当世退魔抜刀伝

大澤伝兵衛

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第1章 ヤトノカミ編

第35話「決着(前編)」

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「勝ったのか?」

 現実味の無い怪物との戦い、しかもその倒した相手も消えてしまっていることもあり、勝利の実感が湧きにくい。しかし、辺りに倒れている警官達、体にこびりついたヤトノカミの血や粘液、そして手に残る布津御霊剣ふつのみたまのつるぎで切り裂いた感触が、戦いと勝利が現実であったと伝えてくれる。

「見ているんでしょう? 決着をつけましょう」

 修にとってヤトノカミに対する勝利は、もうどうでも良い過去のものになっていた。修にとって重要なのは常に千祝であり、それは今確保できている。ならば現段階において関心事項は、この事態を作り出した直接の原因、黒マントの男だ。

「気づいていたか」

「当然です……と言いたいところですが、気が付いたのは今しがたです」

「流石にヤトノカミと戦いながらでは周囲に気を配るのは無理だったか」

 林の暗闇から現れたのは黒マントの男、鞍馬であった。

「俺を仲間にしようとしていたのは、こういうことなんですね? 何でこの剣を操れたのかは分かりませんが」

「五年前、お前が布津御霊を使ってヤトノカミを撃退したということは、風の噂で聞いていた。理由は確かなことは分からないが、お前の父親はあらゆる武器の使い方をすぐにマスターしていたが、前に聞いたら先祖代々そうだとさ。だからお前もそうなんだろうさ」

「だとしても、武器の使い方に優れているだけで使いこなせるなら、俺の他にも、それこそ父さんも使いこなせてもおかしくないのでは?」

「詳しくは知らないが、お前の母親は霊媒師の家系だそうな。人の思いの籠った物、遺品とかそういう物から、思いを読み取ることが出来たとか聞いたことがある。思いを読み取るとか理解しがたいことだが、今のお前を見ていれば信じる気になれるというものだ」

 修は自分が布津御霊を使いこなせた理由を何となく理解した。武器を使いこなす父親の血筋で、巨大な剣を直感的に使いこなし、霊媒師としての母親の血筋で魔を払う神具としての使い方を誰にも教わることなく復活させることが出来たのだ。恐らく古代に布津御霊を使っていた者の思いを読み取ったのだろう。

「そして、お前が秘めた力について気が付いたのは、俺だけではない。太刀花さんや、恐らく抜刀隊を失って新たな戦力を求めている警察も気付いていて、お前が新たな戦力になることを望んでいる」

「それは……そうかも知れませんね」

 優れた武芸者が今より大勢いた時ですら持て余していたヤトノカミを、容易く屠れる布津御霊を使いこなせる修の能力は、確かに喉から手が出るほど欲しいものであろう。

「だから待った。五年前の様に、布津御霊の退魔の力を発揮できても体がついてこずに壊れてしまう子供から、体力的にも充実するこの時まで。五年前のあの時から武芸を徹底的に鍛える環境、両親を失っていても財政的に困らずそれだけ体を大きく出来るくらいの生活、これらは将来お前を利用するために整えられたものだったのだ。お前は純粋に武芸を極めたいと思って精進してきたのかもしれないが、その思いは周囲の思うつぼだったのだよ。そして、目の前の悪事を見逃すことの出来ない正義の心。これも父親譲りで実に都合が良い」

「……」

「しかし、その正義、言わば侍の心はこちらにも好都合。お前の周りで陰謀を匂わせればきっとおびき出されてここに来ると思っていたし、真の武人が少なくなった世の中でお前こそが仲間になるのに相応しい」

 黒マントの言うことはある意味もっともであると修は思った。高校一年生にしては修の武芸に関する技量は卓越しており、これは単に才能があっただけでなく、環境が整えられていたためである。

 しかし、

「一つ大きな思い違いがあります」

「ほう?」

「俺がこれまで必死に稽古してきたのは、千祝を守るためだ。体が大きくなるように食事や生活を整えてきたのも俺より背の高かった千祝の隣に並ぶのに相応しくなるためだ。他の理由なんて何一つない」

「は?」

「俺が大きくなった時、その力を利用したい。そういう思惑が周囲にあったかも知れませんが、それは関係ありません。大人になった時に自分の意思で決めることです。今、子供なのに戦いに関わることになりましたが、それはあなたのせいで国の組織とかは関係ないでしょう」

「……」

 予想外の答えだったのか、黒マントはしばらく黙っていた。

「それじゃあ何か? お前が今まで修行して来たのは女のためだったと?」

「そうです」

「苦しい修行に耐えてきたのも、武芸を極めるとかそういう訳でもないと?」

「そうです。後は苦しいというより面白いですからね」

「ここまでわざわざ来た理由は何だ? 五年前の事件の真相が知りたいとか、父親の跡を継いでこの国のためや正義のために戦うためとかそういうことじゃないのか? ならばそういうつもりはなくても周囲の影響を受けているぞ」

「違いますよ。自分としては身にかかる火の粉を振り払うだけで十分だったけど、千祝に手を出してきたからこちらから出向いて解決しなくちゃと思っただけですよ」

「……」

 修の語る動機は、黒マントが考えていたものとはあまりに違ったらしい。

「すみません。最初にあなたが接触してきた時に、同級生を助けた事を正義漢からだとか言ってましたが、それも勘違いで、実際は千祝と帰る通学路に目障りな奴らがいたから排除しただけなんです。あの時言っておけば、勘違いせずに済んだかもしれませんね」

「……」

「そういう訳ですから、あなたの仲間になるにはちょっとジャンルが違うんじゃないかと」

「国に利用された。されようとしている、犠牲者でもなけば、武芸を極めんとする同士でも、悪を滅ぼす正義の心の持ち主でもないということか」

「そうなりますね」

「じゃあお前が味方になる要素は全くないということか?」

「そうですね」

「敵ってことだな?」

「会った時からそうですね」

 黒マントは話の途中から兜割りを構えた。その瞳には今までの戦いでは感じたことのない敵意が込められていた。黒マントの修に対する認識が変化した結果と思われた。

 修も布津御霊を八双に構えて迎撃態勢をとる。

 修の予想では黒マントは前に戦った通り縮地を使い、更にはそこに本気の攻撃を乗せてくると見ていた。修の持つ長大な布津御霊と黒マントの持つ兜割りを比べた場合、威力では布津御霊が上であろうが、攻撃の速度は兜割りが上であろう。

 しかも黒マントの攻撃の速度に縮地の速度まで加わっている。しかし、修には勝機があった。こちらの間合いが広いことを利用して、相手が飛び込んでくる瞬間に攻撃すれば良いのだ。これは道場破りの青山との戦いや先ほどの黒マントとの戦いで証明されている。

 後は攻撃の瞬間を察知することが出来るかであるが、今までもある程度は出来ていたし、布津御霊を使いこなせる様になってから精神が研ぎ澄まされているのを感じていた為自信があった。

 修は精神を集中させ黒マントの攻撃を待ち構えた。黒マントが攻撃してくるのを感じたら何も考えずに目の前の空間を全力で切り裂く。これだけを考えた。複雑な攻防をしようとしたところでどうせ相手の姿を捉えることが出来ないのだから単純なことしか出来ない。後はこの剣に宿っている過去の達人の力を発揮すれば太刀打ちできると信じていた。

 しかし、

「テヤァッ! グフッ!」

 黒マントの攻撃を察知して振り下ろした剣は、確かに黒マントの攻撃が届く前にその進路を防ぐことに成功し、布津御霊と兜割りは激しく激突した。そして、そのまま相手の勢いを殺すことが出来ず、逆にこちらの態勢を崩し、腹部に強力な蹴りを受けてしまった。

 衝撃から立ち直る余裕は与えられず、黒マントは兜割りで更なる連撃を加えてくる。接近しすぎた間合いでは長大な布津御霊は逆に不利になり、防戦一方だ。ヤトノカミと戦っている時と同様、布津御霊の使い方は何となく分かるために何とか防ぐことが出来ているが、ヤトノカミを相手にしていた時の様な圧倒的な力を発揮することが出来ない。
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