので、その日は露店で適当なご飯を買って宿に戻った。
「少し落ち着いた?」
「はい。ごめんなさい、ユージーン」
借りたのは宿で一番広い部屋で、窓際に小さなテーブルと椅子が二組置かれている。そこで豚肉のあぶり焼きとカップの野菜スープを食べながら、向かいにいるユージーンを見つめた。
「どうして謝るの?」
「せっかく僕のために街を見せてくれたのに、泣いてだいなしにしちゃったから」
切り分けられたブロック肉をひときれフォークで刺して、そのまま止まる。
「困ったな……」
責められているように聞こえて、びくりと肩が揺れた。
だけど、次にかけられた言葉は――
「そんな顔されたら、いじめる気にもなれないじゃないか」
想像していたような冷たく突き放す言葉じゃなくて、弱りきったものだった。
「怒ってないんですか……?」
「僕と出会う前に君を支えてくれていた人を、悪く言うわけにはいかないだろ」
あー、と襟足を掻き回して、ユージーンはそっぽを向く。
「僕をそっちのけで他の男の話か、っていじけてやろうかと思ってたのに。くだらない嫉妬心を出してる場合じゃなくなったな」
食事の手は止めないまま、ユージーンが訊ねてきた。
「まだちゃんと話を聞いたことはなかったね。君の大切な友達は、どんな人だったの?」
「北斗は――」
ユージーンには「一緒に奴隷館を脱出して、国境で生き別れてしまった友達」とだけ話していた。死んでるかも、なんて口にしたくもなかったから、詳しいことは本当に何も語っていない。
でも、温かい食事に固まっていた舌を溶かされたのか……僕は、ぽろぽろ零れるようにダチュラ国でのことを話していた。
一週間後。
ユージーンは僕を連れて、ユスラ国首都・カイレンに旅立った。リベラ家の屋敷からは車で片道五時間ほどで、途中途中で休憩を挟みながら向かった。
無事にカイレンに着いたのが、舞踏会前日の夜。
パーティー会場がある街に宿をとって、僕とユージーンが二階の一部屋、同行したリベラ邸の使用人たちが一階の三部屋に滞在することになっていた。
あんなに長い時間車に乗ったのは、奴隷館に売られて実家から運ばれたとき以来だったけど……あのときとは全然気分が違った。
僕の手足には枷がはめられていないし、街に近付くにつれて窓の外には明るく笑う人の姿が増えていく。
ユージーンは「寝ててもいいよ」と僕の肩を抱き寄せて、最終的には膝枕までしてくれていた。
「カナン。カナン、起きて」
「ん……っんぅ……」
優しく髪を撫でられながら、そっと揺り起こされる。心地良いまどろみからのんびり現実に引き戻されると、外はすっかり暗くなっていた。
「着いたよ。カイレンだ」
見てごらん、と体を抱き起こされて車を降りる。
「わ……」
レンガで造られた二階建ての旅宿は、街のまんなかに軒をつらねていた。
濃紺の夜空に、建物から零れる光や街灯がぽんぽんと浮かんで、街全体がぼんやり橙色に輝いている。
「カイレンは夜市が有名な街なんだ。遅い時間まで商店が開いているんだよ」
「本当だ」
果物屋、雑貨屋に、何かのスープやデザートを売っている露店がずらりと道の左右に並んでいた。その真ん中をたくさんの人たちが行き交っていて、好きにお店を覗いている。子どもから大人、男性も女性も、関係なく笑って歩いていた。
たまに首元を厳重に隠しているオメガらしき人もいたけど、彼らもジュースやジェラートを片手に好きに散策している。
「きれい……」
ユスラ国は栄えていた。
ものに溢れていて、それがどんな人にも平等に行き渡る。小突かれる奴隷や、偉そうな主人がいない街は美しい。
信じられないくらい平和で幸福に満たされた、楽園。
――僕たちの夢は、ここにあったんだ。北斗……。
思い出さないようにしていた存在に語りかけた。彼のことを思うと辛いから、ずっと考えないでいたのに。
「すっごく綺麗な世界だよ、北斗……」
二人で見るはずだった景色を目の当たりにすると、勝手に涙があふれてきた。
「カナン……哀しい?」
「ユージーン」
隣から腰を抱き寄せられて、囁かれる。
素直に頷くと、「そっか」とだけ返ってきた。
「北斗と一緒に来たかった……」
どうしてダチュラ国ではこの光景が見られなかったんだろう。
なんで今、北斗が隣にいないんだろう?
◇
夜も遅かったので、その日は露店で適当なご飯を買って宿に戻った。
「少し落ち着いた?」
「はい。ごめんなさい、ユージーン」
借りたのは宿で一番広い部屋で、窓際に小さなテーブルと椅子が二組置かれている。そこで豚肉のあぶり焼きとカップの野菜スープを食べながら、向かいにいるユージーンを見つめた。
「どうして謝るの?」
「せっかく僕のために街を見せてくれたのに、泣いてだいなしにしちゃったから」
切り分けられたブロック肉をひときれフォークで刺して、そのまま止まる。
「困ったな……」
責められているように聞こえて、びくりと肩が揺れた。
だけど、次にかけられた言葉は――
「そんな顔されたら、いじめる気にもなれないじゃないか」
想像していたような冷たく突き放す言葉じゃなくて、弱りきったものだった。
「怒ってないんですか……?」
「僕と出会う前に君を支えてくれていた人を、悪く言うわけにはいかないだろ」
あー、と襟足を掻き回して、ユージーンはそっぽを向く。
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