明治元年の断頭台

大澤伝兵衛

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第二章「標的は勝海舟」

第十八「対峙」

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 吉直は無血開城に関する協議の場に、すんなりと入り込む事が出来た。吉直は幕府の処刑人と呼ばれる山田朝右衛門の養子であるが、実際は浪人である。また、アンリエットは仏蘭西軍人だ。一応薩摩藩と敵対していないのが建前だ。だが、正直なところあっさりと薩摩藩邸の内部まで入り込めたことには二人とも内心驚いていた。すぐに中に入れるとは思っていなかったので、警告だけでもできれば御の字と思っていたのである。

 仏蘭西との関係を気にして、強硬に排除する事は躊躇ったのかもしれない。

 案内に連れられて辿り着いた会談の場には、既に見知っている勝海舟と、恰幅がよく、目がぎょろりとした大男がいた。この人物が西郷隆盛であろう。噂通りの要望である。

 二人は、寛永寺で慶喜が襲撃された事、襲撃者から得られた情報から海舟と西郷の身が危ない事を、早口に海舟に報告した。この報告には驚き、いつも飄々として人を食った態度の海舟にも焦りの表情が見えた。

「報告ありがとうよ。こうなっちゃあ会談どころじゃねえ。延期しようじゃないか。一旦守りを固めて、世界革命団の連中を何とかしてからもう一度話し合おうじゃないか。なあ? 西郷さん」

 海舟は立ち上がり、油断のない表情になってそう提案した。すでに政治家や役人ではなく、一人の武人の顔になっている。若い頃は剣客として名を馳せた人物だ。多少は衰えているが、往年の気迫はまだ残っている。

「西郷さん、あんた早く護衛を集めた方が良いぜ。俺はやっとうが得意だから、今助けに来てくれた二人だけでも協力してくれたら生き延びれるだろうが、あんたは腕を怪我してて刀を振えないんだろ? なあに、心配するこたあねえ、剽悍な薩摩隼人が集まれば、刺客なんぞ一捻りさ。おい、お前何してる。早く助けを呼びやがれ」

 海舟は西郷を守るようにして身構え、吉直達を連れて来た若い薩摩の侍を叱咤した。この侍は、あまりにも予想外の事が起きて状況についていけないのか、呆けた様な表情をしている。そして、助けを求める様に西郷の方を見た。

 その西郷は、何やら考え込んでいたがぽつりと呟いた。

「おいは……恥ずかしか」

「気にしないでください、警護の者が集まるまで、私達が守ります」

「そうです。怪我をしているなら仕方ありません。それに、戦うだけが全てではありません」

「そうじゃなか!」

 西郷のつぶやきに対して、吉直とアンリエットは慰める様な事を言ったのだが、それは即座に西郷に否定された。

「おいは怪しげな連中の甘言にのって、海舟どんをば殺そうとしもした。そんなこと考えてたおいを、おはんらは本気で助けようとしてくれもした。おいは恥ずかしか」

「西郷さん、言ってよかか?」

「よか! それよりすぐに屋敷のもんに知らせい。世界革命団の連中とは手を切ると」

「……分かりもした。そんじゃ行って……ぐあっ!」

 西郷に言われて伝令に行こうとした若い侍は、了解の言葉を言い終える前に悲鳴を上げて倒れた。急な展開に驚く吉直達がそちらの方を見ると、薩摩の侍の胸には刃が突き立っていた。

 日本で流通する形式の短刀ではない。両刃で鋭くとがった異国風の短剣である。

「困りますね、西郷さん。裏切ってもらっては」

「うるさか! 元々おはんらと手を組むなどいっちょらん!」

 部屋の外から声が響いた。そして周囲の襖や障子が勢いよく取り払われ、そこには大勢の男達が武器を手に待機していた。取り囲まれてしまった様だ。

 そして障子が取り払われた事で中庭が見える様になったのだが、そこには断頭台が設置されていた。

「貴様らが、世界革命団だな?」

「如何にも、その名が知られていると言う事は、捕まった者が喋ってしまったようだな。まあ良い、知られたところで我々の計画には何も問題がない」

 吉直の問いかけに、仮面を被った奇妙な男が答えた。顔は直接見えないが、髪の色からすると異人である事が予想できる。異人にしては小柄であるが、誤差の範囲だろう。そしてこうして即座に問いに答えると言う事は、彼こそが首領格に違いない。

「お前が『タンプル塔の亡霊』ですね? 私はアンリエット・サンソン。六代目アンリ・サンソンの孫です。一族の名に賭けて、ギロチンを取り戻させてもらいます!」

 アンリエットの言葉を聞いたタンプル塔の亡霊は、少しの間黙っていたが、よく見ると静かに肩を震わせている。泣いているのでも、恐れおののいているのでもない。声も無く笑っているのだ。

「くくくっ、なんとサンソン家の人間か。これまで我らをしつこく追い回してくれたものだが、こんな極東まで追いかけて来るとはご苦労な事だ。しかも、パリで若いのを始末したから、もう追跡してくる者はいないと思っていたぞ」

「貴様!」

 いつになくアンリエットが激している。処刑人の一族と言う事で、仏蘭西軍の同僚から冷たい扱いを受けた時も、この様な態度は見せなかった。一族が迫害されているからこそ、血縁者を殺された事に対して感情を燃やしているのかもしれないと、吉直は思った。

「俺の名は、山田半左衛門吉直だ。縁あって、アンリエット殿の助太刀をしている。慶喜様を断頭台にかけ、この国を全体を巻き込む革命を起こそうというお前の企みは防いだ。海舟様も西郷様もお助けし、断頭台も返してもらおう」

「サンソン家の者から色々と聞かされているらしいが、そうはいかん。せっかくこの場に、勝海舟と西郷隆盛という争い合う二つの勢力の立役者が揃っているのだからな。ギロチンにかけさせてもらおう」

「なるほどね、幕府方と新政府方で穏便に事を済ませたいと思っている奴が両方死んじまったら、そりゃあ大騒ぎになるわな。そう考えると、無血開城のこの場は絶好の機会って訳だ」

「貴様、最初から裏切るつもりだったか!」

 海舟が世界革命団の思惑を推理し、西郷が吠えた。西郷の迫力は凄まじく、これをまともに受けたら常人は魂消るだろう。現に、世界革命団の何人かは後ずさった。だがタンプル塔の亡霊は薄く笑って受け流した。

「いや? 我々に従うなら殺すつもりは無かったぞ。一度言う事を聞けば、そのままずるずるといくものだからな。まあ反抗するようになれば、もちろん首を刎ねるつもりだったがね」

 元より海舟の首を刎ねる事に、西郷は罪悪感を抱いていた。その状況で必要だからと言って断頭台にかけ、その首を晒すような事をしたのなら、その心の傷に付け込まれて以後は言うがままになっていただろう。

「さて、お喋りはこの位にして、貴様らを捕えて首を刎ねるとしよう。今日準備したギロチンに据え付けられた刃は、フランス革命で穏健派だったダントンと、強硬派だったロベスピエールの首を刎ねた物だ。ちょうど、お前達の首を刎ねるに相応しいと思わんかね?」

 タンプル塔の亡霊は、部下達に仕掛ける様に合図をした。
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