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第一章「異世界転生侍」
第一話「突然の捕縛」
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拙者、名を玉木文左衛門と申す旗本の三男坊でござる。部屋住みの身で家族からは疎んじられ肩身の狭い思いをしていた者でござるよ。
されど町道場への稽古の帰り、童が大八車にはねられそうになっているのを見かけたのが運命の分かれ道でござった。体が勝手に動き、童を助けておったでござるよ。
それで拙者は童を助けたものの代わりに大八車にはねられ、結局死んでしもうた。
二十年の儚い人生でござったのう。
されど神仏はちゃんと衆生の善行を見ているものでござるな。なんと死んだ後、光に包まれた不思議な場所に辿り着き、そこで梵天様に出会ったでござるよ。
我が身を捨てて童を助けた心意気を買われ、別の世界に転生させてくれることになったでござるよ。しかも、米を自由に出現させる事だ出来るという神通力も加えてでござる。
転生先の世界では、米を出す力を活かして辺境の貧しい村を救ったり、民草を襲う鬼どもを剣で退治したりして名声を得て、皇帝とも友誼を結んでおった。
それに魔王なる存在が世界を脅かしておって、拙者がその討伐のために皇帝から頼られてしまったでござるよ。いや~、有能なのも一苦労でござるなあ。
魔王討伐のために共に旅をする仲間が次々と増えていったんでござるが、皇帝の娘やら狐娘やら、行く先々でどんどん増えていったでござる。もてる男はつらいでござるなあ。
特に魔王の娘が拙者と共に行くと言い出した時はびっくりしたでござるよ。
女人ばかりでござるが互いに信頼し、頼りになる仲間に恵まれた拙者は、今日も魔王討伐のために旅を続けるでござるよ。だ
「いや~、夢野先生の『異世界転生侍』の売れ行きが好調で好調で、もう笑いが止まりませんよ。はっはっはっ」
「そうだろう、そうだろう。この、今を時めく戯作者の夢野枕辺の本が、売れないわけがないだろう」
本やら書きかけの紙片やらが散らばる狭い長屋の一室で、二人の男が笑い声をあげながら酒をあおっていた。また、彼らと車座になって、一人の女も座っている。
片方の男の名を夢野枕辺と言い、本人が言った通り、今江戸で評判の戯作者である。無精髭がぼうぼうに生えているせいで一見年齢不詳だが、よく観察してみれば肌に艶があり、若々しさが窺える。
夢野が書いた読本「異世界転生侍」は、今江戸で一番の人気作品であると言えよう。うだつの上がらなかった主人公が、転生した世界で活躍するという奇抜な設定は大いに町人達の心を捉え、次々に登場する魅力的な人物も好評を博している。
また、非常に現実味の無い馬鹿馬鹿しい筋書きと言ってしまえばそれまでなのだが、あちこちに儒学や仏典、軍記物からの引用が見られ、こっそりと武士や坊主も愛読しているという噂すらある。
「ちょっと、あたしの事も忘れてもらっちゃ困るよ。『異世界転生侍』は、この狐日狸の描いた挿絵も評判なんだからさ。虚屋さん、版元のあんたならその辺のところ、よく分かってんだろ?」
「はい、はい。よっく存じておりますよ。ですからこうしてお二人にお礼を申し上げているんでございますよ」
虚屋と呼ばれた商人風の男は、狐日と名乗った女に何度もぺこぺこと頭を下げた。老中水野忠邦の決定により、庶民に対しても倹約令が出ているというのに虚屋と呼ばれた男は豪華極まりない服装をしている。相当儲かっているのだろう。普段は見えない服の裏地に凝ったりする事を美徳とする江戸の町人からすれば、少々外れた美意識を持った男だ。本人の言によれば、読本の版元は本を通じて夢を売っているのであるから、売っている版元自身も現実離れした服装をするべきとの事である。
本気なのかどうかは分からないが。
それに比べたら、執筆や柵がで夢を生産しているはずの夢野も狐日も地味な格好である。もっとも、生地も仕立ても質素だが、清潔感はある。
「ところで、次の展開はどうするのですか? 読者は続きを楽しみにしていますよ」
「次は、猫娘を出す。魔王の軍に村を焼かれている所に、玉木達が通りかかって救い出すんだ。と言う訳で、挿絵の方を頼むよ。綾女」
「ちょっと、枕辺さん? 仕事の話をする時は、狐日狸だって言ってるでしょ」
「つってもよ。ころころ画号が変わるから、昔からの名前の方が言いやすいんだ」
「それはそれ、これはこれよ。それに、また女の子を増やすの? もう二十人は仲間になってるじゃない。ちょっと同じ展開が続き過ぎじゃない?」
「しかしですね、夢野先生の書くこの展開、読者にはとても好評なんでございますよ」
「ま、あたしは注文通り描くだけだからいいけどさ」
「ああ、頼むぜ。狐日先生」
商談がまとまった所で、虚屋は懐から紙に包んだ小判を取り出し、二人の前にすっと押し出した。戯作者や絵師を安値でこき使う版元が多い、この天保の御時世を考慮すると、かなり気前が良い。
夢野と狐日はそれぞれ切り餅を懐に入れようとした。
その時だ。
「我等は南町奉行所である。『異世界転生侍』を書いたのは貴様らであるな? 虚屋、夢野枕辺、狐日狸、神妙にお縄につけい!」
長屋の戸を勢いよく開けて飛び込んできたのは、町奉行所の同心達であった。途轍もない剣幕で、夢野達は思わずぎょっとした。彼らは出版という少々やくざな業界で飯を食っているが、実態としては善良な一町民に過ぎない。この様に本気の威圧を受けたのは初めての事である。
「は、はは~」
夢野達は思わずその場に平伏し、大人しく縛についたのであった。
されど町道場への稽古の帰り、童が大八車にはねられそうになっているのを見かけたのが運命の分かれ道でござった。体が勝手に動き、童を助けておったでござるよ。
それで拙者は童を助けたものの代わりに大八車にはねられ、結局死んでしもうた。
二十年の儚い人生でござったのう。
されど神仏はちゃんと衆生の善行を見ているものでござるな。なんと死んだ後、光に包まれた不思議な場所に辿り着き、そこで梵天様に出会ったでござるよ。
我が身を捨てて童を助けた心意気を買われ、別の世界に転生させてくれることになったでござるよ。しかも、米を自由に出現させる事だ出来るという神通力も加えてでござる。
転生先の世界では、米を出す力を活かして辺境の貧しい村を救ったり、民草を襲う鬼どもを剣で退治したりして名声を得て、皇帝とも友誼を結んでおった。
それに魔王なる存在が世界を脅かしておって、拙者がその討伐のために皇帝から頼られてしまったでござるよ。いや~、有能なのも一苦労でござるなあ。
魔王討伐のために共に旅をする仲間が次々と増えていったんでござるが、皇帝の娘やら狐娘やら、行く先々でどんどん増えていったでござる。もてる男はつらいでござるなあ。
特に魔王の娘が拙者と共に行くと言い出した時はびっくりしたでござるよ。
女人ばかりでござるが互いに信頼し、頼りになる仲間に恵まれた拙者は、今日も魔王討伐のために旅を続けるでござるよ。だ
「いや~、夢野先生の『異世界転生侍』の売れ行きが好調で好調で、もう笑いが止まりませんよ。はっはっはっ」
「そうだろう、そうだろう。この、今を時めく戯作者の夢野枕辺の本が、売れないわけがないだろう」
本やら書きかけの紙片やらが散らばる狭い長屋の一室で、二人の男が笑い声をあげながら酒をあおっていた。また、彼らと車座になって、一人の女も座っている。
片方の男の名を夢野枕辺と言い、本人が言った通り、今江戸で評判の戯作者である。無精髭がぼうぼうに生えているせいで一見年齢不詳だが、よく観察してみれば肌に艶があり、若々しさが窺える。
夢野が書いた読本「異世界転生侍」は、今江戸で一番の人気作品であると言えよう。うだつの上がらなかった主人公が、転生した世界で活躍するという奇抜な設定は大いに町人達の心を捉え、次々に登場する魅力的な人物も好評を博している。
また、非常に現実味の無い馬鹿馬鹿しい筋書きと言ってしまえばそれまでなのだが、あちこちに儒学や仏典、軍記物からの引用が見られ、こっそりと武士や坊主も愛読しているという噂すらある。
「ちょっと、あたしの事も忘れてもらっちゃ困るよ。『異世界転生侍』は、この狐日狸の描いた挿絵も評判なんだからさ。虚屋さん、版元のあんたならその辺のところ、よく分かってんだろ?」
「はい、はい。よっく存じておりますよ。ですからこうしてお二人にお礼を申し上げているんでございますよ」
虚屋と呼ばれた商人風の男は、狐日と名乗った女に何度もぺこぺこと頭を下げた。老中水野忠邦の決定により、庶民に対しても倹約令が出ているというのに虚屋と呼ばれた男は豪華極まりない服装をしている。相当儲かっているのだろう。普段は見えない服の裏地に凝ったりする事を美徳とする江戸の町人からすれば、少々外れた美意識を持った男だ。本人の言によれば、読本の版元は本を通じて夢を売っているのであるから、売っている版元自身も現実離れした服装をするべきとの事である。
本気なのかどうかは分からないが。
それに比べたら、執筆や柵がで夢を生産しているはずの夢野も狐日も地味な格好である。もっとも、生地も仕立ても質素だが、清潔感はある。
「ところで、次の展開はどうするのですか? 読者は続きを楽しみにしていますよ」
「次は、猫娘を出す。魔王の軍に村を焼かれている所に、玉木達が通りかかって救い出すんだ。と言う訳で、挿絵の方を頼むよ。綾女」
「ちょっと、枕辺さん? 仕事の話をする時は、狐日狸だって言ってるでしょ」
「つってもよ。ころころ画号が変わるから、昔からの名前の方が言いやすいんだ」
「それはそれ、これはこれよ。それに、また女の子を増やすの? もう二十人は仲間になってるじゃない。ちょっと同じ展開が続き過ぎじゃない?」
「しかしですね、夢野先生の書くこの展開、読者にはとても好評なんでございますよ」
「ま、あたしは注文通り描くだけだからいいけどさ」
「ああ、頼むぜ。狐日先生」
商談がまとまった所で、虚屋は懐から紙に包んだ小判を取り出し、二人の前にすっと押し出した。戯作者や絵師を安値でこき使う版元が多い、この天保の御時世を考慮すると、かなり気前が良い。
夢野と狐日はそれぞれ切り餅を懐に入れようとした。
その時だ。
「我等は南町奉行所である。『異世界転生侍』を書いたのは貴様らであるな? 虚屋、夢野枕辺、狐日狸、神妙にお縄につけい!」
長屋の戸を勢いよく開けて飛び込んできたのは、町奉行所の同心達であった。途轍もない剣幕で、夢野達は思わずぎょっとした。彼らは出版という少々やくざな業界で飯を食っているが、実態としては善良な一町民に過ぎない。この様に本気の威圧を受けたのは初めての事である。
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