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虹なんかいらない 七月
しおりを挟む夏休みに入って三日目。家。
ペーもガラシも用事があるみたいで今日は世界一のヒマ人だったから、朝からずっとマンガを読んでて、いま午後四時四十七分。
さすがに一回は外に出るかって、とりあえずコンビニへ行くことにした。
で、マンガみたいなこと起きねえかなって思いながら歩いてたら、
「ミヤオ」
って、後ろから呼ばれた。
振り向いたら藤田で、今日もマンガみたいなことは起きそうにない。
「藤田かよ」
「どっか行くのか?」
「コンビニ」
「一緒に行こうぜ。話したいことあったし」
「いいけど部活は?」
「今日は午前連で終わり。いま走ってきた」
「へえ。レギュラーになったんだっけ?」
「そう」
藤田は小学生のときから卓球をしていて、ずっと補欠だったけどちょっと前に遂にレギュラーになった。おれは藤田がずっとがんばっていたのを知っていたから、単純に嬉しい。
「お祝いしてないな」
「なんの?」
「レギュラーになったの。なんかジュースおごるわ」
「マジで?」
「マジで」
で、無駄話をしながらコンビニに着いて、藤田にジュースをおごった。
コンビニの前でまたしばらく話してたら、
「そういえば、さっき土手で山中が犬の散歩してたわ」
って、言った。
おなじ小学校だった山中笑美は、占いが好きなことくらいしか印象の無い女子だ。たしかぺーとおなじ天体観測同好会だ。おれは占いはあんまり信じてなくて、誕生日が十月七日だから天秤座だってことくらいしか知らない。
「山中って、ヒマ人なんだな」
「ミヤオも一緒だろ」
「うるせえ、藤田コノヤロー」
最近、自分の中で流行っている藤田への暴言を吐く。
「でさ、面白いから聞いてくれよ。山中さ、四つ葉のクローバーを探してたんだよ」
「そういうのずっと好きなんだな」
「そう。でさ、おれ中一のときに山中に占ってもらったことあってさ、このまま続ければレギュラーになれるって言われたんだよ」
「へえ、当たったじゃん」
「そう。だからお礼に四つ葉のクローバーを一緒に探して、あったからあげたんだよ」
「……え、終わり?」
「終わり」
「どこが面白い話なんだよ、藤田コノヤロー」
「あー、ごめん。犬のウンコがついた四つ葉のクローバーじゃなくて、臭くないほうの四つ葉のクローバーを探したって言いたかったんだった」
「ぜんぜん意味がわかんねえよ、藤田コノヤロー」
相変わらずトークが下手だなって思った。オレケツで一勝したのは奇跡だったのかも。
「ごめん」
「べつに謝るとこじゃないだろ」
本当に悪いなって顔してる藤田がおかしい。馬鹿正直っていうか生真面目っていうか、やっぱり藤田のこういう感じは面白いな。
「話したかったのって、ウンコクローバーのことかよ?」
「あー、ちがう……」
言って、藤田が急に緊張した顔になる。
「……おれさ、好きな人できたわ」
「は?」
「だからさ、おれ好きな人ができたんだよ」
顔を真っ赤にして続ける藤田に、おれの頭は追いつかなかった。
「あー……でもなんでおれに言うわけ?」
「約束してただろ、『好きな人ができたら、報告する』って」
言われて、なんとなく思い出した。
中二になって藤田と一緒のクラスになった頃、なんかの流れでお互いに「だれかに恋する日が来るとは思えない」って話になった。おれはベタなラブコメマンガみたいなことでも無い限り女子に惚れることはないと思ってたし、藤田はそもそもあんまり女子と話せないヤツだったからだ。で、漫画家になるためには恋愛のことも勉強しなきゃいけないから、藤田がもし誰かを好きになる日が来たらジュースをおごるからどういう感じなのか教えてくれって言っていた。
とっくに忘れてた約束だったけど、生真面目な藤田はしっかり覚えてたみたいだ。
「へえ、初恋ってやつ?」
「そう」
「誰?」
「……それはどうでもいいだろ。おれの感情が聞きたいってことだろうし」
そこだけ急に恥ずかしがるのも藤田らしいから、深堀りはやめておいた。
「いつから?」
「レギュラーになったころだな。その子がめちゃくちゃ喜んでくれてさ」
「あー、うん」
「で、その子が笑ってるの見てたら、いきなり心臓がギューってなったんだよ」
「ほえー」
ほんとに恋したら心臓がギューってなるんだな。おれにはたぶん一生わからない感覚だろう。そんな、なんでもない理由で人を好きになるなんてありえないし。
「ありがとう、マンガに使えるわ。ジュースおごる約束だったっけ?」
「あー、いいよ。もうおごってもらったし」
言って、藤田はジュースを飲み干した。
「でもすごいな。レギュラーになって初恋までしちゃって。最高じゃん」
「でも告白とかしようとは思ってないんだよ」
「なんで?」
「だっておれだぜ? 迷惑だろ」
「しょうもないこと言うなよ、藤田コノヤロー」
自分のことなんも分かってないなって、なんかムカついた。藤田が恋した女子におれが藤田の魅力をプレゼンしたいくらいだ。
「だれかに相談すれば? 女子に女子の気持ちを聞いてみたりさ。おれはそういうの分からないから無理だけど」
「でも女子でしゃべれる人ってあんまりいないからなあ」
「清水に聞いてみるとか。それか山中に占ってもらえば?」
「あー、たしかに占いはいいかも」
いいわけねえだろって思ったけど、黙っておく。
「まあ、がんばれよ」
「ありがとな」
「その代わりぜんぶ聞かせろよ。マンガのために知りたいから」
「分かった」
藤田が決意すると、タイミングよく五時半を伝える町内放送が聞こえてきた。
「じゃあ、ジュースありがとな」
「うん。またな」
帰っていく藤田を見ながら、ふと親に塾の夏期講習に行けって言われてたのを思い出した。
イヤだったけど、なんかやらなきゃな。夏期講習は二週間で、それくらいは我慢もできるし、さすがに環境を変えたらなにか面白いことが起きるかもしれない。上手いこといったらマンガみたいなラブコメ展開があって恋に落ちるなんてこともあるかもしれない。
とにかくなんでもいい。なんか起きるだろ。
めんどくさいけど、夏期講習に行ってみるか。
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