103 / 110
第4章 ニクジン編
第100話「返り討ち」
しおりを挟む
新たな戦いは、外つ者達によって壊された玄関の穴から、何か小さい物体が投げ込まれた事により幕を開けた。
飛び込んできた物体は、コーヒー缶ほどの金属製品である。
これはフラッシュグレネードと呼ばれる非殺傷兵器であり、閃光と轟音を発する。警察や軍隊が使用する兵器であり、相手を殺さずに無力化出来ることから、人質が存在する恐れがある場合の戦闘で有効である。
なお、非殺傷兵器とは言ってもその爆音は凄まじく、心臓に疾患にある人間が至近距離で効果を受ければ、死に至る可能性があるほどだ。そうでない健康な人間であっても、しばらくは戦闘不能になるのは間違いない。
フラッシュグレネードが効果を発揮する前に気が付き、目を閉じるなり耳を塞ぐなりすればある程度効果を減じることが出来るが、それは相当こういった兵器が使用される現代戦に習熟した人間でなければ反応出来ないだろう。
ニクジンの肉を体に取り入れたことにより復活した伊部鉄郎は、現代においては最高峰の武芸者である。しかし、それは刀や槍などの古典的な武具を使っての戦いであり、フラッシュグレネードについては存在を小耳に挟んだ程度だ。
よって伊部鉄郎は、投げ込まれたフラッシュグレネードの事を気が付いたものの、それに対して有効な動作をとることが出来ず、まともに食らうことになった。
これにより伊部鉄郎の視力と聴力は一時的に失われる事になる。
そして、間近に倒れていた修と千祝も反応することが出来なかったので、当然の事ながら影響を受けて視力と聴力を一時失った。ゲームの様に味方の使用した兵器だからと言って、都合よく被害を避けられるような兵器など無いのだ。
フラッシュグレネードの効果は、閃光と轟音により視覚と聴覚を一時的に失わせることだが、まともに食らった場合それだけに留まらない。その強すぎる衝撃は思考を麻痺させ、まともに行動させることを困難にする。修と千祝もしばらくは倒れたまま藻掻くしかなった。気絶しなかっただけましだろう。
そして、少し時間が経過すると、何とか失われた感覚が段階的に戻ってくる。
涙で滲んだ目を擦りながら状況を確認しようとする修と千祝の視界に映ったのは、廊下に倒れた十数人の抜刀隊隊員の姿であった。そのすぐそばには伊部鉄郎が刀を肩に担いで立っている。
「そんな……あの爆発を受けて、逆に倒したのか?」
「もちろんだ。お前は見えていただろう? 葉山」
「は、はい。爆発が起こった直後に玄関から何人もの抜刀隊の隊員が切り込んできましたが、先生が10秒もしないうちに全員倒してしまいました」
少し離れていた所にいた葉山は、フラッシュグレネードの効果をあまり受けていなかったため何が起こっていたのか見えていたのだ。
「これはそんなに難しいことじゃあない。心身新陰流の神髄は、目に頼って戦う事ではない。相手の気配を感じ取ればこの程度容易い事だ。違うか?」
「それはそうだが……」
伊部鉄郎の説明を受けても、なおも納得がいかない様子の修達を見て伊部鉄郎は少し考えた後、何かに気が付いた様子でピシャリと手のひらで額を叩いた。
「ああ。失敬失敬。目を閉じたまま戦うなど、お前たちにとっても可能な話であったな。確かにこの程度の腕前の連中なら目を瞑ったまま倒せるだろう。疑問なのは音の方だろう? だが、これも簡単な話だ。丹田に気を込めればあの程度の轟音を食らっても、動じる事など無いのだ。多少鼓膜が痛かったがな」
余裕の表情で語る伊部鉄郎を見て、修と千祝はあまりの実力の差に絶望した。
二人は武芸に関して相当な技量を身につけているのだが、まだ高校一年生の若者である。その人生のほとんどを武技の研鑽に費やしてきた老剣術家の剣技とは天と地ほどの差がある。以前達人の域に達した武芸者と戦い、何とか勝利したことがあるが、それは相手がまだ30代と達人の中では若造の部類であり、しかも勝ちを譲ってくれただけだ。
地上最高峰の剣技を身につけ、しかもニクジンの肉によって若々しい肉体を保っている本来あり得ない存在。その様な化け物に対してどの様に戦えば良いのか、これまで何度も危機を乗り越えてきた修と千祝にも分からなかった。
もしかしたら、以前防衛隊の演習場で100メートルはあろうかという巨人のダイダラボッチが復活した時、大砲によって対処した事がある。本来ダイダラボッチほど高位の外つ者に対しては、近代兵器では止めを刺すことが出来ないのだが、大砲の集中射撃で木っ端微塵にして戦闘不能にした瞬間に刀で仕留めたのだ。砲弾の嵐に巻き込まれれば、いかに達人中の達人である伊部鉄郎であろうとも、倒れてもおかしくはない。
しかし、ここは住宅街である。防衛隊がここに砲弾を撃ち込んだり、爆発物を仕掛けたりすることは何があったも無いだろう。何か理由をつけて周囲の住民を全員避難させれば、不発弾が見つかって結局爆発してしまったとか言い訳で、爆発を伴う兵器を使えるかもしれない。だが、その準備をするにはあまりにも時間がかかり過ぎる。
フラッシュグレネードの効果がかなり薄れ、修達もそろそろ動けるくらいには回復してきた。しかし、絶望的な戦闘力の差に体が動かない。
もはやこれまでかと、二人は覚悟を決めた。
飛び込んできた物体は、コーヒー缶ほどの金属製品である。
これはフラッシュグレネードと呼ばれる非殺傷兵器であり、閃光と轟音を発する。警察や軍隊が使用する兵器であり、相手を殺さずに無力化出来ることから、人質が存在する恐れがある場合の戦闘で有効である。
なお、非殺傷兵器とは言ってもその爆音は凄まじく、心臓に疾患にある人間が至近距離で効果を受ければ、死に至る可能性があるほどだ。そうでない健康な人間であっても、しばらくは戦闘不能になるのは間違いない。
フラッシュグレネードが効果を発揮する前に気が付き、目を閉じるなり耳を塞ぐなりすればある程度効果を減じることが出来るが、それは相当こういった兵器が使用される現代戦に習熟した人間でなければ反応出来ないだろう。
ニクジンの肉を体に取り入れたことにより復活した伊部鉄郎は、現代においては最高峰の武芸者である。しかし、それは刀や槍などの古典的な武具を使っての戦いであり、フラッシュグレネードについては存在を小耳に挟んだ程度だ。
よって伊部鉄郎は、投げ込まれたフラッシュグレネードの事を気が付いたものの、それに対して有効な動作をとることが出来ず、まともに食らうことになった。
これにより伊部鉄郎の視力と聴力は一時的に失われる事になる。
そして、間近に倒れていた修と千祝も反応することが出来なかったので、当然の事ながら影響を受けて視力と聴力を一時失った。ゲームの様に味方の使用した兵器だからと言って、都合よく被害を避けられるような兵器など無いのだ。
フラッシュグレネードの効果は、閃光と轟音により視覚と聴覚を一時的に失わせることだが、まともに食らった場合それだけに留まらない。その強すぎる衝撃は思考を麻痺させ、まともに行動させることを困難にする。修と千祝もしばらくは倒れたまま藻掻くしかなった。気絶しなかっただけましだろう。
そして、少し時間が経過すると、何とか失われた感覚が段階的に戻ってくる。
涙で滲んだ目を擦りながら状況を確認しようとする修と千祝の視界に映ったのは、廊下に倒れた十数人の抜刀隊隊員の姿であった。そのすぐそばには伊部鉄郎が刀を肩に担いで立っている。
「そんな……あの爆発を受けて、逆に倒したのか?」
「もちろんだ。お前は見えていただろう? 葉山」
「は、はい。爆発が起こった直後に玄関から何人もの抜刀隊の隊員が切り込んできましたが、先生が10秒もしないうちに全員倒してしまいました」
少し離れていた所にいた葉山は、フラッシュグレネードの効果をあまり受けていなかったため何が起こっていたのか見えていたのだ。
「これはそんなに難しいことじゃあない。心身新陰流の神髄は、目に頼って戦う事ではない。相手の気配を感じ取ればこの程度容易い事だ。違うか?」
「それはそうだが……」
伊部鉄郎の説明を受けても、なおも納得がいかない様子の修達を見て伊部鉄郎は少し考えた後、何かに気が付いた様子でピシャリと手のひらで額を叩いた。
「ああ。失敬失敬。目を閉じたまま戦うなど、お前たちにとっても可能な話であったな。確かにこの程度の腕前の連中なら目を瞑ったまま倒せるだろう。疑問なのは音の方だろう? だが、これも簡単な話だ。丹田に気を込めればあの程度の轟音を食らっても、動じる事など無いのだ。多少鼓膜が痛かったがな」
余裕の表情で語る伊部鉄郎を見て、修と千祝はあまりの実力の差に絶望した。
二人は武芸に関して相当な技量を身につけているのだが、まだ高校一年生の若者である。その人生のほとんどを武技の研鑽に費やしてきた老剣術家の剣技とは天と地ほどの差がある。以前達人の域に達した武芸者と戦い、何とか勝利したことがあるが、それは相手がまだ30代と達人の中では若造の部類であり、しかも勝ちを譲ってくれただけだ。
地上最高峰の剣技を身につけ、しかもニクジンの肉によって若々しい肉体を保っている本来あり得ない存在。その様な化け物に対してどの様に戦えば良いのか、これまで何度も危機を乗り越えてきた修と千祝にも分からなかった。
もしかしたら、以前防衛隊の演習場で100メートルはあろうかという巨人のダイダラボッチが復活した時、大砲によって対処した事がある。本来ダイダラボッチほど高位の外つ者に対しては、近代兵器では止めを刺すことが出来ないのだが、大砲の集中射撃で木っ端微塵にして戦闘不能にした瞬間に刀で仕留めたのだ。砲弾の嵐に巻き込まれれば、いかに達人中の達人である伊部鉄郎であろうとも、倒れてもおかしくはない。
しかし、ここは住宅街である。防衛隊がここに砲弾を撃ち込んだり、爆発物を仕掛けたりすることは何があったも無いだろう。何か理由をつけて周囲の住民を全員避難させれば、不発弾が見つかって結局爆発してしまったとか言い訳で、爆発を伴う兵器を使えるかもしれない。だが、その準備をするにはあまりにも時間がかかり過ぎる。
フラッシュグレネードの効果がかなり薄れ、修達もそろそろ動けるくらいには回復してきた。しかし、絶望的な戦闘力の差に体が動かない。
もはやこれまでかと、二人は覚悟を決めた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる