39 / 39
終章「忍者同心」
最終話「忍者同心」
しおりを挟む
囃子の又左、捕縛さるの報は関東一円に速やかに広まった。長きにわたり人々を苦しめて来た悪党が捕まったのだ。この偉業により、捕り方を率いていた稲生の名声は人々の間で大いに高まっている。南町奉行の大岡が名奉行として評判で、それと比較されていた稲生にとってまさに面目躍如の一件であった。
また、その捕り物で中心的な活躍をしていた一人の同心の名も、同時に広まっていたのであった。
「文ちゃん聞いたか? 芝居小屋の連中が、今江戸で評判の忍者同心の活躍を演じるんだってよ。人気者だねえ」
「どうでも良い事だ。まあ、皆が喜んでくれるなら、それはそれで結構じゃないか」
以前なら忍者同心などと呼ばれると少し嫌そうな顔をしていたのだが、善三に茶化されても今はそんな素振りを見せない。
「ねえ、今から一緒にその忍者同心の芝居を見に行こうよ。本人が見るとか、面白いじゃない?」
「今からって、今は市中見廻り中だぞ。月番が終わる来月にしてくれよ」
朱音が文蔵の袖を取って誘うが、文蔵は渋い顔だ。大捕物で活躍したからといって仕事が免除される訳ではない。今も朱音と善三を連れて見廻りの最中だ。
「ええ? 人気がなかったら、来月までやってないかもしれないじゃない。忍者同心って語感の受けを狙っただけの一発芸みたいなものだから、すぐに飽きられるわよ」
「まあそうかもな」
文蔵や朱音は旅芸人として生きてきただけあって、芸には厳しい。彼らは高度な芸を磨くのが一座の方針だったのだ、一時的な受けを狙う芸には少々辛口になる。
「じゃあ……」
「行かないよ。もしも見廻りを怠って、それで泣く人が増えたらどうするんだ?」
以前、粟口が悪党を捕え損ねた事を後悔していた姿が今でも文蔵の目に焼き付いている。実のところ粟口の責任とは言えない事象なのだが、最善を尽くさねば後悔する羽目になる事は学び取ったのである。
「そこにいるのは、服部文蔵殿か?」
文蔵が朱音とやり合っていると、誰かが声をかけてきた。その人物には見覚えがある。服部成満である。彼は忍者総取締の称号をかけて文蔵に勝負を挑んできた服部成定の兄で、桑名藩に仕えている。
「伝説の鉢金だどうだとか、胡乱な事を言っていた弟がその様な事を口にするのは止めてくれた。お主が説得してくれたのだろう。感謝する」
「いや、特に説得はしてないのですが」
囃子の又左の屋敷で、伝説の鉢金を見つけた忍者達の中に、それを自分の物にしようとする者は結局現れなかったそうだ。
彼らは自分達の現状に不満を持ち、祖先の栄光である忍者としての役割に拘りを持つようになっていた。その極地が伝説の鉢金を獲得する事による忍者総取締の称号であったのだ。
だが、囃子の又左との戦いや、その結果子供達を救ったためか、何かが満たされた様だ。未だに自分達は忍者であると主張しているのだが、これまで程強烈に主張していない。以前は文蔵の顔を見ると、忍者同心などと呼ばれいい気になるなよなどと嫌味を言って来たのだが、あの戦いから戻って来てからその様な大人げない行為はしなくなったのだ。
その後少しばかりの挨拶を交わすと、成満はこれから用事があると言い去っていった。
成定達は、文蔵と共に悪党と戦う事で忍者としての拘りを無くす事が出来た様だ。逆に文蔵は、彼らと共に戦う事で自分が忍者として見られる事への忌避感が無くなって来た。
文蔵達は同じ経験をしながら忍者としての自分に対して正反対の態度をとるようになった。だが、その根本は同じ様な気が文蔵にはしていた。
彼らは忍者としての自分に拘らずとも良いように成長したのであるし、文蔵は忍者と呼ばれても構わないように成長している。人間としての芯が確立したのは同じ事であろう。
「よし、気が変わった。今から芝居見物に行こう」
「お、そうか。じゃあ美味い弁当でも買って行くか」
「兄さん、あんたついて来るつもり?」
「ははっ。どっちでも良いじゃないか。さあ、行くぞ」
言い争う兄妹を尻目に、文蔵は笑顔で歩き出した。
また、その捕り物で中心的な活躍をしていた一人の同心の名も、同時に広まっていたのであった。
「文ちゃん聞いたか? 芝居小屋の連中が、今江戸で評判の忍者同心の活躍を演じるんだってよ。人気者だねえ」
「どうでも良い事だ。まあ、皆が喜んでくれるなら、それはそれで結構じゃないか」
以前なら忍者同心などと呼ばれると少し嫌そうな顔をしていたのだが、善三に茶化されても今はそんな素振りを見せない。
「ねえ、今から一緒にその忍者同心の芝居を見に行こうよ。本人が見るとか、面白いじゃない?」
「今からって、今は市中見廻り中だぞ。月番が終わる来月にしてくれよ」
朱音が文蔵の袖を取って誘うが、文蔵は渋い顔だ。大捕物で活躍したからといって仕事が免除される訳ではない。今も朱音と善三を連れて見廻りの最中だ。
「ええ? 人気がなかったら、来月までやってないかもしれないじゃない。忍者同心って語感の受けを狙っただけの一発芸みたいなものだから、すぐに飽きられるわよ」
「まあそうかもな」
文蔵や朱音は旅芸人として生きてきただけあって、芸には厳しい。彼らは高度な芸を磨くのが一座の方針だったのだ、一時的な受けを狙う芸には少々辛口になる。
「じゃあ……」
「行かないよ。もしも見廻りを怠って、それで泣く人が増えたらどうするんだ?」
以前、粟口が悪党を捕え損ねた事を後悔していた姿が今でも文蔵の目に焼き付いている。実のところ粟口の責任とは言えない事象なのだが、最善を尽くさねば後悔する羽目になる事は学び取ったのである。
「そこにいるのは、服部文蔵殿か?」
文蔵が朱音とやり合っていると、誰かが声をかけてきた。その人物には見覚えがある。服部成満である。彼は忍者総取締の称号をかけて文蔵に勝負を挑んできた服部成定の兄で、桑名藩に仕えている。
「伝説の鉢金だどうだとか、胡乱な事を言っていた弟がその様な事を口にするのは止めてくれた。お主が説得してくれたのだろう。感謝する」
「いや、特に説得はしてないのですが」
囃子の又左の屋敷で、伝説の鉢金を見つけた忍者達の中に、それを自分の物にしようとする者は結局現れなかったそうだ。
彼らは自分達の現状に不満を持ち、祖先の栄光である忍者としての役割に拘りを持つようになっていた。その極地が伝説の鉢金を獲得する事による忍者総取締の称号であったのだ。
だが、囃子の又左との戦いや、その結果子供達を救ったためか、何かが満たされた様だ。未だに自分達は忍者であると主張しているのだが、これまで程強烈に主張していない。以前は文蔵の顔を見ると、忍者同心などと呼ばれいい気になるなよなどと嫌味を言って来たのだが、あの戦いから戻って来てからその様な大人げない行為はしなくなったのだ。
その後少しばかりの挨拶を交わすと、成満はこれから用事があると言い去っていった。
成定達は、文蔵と共に悪党と戦う事で忍者としての拘りを無くす事が出来た様だ。逆に文蔵は、彼らと共に戦う事で自分が忍者として見られる事への忌避感が無くなって来た。
文蔵達は同じ経験をしながら忍者としての自分に対して正反対の態度をとるようになった。だが、その根本は同じ様な気が文蔵にはしていた。
彼らは忍者としての自分に拘らずとも良いように成長したのであるし、文蔵は忍者と呼ばれても構わないように成長している。人間としての芯が確立したのは同じ事であろう。
「よし、気が変わった。今から芝居見物に行こう」
「お、そうか。じゃあ美味い弁当でも買って行くか」
「兄さん、あんたついて来るつもり?」
「ははっ。どっちでも良いじゃないか。さあ、行くぞ」
言い争う兄妹を尻目に、文蔵は笑顔で歩き出した。
18
お気に入りに追加
24
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
女奉行 伊吹千寿
大澤伝兵衛
歴史・時代
八代将軍徳川吉宗の治世において、女奉行所が設置される事になった。
享保の改革の一環として吉宗が大奥の人員を削減しようとした際、それに協力する代わりとして大奥を去る美女を中心として結成されたのだ。
どうせ何も出来ないだろうとたかをくくられていたのだが、逆に大した議論がされずに奉行が設置されることになった結果、女性の保護の任務に関しては他の奉行を圧倒する凄まじい権限が与えられる事になった。
そして奉行を務める美女、伊吹千寿の下には、〝熊殺しの女傑〟江沢せん、〝今板額〟城之内美湖、〝うらなり軍学者〟赤尾陣内等の一癖も二癖もある配下が集う。
権限こそあれど予算も人も乏しい彼女らであったが、江戸の町で女たちの生活を守るため、南北町奉行と時には反目、時には協力しながら事件に挑んでいくのであった。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
家事と喧嘩は江戸の花、医者も歩けば棒に当たる。
水鳴諒
歴史・時代
叔父から漢方医学を学び、長崎で蘭方医学を身につけた柴崎椋之助は、江戸の七星堂で町医者の仕事を任せられる。その際、斗北藩家老の父が心配し、食事や身の回りの世話をする小者の伊八を寄越したのだが――?
証なるもの
笹目いく子
歴史・時代
あれは、我が父と弟だった。天保11年夏、高家旗本の千川家が火付盗賊改方の襲撃を受け、当主と嫡子が殺害された−−。千川家に無実の罪を着せ、取り潰したのは誰の陰謀か?実は千川家庶子であり、わけあって豪商大鳥屋の若き店主となっていた紀堂は、悲嘆の中探索と復讐を密かに決意する。
片腕である大番頭や、許嫁、親友との間に広がる溝に苦しみ、孤独な戦いを続けながら、やがて紀堂は巨大な陰謀の渦中で、己が本当は何者であるのかを知る。
絡み合う過去、愛と葛藤と後悔の果てに、紀堂は何を選択するのか?(性描写はありませんが暴力表現あり)
蘭癖高家
八島唯
歴史・時代
一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。
遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。
時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。
大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを――
※挿絵はAI作成です。
信乃介捕物帳✨💕 平家伝説殺人捕物帳✨✨鳴かぬなら 裁いてくれよう ホトトギス❗ 織田信長の末裔❗ 信乃介が天に代わって悪を討つ✨✨
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
歴史・時代
信長の末裔、信乃介が江戸に蔓延る悪を成敗していく。
信乃介は平家ゆかりの清雅とお蝶を助けたことから平家の隠し財宝を巡る争いに巻き込まれた。
母親の遺品の羽子板と千羽鶴から隠し財宝の在り処を掴んだ清雅は信乃介と平賀源内等とともに平家の郷へ乗り込んだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
良い作品を有難う御座いました。夢中で読み3日間で最後まで読み終えました。時代背景の詳細な解説もあり、一気に読了致しました。次回作品を愉しみにしています。
コンテストのランキングの中で面白そうな作品だったので、読ませて頂きました。
時代物は詳しくないのですが、冒頭の描写は江戸時代風の場面を思い浮かべることができました。
登場人物のセリフが自然な感じなところも秀逸だと思います。
感想ありがとうございます。時代ものに詳しくない人にも楽しんでもらえるように書きましたので、楽しんでいただけたようで良かったです。