忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛

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終章「忍者同心」

最終話「忍者同心」

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 囃子の又左、捕縛さるの報は関東一円に速やかに広まった。長きにわたり人々を苦しめて来た悪党が捕まったのだ。この偉業により、捕り方を率いていた稲生の名声は人々の間で大いに高まっている。南町奉行の大岡が名奉行として評判で、それと比較されていた稲生にとってまさに面目躍如の一件であった。

 また、その捕り物で中心的な活躍をしていた一人の同心の名も、同時に広まっていたのであった。

「文ちゃん聞いたか? 芝居小屋の連中が、今江戸で評判の忍者同心の活躍を演じるんだってよ。人気者だねえ」

「どうでも良い事だ。まあ、皆が喜んでくれるなら、それはそれで結構じゃないか」

 以前なら忍者同心などと呼ばれると少し嫌そうな顔をしていたのだが、善三に茶化されても今はそんな素振りを見せない。

「ねえ、今から一緒にその忍者同心の芝居を見に行こうよ。本人が見るとか、面白いじゃない?」

「今からって、今は市中見廻り中だぞ。月番が終わる来月にしてくれよ」

 朱音が文蔵の袖を取って誘うが、文蔵は渋い顔だ。大捕物で活躍したからといって仕事が免除される訳ではない。今も朱音と善三を連れて見廻りの最中だ。

「ええ? 人気がなかったら、来月までやってないかもしれないじゃない。忍者同心って語感の受けを狙っただけの一発芸みたいなものだから、すぐに飽きられるわよ」

「まあそうかもな」

 文蔵や朱音は旅芸人として生きてきただけあって、芸には厳しい。彼らは高度な芸を磨くのが一座の方針だったのだ、一時的な受けを狙う芸には少々辛口になる。

「じゃあ……」

「行かないよ。もしも見廻りを怠って、それで泣く人が増えたらどうするんだ?」

 以前、粟口が悪党を捕え損ねた事を後悔していた姿が今でも文蔵の目に焼き付いている。実のところ粟口の責任とは言えない事象なのだが、最善を尽くさねば後悔する羽目になる事は学び取ったのである。

「そこにいるのは、服部文蔵殿か?」

 文蔵が朱音とやり合っていると、誰かが声をかけてきた。その人物には見覚えがある。服部成満である。彼は忍者総取締の称号をかけて文蔵に勝負を挑んできた服部成定の兄で、桑名藩に仕えている。

「伝説の鉢金だどうだとか、胡乱な事を言っていた弟がその様な事を口にするのは止めてくれた。お主が説得してくれたのだろう。感謝する」

「いや、特に説得はしてないのですが」

 囃子の又左の屋敷で、伝説の鉢金を見つけた忍者達の中に、それを自分の物にしようとする者は結局現れなかったそうだ。

 彼らは自分達の現状に不満を持ち、祖先の栄光である忍者としての役割に拘りを持つようになっていた。その極地が伝説の鉢金を獲得する事による忍者総取締の称号であったのだ。

 だが、囃子の又左との戦いや、その結果子供達を救ったためか、何かが満たされた様だ。未だに自分達は忍者であると主張しているのだが、これまで程強烈に主張していない。以前は文蔵の顔を見ると、忍者同心などと呼ばれいい気になるなよなどと嫌味を言って来たのだが、あの戦いから戻って来てからその様な大人げない行為はしなくなったのだ。

 その後少しばかりの挨拶を交わすと、成満はこれから用事があると言い去っていった。

 成定達は、文蔵と共に悪党と戦う事で忍者としての拘りを無くす事が出来た様だ。逆に文蔵は、彼らと共に戦う事で自分が忍者として見られる事への忌避感が無くなって来た。

 文蔵達は同じ経験をしながら忍者としての自分に対して正反対の態度をとるようになった。だが、その根本は同じ様な気が文蔵にはしていた。

 彼らは忍者としての自分に拘らずとも良いように成長したのであるし、文蔵は忍者と呼ばれても構わないように成長している。人間としての芯が確立したのは同じ事であろう。

「よし、気が変わった。今から芝居見物に行こう」

「お、そうか。じゃあ美味い弁当でも買って行くか」

「兄さん、あんたついて来るつもり?」

「ははっ。どっちでも良いじゃないか。さあ、行くぞ」

 言い争う兄妹を尻目に、文蔵は笑顔で歩き出した。
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みんなの感想(2件)

九鬼健一
2024.09.07 九鬼健一

良い作品を有難う御座いました。夢中で読み3日間で最後まで読み終えました。時代背景の詳細な解説もあり、一気に読了致しました。次回作品を愉しみにしています。

解除
金色のクレヨン@釣りするWeb作家

コンテストのランキングの中で面白そうな作品だったので、読ませて頂きました。
時代物は詳しくないのですが、冒頭の描写は江戸時代風の場面を思い浮かべることができました。
登場人物のセリフが自然な感じなところも秀逸だと思います。

大澤伝兵衛
2024.06.12 大澤伝兵衛

感想ありがとうございます。時代ものに詳しくない人にも楽しんでもらえるように書きましたので、楽しんでいただけたようで良かったです。

解除

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